集い


「草若兄さん、私痩せようと思うんです……!」
「そら底抜けに突然やな~……てわけでもないか……。」
しかしこれ、苺の入った生クリームもりもりのサンドイッチ食べてんのにする話題とちゃう、ていうか。
ついさっきまで、これ苺大福とはまた違って美味しいですねえ、そやなあ、て言うて頷いてたやん……。
寂しいなあ、て思いながら手元のサンドイッチと喜代美ちゃんのこと見てたら、……そういえば今日の爪桜色してるな、て気づいた。
オレとのデートのために塗ってくれたんなら嬉しいけど、これあれやで、磯七さんのとこに出入りしてる草々の……名前忘れたな、あの落語家志願か床屋志願かなんや分からん弟子の彼女にしてもろたヤツとちゃうやろか。
オチコちゃんのぱっつんの前髪、今はもうあっこで切ってもろてるて言うてたもんな。
「草若兄さん……。」
え?
なんやオレめちゃめちゃひんやりした視線で見られへんか?
あ、いや、これはちゃうねん。
喜代美ちゃんのお腹見てたんとちゃうんやで……って言うたら藪蛇になりそうやなあ。
「あ、あんなあ、喜代美ちゃん、今までこないしてふたりでおったんやから、いきなり一人で食べるの寂しいやん。どないかならへんか?」というと、喜代美ちゃんがふう、と息を吐いた。
「あのぉ、ここんとこ、私ずっと考えてたんですけど、草若兄さんとこないして食べに行くのが楽しくて言い出しづらくて。そやから、最近はかき氷とか、あんみつとかカロリー低いもん食べにいってたやないですか。」
「そやなあ。」
まあ、普通のかき氷とあんみつやったんはオレだけで、喜代美ちゃんはシロップ掛けたブルーベリーチーズケーキかき氷とか、クリームあんみつやったけどな。今はこれ、突っ込むとこやないな。
『帰ります、草若兄さんお代は立て替えといてください、』とか今言われたら、それこそ次が誘いづらいし。
「私も、最近ずっと適正体重を越えてるのは気にしてたんですけどぉ……昔の服が入らんようになってしもたら、もうあかんていうか。あのお、草若兄さんて、襲名前の服でまだ着てるのありますよね?」
「あるけど、そんなないで。まあオレのは基本的にクリーニング出したらダメになるヤツも多かったし、四草のとこに引っ越すときに割と処分してしもたからな。」
まあ、気が付いたら、また増えてたけど。
なんであないに増殖するんやろな、服とかパジャマって。
こないだ買った、水色とかピンクのグミの熊柄してるパジャマも、四草にえらい冷たい目ぇ向けられてしもたしな~。
ちょっと丈は足りへんけど、オレに似合てるやん、あれ。
「去年の冬着てたオレンジのダウン、あの頃に兄さんが着てたのと似てる気してるんですけど。長持ちですよね。」
「ダウンはな~。丈と色がいい感じのを新しいに見つけるの手間やし、あれでも割といい値段やったから。」
あれ、買うた時、ちょっといい羽毛布団買えるくらいの値段やったやん。
他の服もどうかと思ったけど、手放せんわ。
気ぃついたらその辺に買い物行く言う四草にも借りられてるから、こないだあいつに似たような丈の買ったったし。
汚れが目立つんは困るけど、冬は薄暗くなるのが早いから、明るい色のがええやんな。
黒がいいてごねてたけど、車に引かれたらおチビもオレも泣いてまうで~言うてなんとか説得したし。
「結局手入れして長く使うのがええんですよね~。」
「そやなあ。」
そこまで言って喜代美ちゃんがちょっと遠い目になった。
あかん、深刻なトーンになってきたで。
「まあ出産の後は、服の買い替え時と思ったらええわ、てお母ちゃんに言われて、それもそうやな、て流されてたとこもあったんですけど、このところお弟子さんたちも増えてきて、食費以外にも色々出費が嵩んでまうのかと思うと私の服にお金掛けてる場合とちゃうなって。」
喜代美ちゃーーん!
そこまで言われたら、このままでええやん、とか言い辛いわな……この先の貯金とかあるやろうし。
「って聞いてます、草若兄さん??」
「あ、ごめん。」
「私も…年に合った服着て、て思ったこともあったんですけど、草々兄さんは結局、普段着はまだいつものTシャツとか気に入ってて、春夏秋と長いこと同じ服でいてますし、普段着は、流行に関係ない服を何着か買うて、そのまま着ていけるように頑張ろうかと。」
「物がええの買おうと思ったら割と値が張るで。今はほら、ユニセックスの服ていう触れ込みで売ってるのがあるやろ、ああいうの買ったらサイズ展開多いんとちゃうか?」
オレはほんま、喜代美ちゃんが流行りの可愛い服着てんの見るのが好きやし、こればっかりは、本人の着たいもん着た方がええんとちゃうかなあ。
大体、今の女の子の服てむしろ細すぎとちゃうか?
「そうなんですよね……こないしてオーバーサイズの服になると、セールの時には残ってへんから結局買うと割高になってしまうていうか。落語会の手伝いするときに着るのは、おばあちゃんの着物でまだどないかなるんですけど、問題は普段着で。それもシャツとかのトップスはまあ誤魔化せるんですけどボトムスは……って草若兄さん何赤くなってんですが。」
「別にぃ。何もあらへんけど……?」
こないだ、シャワー浴びた後の着替え持ってくるの忘れてそこらに置き忘れられてたシャツ一枚着てパンツ探してたらあいつに見られてそのまま雪崩こんでもうたとか、その時に来てたシャツのせいで乳首擦れてジンジンしてえらいことになったとか、そんなん全然思い出してへんで……。
