七夕のおねがいごとは

アイカツスターズ きらあこss。
七夕のきらあこをやりました。雨でもお星さまは見えるよ……


******************************

 七夕には星を見に行こう、と言ったのは彼女の方だった。星を見にって、どこへ行くんですのよ、と答えたのは自分。
 翌日には早速7月7日の外泊許可を学園に申請した。一緒にVAのヘリでアルタイルとベガを見るだなんて、とても素敵でその時から楽しみにしていたというのに。
「どうしてこんなにも天気が悪いんですの……」
 窓の外は朝からずっと雨降りだった。もっと言えば数日前から嵐のような悪天候が続いていて、昨日の時点で準備していた諸々や外泊許可も全て取り消していたし、諦めてはいたけれど。雨が吹き付けている窓はあこの吐息の分だけ白く曇った。
 すると、ピコンという短い電子音が聞こえた。見ると自室のローテーブルの上のアイカツフォンの通知ランプが緑色に光っている。七夕配信番組がもうすぐ始まるというお知らせメールだった。番組は全て事前収録でおこなったもので、きららとあこもフワフワドリーマーとして出演している。早速始まった番組の冒頭で番組セットの中央に置かれている笹の葉が紹介された。出演アイドルみんなで短冊を吊るし、可愛く飾りつけしたものだ。
 自分が書いたおねがいごとのことはちゃんと覚えている。『フワフワドリームを世界一のブランドにして、大女優になる』だ。堂々と短冊を見せたあこに一同は、あこちゃんならできそう! と拍手を送ってくれた。そんなあこのWミューズの片割れ、きららがどんなおねがいを書いたかというと『今年の七夕はみんなが笑顔になりますように』だった。それを見てあこは自分を恥じた。かつてファンのことを考えてアイカツをと彼女に言ったのは、ほかでもない自分だった。だけどおねがいごとをと言われてあこが浮かんだのは自分の目標ばかりで、ファンのためにねがうだなんて、思いもよらなかった。番組は滞りなく進行されていく。もうすぐ件のおねがいごとのコーナーも映るだろう。あこは下唇を噛みながら停止ボタンをタップした。
 フワフワメリーの刺繍が施されたふわふわのクッションをぎゅっと抱きしめて、丸テーブルの傍らにごろんと転がる。部屋がしいんと静まり返って、外の雨音が余計にはっきりと聞こえてきた。こんな雨続きでは笑顔になれない人もいるに違いない。きららのおねがいごとはとっても素敵だったけれど、それが叶わないこともあるのではないかと思うと悲しくなってしまう。
 思わずパステルカラーのクッションに顔を埋めた時だった。インターホンが鳴って、それとほぼ同時に扉が開いた。
「あこちゃ~ん! お疲れ様~」
「きらら!?」
 びっくりして飛び起きる。きららはふわふわした笑顔を浮かべながら部屋に入ってきた。
「あああなた、どうしてここにいるんですの!?」
「どうしてって、だって七夕は約束してたでしょ?」
「でも、昨日はあんなに落ち込みながらヘリをキャンセルしたって電話してきたじゃないですの!」
「そうだけど……会わないってことにはなってないと思うけど?」
「確かにそうですわね……」
 むむむと眉間に皺を寄せているあこに、きららはぎゅうっと抱き着いて、耳元で囁く。
「きららが来たの、嫌だった?」
 耳朶に吐息がかかって身体が熱くなってくる。そういう言い方はずるいと思う。答えを知っていてそんな風に言うのだから。
「そんなわけありませんでしょう、まったく」
 何でもないように答えてそっぽを向いたけれど、きららは弾けるように笑った。

