肉うどん


「なんやお出汁のええ匂いするな……。」
「草若ちゃんおかえりなさい。今日もう出来てるから座っててええよ。」
扉を開けるとそこは立ち食いそば屋やった、とかそういう出だしの名作があったような気がするけど、絶対間違ってるわ。
口にしたとこで四草に変な目で見られる気ぃしたから、マフラー解いてジャケット置いてからチラッとそっちの方見たら、今日も切った葱以外テーブルの上になんもないんと……ちゃうな、今日はまだ煮つけた南瓜と目刺しがあるし。
なんやもう、江戸時代の食卓の再現みたいになってるで、これ。
火種が七輪しかない時代とちゃうやろ……。
まあ落語家生活始めた頃は、南瓜も食べれへんかったからなあ。しゃあないか。
部屋着に着替えてくるわ、と言うと、おチビが、この食卓になんぞ文句のひとつでも言うてくれて顔になってる。
そういえばうちには育ち盛りの子どもがいてるんやった。
昭和終わって平成なってるていうのに、子どものために肉のひと皿もないていうのも味気ない。
「おい、しぃ。」と言うと、何ですか、と目付きの悪い男がじろっとこっちを睨んで来た。
「いや、あの、なんもない……。」
分かってるて、手ぇ洗って、うがいして、顔洗て来いやろ。
外はウイルスがうようよで、オレまだインフルエンザの予防接種も受けてへんからなあ。
「着替えて来るなら着替えてくるでいいですけど、ベッドに横にならんと、とっとと戻って来てください。」
「……そんなん分かっとるわ。」
いや、ちょっと外寒かった日とかあるやん。布団の中ぬくいし、お前の匂いするし。
てまあおチビの前では言われへんけどな。
それにしても、上着脱いでまうと、やっぱ寒いな。
あと二か月で今年も終わりやで。……あ。
「そういえば、きつねさん切れてるとか言うてへんかったか?」と言うと、分かってるなら自力で補充しといてくださいと言わんばかりの目ぇで四草が見つめてくる。
いや、これオレが悪いんか?
「食い足りないて言わんでもええように、今日は素うどんやのうて、肉うどんにしました。」
「なんや、肉あるんか。」
肉うどんいうて、まあ肉吸いの牛とちゃうくて豚肉やったとか、あるあるやけどな。
「なんや、て何ですか?」
「いや、そこに目刺しあるからてっきり……。」
「僕がおらんかった間に焼いて食べてへんかったからやないですか。いくら干し魚ていうても、賞味期限みたいなもんないわけとちゃいますから。」
いや、魚焼きのグリル片すのほんまに面倒やし……片すの忘れてほかしてたら、お前絶対怒るやん。
「僕、目刺し先食べててええ?」
「アカン、草若兄さんが揃てからや。」
「お腹減った~!」
えっ?
オレ待ち?
なんで?
今日、誕生日とちゃうで。
「兄さん、早いとこうがいして戻って来てください。」
「オレ待ってたら、うどん伸びるで?」
「それ言うてる間ぁに戻って来れますから。」
お前こそ一言多いんちゃうか、……て言うてたら、うどん冷めてまうことくらい分かってんねん。
したら、とっとと手ぇも顔も洗って来るわ。

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