YAKISOBA
強い日差しが、隆起する腕の筋肉に陰影を作っている。皮膚に浮いた汗がキラキラ輝いて、屋台に並ぶ若い女性たちの視線が絡みついていた。リップグロスを取り出して、メイクを直し始める子もいる。
ジェイド・リーチは露骨に眉を顰めた。パイナップルをくりぬいてグラスにしたトロピカルドリンクを、やけに重たく感じる。
目的のパラソルの下に到着すると、スマートフォンを片手に待っていた女の子が色めき立つのがわかった。笑顔を浮かべて、テーブルの上にドリンクを置く。
「お待たせしました。モストロ・ラウンジ特製、スペシャルドリンクです」
惜しげもなく晒された胸元のフリルをひらめかせながら、女の子が口を開いた。ジェイドと同じくらいの年頃の彼女は、頬を真っ赤にしている。
「あのっ、今日のシフトって、何時までですか」
「おや」
ジェイドが首を傾げると、彼女は激しいまばたきを繰り返しながら話を続ける。
「終わったら、お茶、とか」
ジェイドは笑顔を崩さない。それだけで、だいたいの相手は察してくれる。しかし今日は、そうもいかなかった。少しだけ視線を彼のほうに転じて、唇に軽く握った拳を当てた。
「申し訳ありません。決まった相手が、おりますので」
「あっ、ごめんなさい! そうですよね!」
ジェイドの視線を辿った彼女は、今度こそ熱中症を疑ってしまうくらいに赤面して激しく首を横に振っている。
「いいえ。お誘いありがとうございました。光栄です」
スイムウェアにTシャツを羽織っただけの背中に、暗い視線を感じる。そのマスタードイエローが淀む感覚を充分に味わった。いい気味だった。
§
クレーンポートの反対側に位置する砂浜に出店した出張モストロ・ラウンジは、またたく間に話題になった。連日、スイムウェア姿の人々がパラソルの下で夏を満喫している。
日に日に大きくなるアズール・アーシェングロットの高笑いと比例して、バケーションで帰省している生徒も多いオクタヴィネルの人手不足は深刻だった。
藁にもすがる気持ちで恋人に手伝いを依頼したところ、ジェイドの目の下の隈をじっと眺めた彼は、簡単に「いいよ」と言った。そのときは思わず「愛しています!」と大きな声を出したものの、いまとなってはその判断を後悔している。
トレイ・クローバーが担当することになった焼きそばの屋台は、常に売り上げがいい。天気の悪い日のかき氷なんかよりよっぽど売れる。それは、彼が料理が得意で屋台とは思えないクオリティの焼きそばを作るからだけではないとジェイドは確信している。
暑いからと言って大胆に捲られたTシャツの袖から露出した上腕とか、汗に濡れた前髪とか、日差しと鉄板の熱で少し紅潮した頬とかのせいだ。けしからん。ぜんぶ、自分のものなのに。なぜ雑魚どもに見せなくてはならないのか。焼きそばが悪い。もっと奥に引っ込めておくべきだった。支配人に進言したものの、まったく取り合われなかった。
お前は、金のなる木を切り倒すのですか? そう言われたらぐうの音も出なかった。こういうときのアズールは梃でも動かない。
ジェイドは夕暮れの海岸線を睨みながらぼやく。
「トレイさんに、焼きそばをお願いしたのが間違いでした」
「えっ!? なんか、まずかったか。野外だから、いつもよりずっと衛生には気を配っているつもりだったんだが」
「そういうことではありません」
ジェイドは砂浜に腰掛ける恋人を振り返った。閉店してしばらく経った彼の汗は引いていて、もう白いTシャツは艶めかしく肌に貼りついていない。
「ナンパされすぎです」
「……お前もだろ」
「僕のはいいんです。トレイさんがされるナンパは湿度が高い。これから焼きそばを食べるのに、唇をテカテカにする必要がありますか? まったく意味が分からない」
ジェイドの言葉にトレイが吹き出した。ジェイドは首を横に振る。
「もう明日から汗をかかないでください。煽情的すぎます」
「無理だよ」
そう答えたトレイが嬉しそうに笑っている。のんきな様子が気に入らなかった。ジェイドがむっつりと黙り込むのに、トレイが言う。
「副支配人が許してくれたら、恋人専用の焼きそばを作ってもいいんだが」
ジェイドの髪を、潮風が巻き上げた。視界の隅に入り込む、ずいぶんと力を失ったオレンジ色の光を強く意識する。
「僕の好きな味にしてくれますか?」
「もちろん」
まだ言いたいことがある。ジェイドはトレイの顔を覗き込んだ。逆光で影になっているはずのトレイの顔の中心で、マスタードイエローが鈍く光っている。ジェイドは要求を重ねた。
「とびきりエロティックに作ってくれますか」
「……どうやって?」
「Tシャツを脱いで」
トレイが少しだけ怯んでから、いいよ、と深い声で応えた。
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