 一緒にご飯を食べて、それからかわりばんこにお風呂に入った(なんで~~一緒に入ろうよ~~前は入ったじゃん~~、という要求はなんとか退けた。以前一緒に入った時は恥ずかしがるあこをきららが煽ってきて、とても困ったので当然の対応だ)。
 そうしてお揃いのフワフワドリームのパジャマを着て、髪を乾かし合ってベッドに入ると、きららが電気を消そうと言うので驚いた。いつもは電気消したらすぐ寝たくなるじゃん、あこちゃんともっと一緒にお話したい、と言って本当に寝る直前まで明かりはつけたままなのだ。
「あなた、一体どうしたんですの?」
 体調でも悪いのかと顔色を確かめるが、普段よりも寧ろ元気そうだ。訝しげに見ているときららは一度ベッドから出て、自分の荷物の中からそれを取り出して、えっへんと胸を張った。
「それ、プラネタリウムですの?」
「ぴんぽ~ん! ほら、電気消そっ」
 きららがスイッチを押すと、暗くなった部屋に満点の星空が広がった。二人同時にほぅ、とため息をつく。
「とっても綺麗ですわね……」
「でしょ~♪あっ、あれだよ、ベガとアルタイル!」
 きららが指した方に輝く一等星の三角形があった。そのうちの二つが七夕のお星さま、織姫と彦星だ。たとえ予定がキャンセルになってもこうして会いに来てくれて、別の形で叶えようとしてくれた、そのことが嬉しくて急に鼻の奥がツンとした。ちゃんとありがとうと言いたいのになんだか上手く言える気がしない。せっかくこんな素敵な秘密のプラネタリウムにいるのに。
 そう思ってハッとした。言葉に出来ないのなら、アイドルの自分には別の選択肢があるということに気付いたからだ。ゆっくりと息を吸い込んで自分の声で唇を震わせる。
「ふう、あまいあまいホットミルク冷ましながら唱えるのいい夢が見られますように」
 最初のワンコーラス。隣にいるきららが微笑んだのが分かった。それで、なんにも言わなくても続きを歌ってくれる。星空の中に二人の歌声が吸い込まれて、どこまでも響いていくような気がした。拙い言葉を重ねるよりもずっと、自分の気持ちが伝わっているような気がしたし、きららの気持ちも分かるような気がした。
「ねぇあこちゃん。この間収録した番組の、おねがいごとのこと、覚えてる?」
 歌い終えてから、きららが静かに言った。
「ええ。覚えていますわ。あなたは『今年の七夕はみんなが笑顔になりますように』でしたわね」
 少しだけ胸がざわついたのを悟られないようにしながら言う。きららは嬉しそうにふふっと笑った。
「あのおねがいごとね、半分はちゃんと叶ったよ」
「半分ってどういう意味ですの?」
「みんなが笑顔になりますようにのみんなの中にはね、あこちゃんも入ってるの。っていうか、きららが一番笑ってほしいの、あこちゃんだから。だから半分は叶っちゃったんだ、今」
 プラネタリウムの星明かりしかない部屋の中できららの瞳はうっすらとしか見えなかったけれど、それは確かに優しくこちらを見つめている。だからあこが微笑みを返したとき、その目から流れ星みたいに一粒こぼれ落ちたのはきららにも分かっただろう。
「ねぇきらら、わたくしのおねがいごとはーー……」
 慌てて涙を拭って自分も言おうとしたのに、彼女の方からはすぅすぅという規則的な呼吸音が聞こえてきた。
「ちょっと、このタイミングで寝るとか……ありえませんわね……」
 暗くなったらすぐに寝てしまうと知ってはいるけれど、まったく、といつものようにため息をついた。
 あこのおねがいごと。それは短冊に書いた通り、『フワフワドリームを世界一のブランドにして、大女優になる』というのはもちろんそうだ。でもそれはアイドルであり女優である自分の目標でもあって、早乙女あこ個人のおねがいごとと言われればまた別にあるのではないかと思った。普段あまりじっくり考えていなかったけれど、今、きららと歌声を重ねて、なんとなくだけれどそれが分かった気がした。
 さっきから繋いでいた手をこちらに優しく引き寄せる。柔らかくて小さめの手。フワフワドリームの素敵なドレスを一緒に作り上げてきた手。ふわりとあこと同じボディーソープの香りがしている手。
 指先に唇で触れた。そしてさっきの歌の最後のフレーズを口ずさむ。
 おとなになったとしても、いっしょにおやすみ。

powered by 小説執筆ツール「notes」

80 回読まれています