ドラム式
「くそっ、何をどうすっかなぁ……」
十二少が信一のもとを訪ねると、信一は机に向かって頭を抱え唸っていた。
広げたノートに鉛筆で何かを書き込んではガシガシ音を立てて掻き消している。卓上に電卓はない。経理関係ではなさそうだ。
しかし信一の表情はいかにも取り込み中といった感じだ。時間を変えて出直すのがいいだろう──ということにはならない。十二少は引き返すことなく歩を進めた。
半分住人の十二少だが今回は廟街の若頭として案件を持ってきていた。新しい龍頭のご機嫌伺いは彼の仕事ではない。そもそも昔馴染みの彼らは互いの顔色を伺い合って接するような関係でもなかった。
「なにやってんだ?」
「あ?」
怖れず聞けば、返ってきたのは地を這うような低い声。
この声に、付き合いの浅い部下だったら機嫌を損ねたとビビり散らかしたかもしれないが、十二少には分かっている。これは単に機嫌が悪いのではなく、考えがまとまらなくて参っているときの声だ。
手元のノートには『花』『旅行』『時計』『食事』などと書かれていたがどれも×が付けられていた。他にも文字は書いてあったが、それらは鉛筆で塗りつぶされ判別が不可能だった。
「洛軍の今年の誕生日のプレゼントが決まらねぇんだよ」
この時点で十二少は聞かなきゃ良かったと思った。仕事の話だけして帰るのが正解だった。しかし自分から声をかけてしまった以上、なかったことにするのは筋が通らない。十二少はこの話に少しだけ付き合い、すぐに仕事の話に切り替えようと決めた。
「欲しいもんなら本人に聞けばいいだろ」
十二少はまだるっこしいことを好まない。分からなければ相手に聞くのが手っ取り早いし確実だと思っている。相手が「プレゼントは開けるまで中身が分からない方がいい」と言っているならともかくだが、洛軍ならまずそんなことは言わないだろう。
というかなぜ今更そんなことで悩むのか。今までの信一は半年前にはもう洛軍へのプレゼントが決まっていた。むしろ誕生日当日まで待てなくて、フライングプレゼントしたことだってある。
「もしかしてもうプレゼントのネタ切れか? この間『洛軍ことなら俺が一番分かってる』とかなんとかぬかしてたのどこの誰だよ」
信一は洛軍のことに関しては並ならぬ自負があるようで、彼に関することを少しでも知った風に話すと、即座にそれを上回る情報量で相手を威圧し撤退させる。そのせいか最近では洛軍が「俺については俺よりも信一が詳しいから信一に聞いてくれ」と理髪店に来る面倒な客にそう言ってあしらうようになったと聞く。十二少はあしらい方が雑すぎると思うのだがが、これで理髪店にトラブルが起こったとか客足が遠のいたとかは一度も聞いたことがないのだから不思議だ。廟街の店など丁寧な対応を心がけていてもトラブルは起こるし、そのたびに十二少の部下が、ときには十二少自身がさらなる丁寧な対応でもって客に色々とお分かりいただいて帰ってもらっているというのに。
「だからだよ。洛軍のことを誰よりも理解しているからこそ、分かってしまったんだよ俺は」
「何が?」
「洛軍の欲しいもの、それは俺の笑顔に他ならない」
「怖ぇーよ」
思わず声に出た。
信一の目は冗談などではなく本気の色をしていた。どんな育てられ方をしたらこんな自己肯定感爆高人間に育つんだ。あ、いいっす龍兄貴降りてこなくていいですホント上で見ていてもらって大丈夫なんでハイ。イマジナリー龍捲風が語りたそうに天から降りてこようとしたので、十二少はすかさず止める。龍捲風が筋金入りの親バカで信一に甘々だったのは昔から知っているので、教えてもらわなくても十分だった。
「十二も分かってるだろ? 洛軍の物欲の薄さは。今ある物で十分満ち足りてしまってるんだよアイツは。だから洛軍はもう、ただ俺のそばにいられるだけで、それだけでいいんだ」
そのフレーズだと最終的にすれ違って別れる二人になりそうだが大丈夫か? と十二少は思った。歌詞めいた台詞のせいで、なんの話をしているのか分からなくなる。
信一の顔は相変わらず大真面目で、さらに言っていることがあながち間違ってもいないため、十二少も安易に否定しづらい。
信一の言うとおり、洛軍は彼が笑っていればそれで嬉しいだろうし、必要なものはもう揃っていると本心から言うだろう。十二少だって洛軍との絆は薄くない。そのくらいのことなら見ていれば分かる。
そんな相手の欲しいものを引き出すのは確かに難しいかもしれない。
「だったらいっそ『プレゼントは俺』でいいだろ」
「なんか手を抜いてるみたいで嫌だ」
面倒くせぇなオイ。十二少はとっさに出そうになった手を、虎兄貴の顔を思い出すことで押しとどめた。仕事の話をするまでは帰れない。若頭として兄貴の顔に泥を塗るわけにはいかないから。
「それなら結局本人から無理くりにでも聞き出せよ。叉焼飯でも奢ってやったらなんかチラッと欲出して言ってくれたりするんじゃねえの」
「もしそれで恥ずかしそうにしながら『……信一が欲しい』とか言ってきたらどうすんだよ」
「もうあげちゃえよ。洛軍は貰って嬉しいお前もあげられて嬉しいみんなハッピー大団円。はい決まり。よし仕事の話をするぞ、仕事の話だからな。お前は龍頭、俺は虎の若頭。ここからはビジネスの話だ」
十二少の提案にひとまず納得したらしい。信一の顔が悩める青年のそれから城砦の管理人の顔になった。十二少が勝利した瞬間だった。
後日、十二少は信一の洛軍へのプレゼントが洗濯機だったことを知った。
思っていたより洛軍にもしっかりと物欲はあったようだ。というか物欲の塊だ。
洛軍は洗濯機の小さな窓から伺える、濡れて回り泡立つ衣類の世界を見るのが好きらしい。
それから数ヶ月後、十二少が彼らの部屋に遊びに行く機会があった。
洗濯機には信一の写真が貼られていた。
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