Stay Crazy!!

 真っ赤な髪と好対照な碧色の瞳。大口を開けて豪快に笑うこの男の事が、HiMERUはどうにも苦手だった。

「天城。またHiMERUの化粧水を勝手に使いましたね?」
「楽屋に置きっぱにしとくメルメルが悪いっしょ。メンバーの物はリーダーである俺っちの物……☆」
「やかましい。いい加減にしないと新しい物を買わせますからね」
「あ、こないだHiMERUはんがくれた化粧水な、アルビ○ンのフロー○ドリップ? なんやえらい使い心地良かってん。重宝させてもろてるわあ。おおきにな」
「桜河。それは何よりなのです♪」
「うおおいメルメルゥ〜? 流石に態度違いすぎっしょ。燐音くんは傷付きました」
「今のは燐音くんが悪いっす。僕だって、大事に使ってる高級オリーブオイルを勝手に使われたら怒るっすよ」
「ニキてめェ俺っちに加勢しやがれよこの野郎」

 ESビル内の撮影スタジオに併設された楽屋。
 『Crazy:B』の面々が集まると毎度必要以上に騒がしい。散々世間を引っ掻き回した上見た目も派手な自分達は、良くも悪くも耳目を集めがちだ。今回は事務所の括りで撮影に呼ばれているから、普段とは違い複数のユニットが同時に楽屋を利用している。HiMERUとしては利口に振舞って早急に仕事を終えたいところだったが、こいつらとつるむとそうもいかないらしい……ほらまた、遠巻きにされているではないか(2winkの双子などはちょっかいをかけたそうにうずうずしているが)。
「やあやあ、毎日収録に撮影に引っ張りだこの売れっ子アイドルの皆々様! 本日は我らコズミック・プロダクションのアニバーサリー企画の為にお時間を割いていただき誠にありがとうございます! この七種茨、平身低頭感謝の意を申し上げます! 敬礼〜☆」
 副所長の茨がいつもの調子で話し出すと、皆の視線が一斉にそちらに集まる。椅子にだらりと腰掛けながらも一応は話を聞くポーズを取った燐音を、HiMERUはちらと盗み見た。
 アニバーサリー企画用の宣材写真の撮影と称して呼び出されたコズプロ所属アイドル達は、今回限りの特別衣装を身に纏っている。ほんのり光沢のある ネイビーの生地で仕立てられた三つ揃いの細身のスーツは、上品かつ優美なデザインで祝いの場に相応しい。スーツに身を包んだ燐音を見たニキは開口一番に「燐音くん、きっちりした服も似合うじゃないっすか〜。馬子にも衣装っすね!」などと評していたけれども、それは正解なようでいて間違いであるともHiMERUは思う。
 燐音は意外なほど端正な顔立ちをしている。日頃の豪放磊落かつ傍若無人な振舞いのせいでその事実は埋もれてしまいがちだが、黙っていればなかなか迫力のある、どこか気品すら漂う美形だ。軽佻浮薄にも見えるがその実切れ長の眦は涼しげで知的、笑むとやんちゃな人懐っこさが覗くギャップもある。更にはコズプロで一番の高身長であり、全身にバランスよく筋肉がついてスタイルも申し分ないと来れば、スーツなど着こなせて当然だ。
 ――まあ、このHiMERUとユニットのダブルセンターとして並び立つつもりなのであれば、そのくらいでないと困るというものです。
 「副所長相変わらず話長げェっしょ」「燐音はん、しい〜! 聞こえんで!」と目の前でこそこそ話をするメンバー達を一瞥して、HiMERUは満足気に頷いた。

 撮影も終盤、本企画の目玉となるユニットの垣根を超えた集合写真を数パターン撮って、本日は終了。コズプロは流石プロ意識の高いアイドルが集まっているだけあってか、カメラマンの合図に合わせとんとんと進んでいく。「あと三枚だけ撮らせてくださーい!」と声が掛かり、HiMERUは今一度表情を引き締めカメラを見据えた。瞬間、ぐいと引っ張られる感覚があり、重力に従って身体が傾く。ふわりと甘い香水の香りに包まれると同時、何か――というか誰かに受け止められた。燐音だ。
「天城っ……」
「シィー、撮影中だぜ?」
 そう言われてしまえばHiMERUは口を噤むほかない。本当に腹の立つ男だ。強引に肩に回された腕を振り解くことも出来ないまま、早く済ませてくれと願いつつ残りの撮影が終わるのをじっと待った。どうしてかたった三枚がHiMERUには永遠のようにも感じられた。
「よっと。終わったな、お疲れさん」
「……。次からは予め言ってください」
「きゃはっ、先に言っとけば許してくれンだ?」
「――HiMERUは、帰ります」
「? おう、また明日なァ」
 早くこの場から離れたい一心でHiMERUはそそくさと身支度を整え楽屋を飛び出した。そう思った理由はわからない。わからないが、とにかく早鐘を打つ心臓を鎮めたかった。

 天城燐音が嫌いだ。平気で他人を振り回すし、メンバーを自分の所有物かのように語るし、どこまでも身勝手で掌握しきれないところが嫌いだ。こちらの思考を暴いて丸裸にするような目が嫌いだ。軽薄なのにどこか憂いを帯びたその笑みが嫌いだ。無駄に長い脚もむかつく、嫌いだ。低い声も、彼が纏っている甘い香りも嫌いだ。全部、全部。
 けれども、嫌いならばどうして、あんな風に彼のことを見つめてしまったのだろうか。
「っ、HiMERUの中から、出て行け……!」
 胸に蟠るどろりとした正体不明の感情に狂わされてしまう。このままでいたくない。それでもHiMERUは『それ』を飲み下す術になど到底心当たりはなく、ひとり途方に暮れるしかないのだった。

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