「怪しい……。」
「いやあ、オレも喜代美ちゃんが甘いもの断ちするなら、オレも今日からそないしよかな~。」
「あ、今、話逸らしませんでした?」
いやいやいや、そこは誤魔化されてくれるのが妹弟子の勤めとちゃうか?
ほんま昔っからそういうとこ容赦ないなあ。
「あんなあ、ダイエット言うたら、甘いもの食べへんとか、朝いっぱい食べて夜は少ししか食べへんとか、そういうヤツは今古いんとちゃうか? ジョギングとか、運動して健康に痩せる方が流行りていうか。草々のとこにもおったやろ、プロテイン男。」
オレがそう口にした途端に喜代美ちゃんはなんか絶望したていうか、幽霊でも見たような顔つきになった。
「……草若兄さん、そんなプロテイン男て言い方……。」
「あかんか?」
マンション女みたいでいやです~、て……マンション女て何?
「もうちょっとなんか……いくら筋肉自慢て言うても、ちゃんと草々兄さんの付けた名前もあるんやさけ。」
「それなあ、草々のヤツが適当に付けてるから、オレ、木曽山の後に入ったヤツらの名前、ほんまに覚えられてへんていうか…もうプロテインと板長と床屋でええんちゃうか…?」
喜代美ちゃんのお母さんやったら、『草若ちゃん、そら草々くんのお弟子さんは喜代美の子どもも同然や。デリバリーに欠けてるでぇ~』て言うんやろうなあ。
あれでも、草々兄さん寝ずに考えて作った名前なんですよ、とでっかいため息吐かれてもうた。
「草若兄さんかて、昔は名前の代わりに底抜け~てなんやねんて、言ってたことあったやないですか。」
「そうやったっけ?」
「言ってましたよ、深酔いした時とか。」
忘れたなあ、て言いたいけど、まあ喜代美ちゃんのおっちゃんみたいに生きるのは難しいで。
「その節はほんま、……喜代美ちゃんにもほんま迷惑掛けてもうて。」
素直に頭を下げるしかないで。
「ほんまですよ。大体、私も草々兄さんも草原兄さんも四草兄さんも、菊江さんも磯七さんも、お咲さんと熊五郎さんも、町内の人たちも、あの頃は皆、草若兄さんのこと気に掛けてたと思いますし。そやから、私はともかく、草若兄さんは気にせんと甘いもの食べてたらええと思います。」
え、今のてそういう話やったか?
「そもそも、具体的にどないしてダイエットしてくかって話、いっこも出てへんのと違うか? 次のシーズンまでにちゃんとダイエットに成功したら、新しい服買うにしても、最低秋もんだけで済むかもしれへんで。」
「ほんまですねえ! ……なんでこの話になったんやろ。」と喜代美ちゃんが首を傾げてる。ほんま、不思議やで。
「まあ、一門のおかみさんでいると、色々始末が難しい、ちゅう話やろ。目の前のやりくりのこと考えたら、誰だってそないな風になるわ。……てことは、ジムに入って、筋トレしながら健康的にダイエット目指す、いうのは難しいか。」
「筋トレ……。それはちょっと、上級者向けと違いますやろか。」
いや、上級者向けて……そもそもさっきも言うたけど、筋トレしてるヤツおるやん、って……そないしたら、前に喜代美ちゃん、筋トレのポーズ取ってたら草々に、破廉恥すぎる、て叱られたて言ってたなあ。……あいつほんま、何考えとるねん。
「市民体育館みたいなとこのヨガ教室とか。」
「時間と曜日が合わへんし、いつも満員で抽選です。」
「散歩とか。」
「こないして、甘いもの食べにいくたびに草若兄さんと仰山歩いてますけど、私のお腹コレやないですか。」
「ジョギングはどうや?」
「外で走ってて見苦しいことないウェアを買うとなると、やっぱり高うて……。」
「ボーリング。」
「うちとこと四草兄さんとこの子も一緒に連れてって、コーラとポテト頼んだら終わりとちゃいますやろか。」
あれもこれもダメて……!
「喜代美ちゃ~ん、やる前からくよくよ考えててもあかんでこれ。なんかひとつ決めてしもたらええがな。」
「したら、最後のボーリングがええと思います。シューズ借りれるし、普段着でなんとかなるやろうし。」
「お腹はへっこまんでええんか?」
「それはちょっと……やり方とか考えてみます。」
「あの奈津子さんか、緑姉さんにスポーツウェアのお下がりないか聞いてみたらどないや? あと古着やったら、なんか今の喜代美ちゃんの体格に合いそうなの見つかると思うけど。それで草々と一緒にジョギングしたらええやん。あいつなら普段のカッコさせとけばええし。こないだみたいに、落語界のおしどり夫婦やて話題になったら、またどっかの雑誌から取材の依頼来て、高座の仕事に繋がるかもしれへんで。」
宣伝活動費と思えばええねん、と言うと、喜代美ちゃんは顔を輝かせた。
「そうですねえ。ありがとうございます、草若兄さん。甘味の集いは、回数減らすとかして、また一緒に食べに来ましょう。」
ん? 
……甘味の集い?
喜代美ちゃんの中でそないな名前ついてたんか、これ。
色気……はなくてもええんやけど、なんかひねりもないなあ。
「次からは『草若ちゃんと若狭の底抜けスイーツ会』とかどうや?」と言うたら、喜代美ちゃんが、またまたひんやりした視線になってる。
いや、オレかてこういうの、ワンパタやと分かってんねやけどな。
日暮亭は喜代美ちゃんの命名になったんやから、ちょっとくらい遊んでもええやんか。

オレの予定、次はいつ空いてるか聞いてくれへんのか?
なあ、聞いてや喜代美ちゃん。

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