2-2 黄昏学園解決部
一日の授業を終え、生徒たちは清掃の時間に取り掛かった。 鳳子は自分の教室の掃除当番だ。机と椅子は後ろの方に寄せられ、皆がそれぞれ分担された作業に従事している。
鳳子は窓辺で黒板消しを手に取り、ぼんやりと窓の外を見つめながらそれを軽く叩いていた。
「おーい、世成。それ終わったらゴミ捨てもよろしくね~」
教壇の上に腰掛け、スマホを弄りながら掃除が終わるのを待っていた虻川が声を掛ける。その言葉に、鳳子は数分前に蝶野が言った言葉を思い出した。
――ゴミ捨てはあぶたんが行ってね。私はチョークの補充を取ってくるから。
確かにそう言って蝶野は教室を出て行ったはずだ。鳳子はゴミ捨てが虻川の担当だと思ったが、特に断る理由も見つからず、無言で頷いた。
黒板消しを元の位置に戻すと、今度はゴミ箱に歩み寄り、袋を引き抜いてまとめ始めた。その時、掃き掃除をしていた浦賀が慌てて駆け寄ってきた。
「あっあっ、世成さん、これも一緒にお願いします……イヒヒ……」
彼女の手には、塵取りに集めたゴミが載っている。鳳子は袋の口を広げ、浦賀がゴミを入れるのをじっと待った。ゴミは埃とともに静かに袋の中に落ちていく。
ようやく袋を閉じようとするが、ゴミの量が思ったよりも多く、袋の口を結ぼうとする度にそれは鳳子の手から逃げてしまう。浦賀も手伝い、二人でようやく結んだが、結び目は脆く、すぐにほどけてしまった。
「ヒヒ……だめですね……」
「……ゴミ捨ては、できそうにないですね……」
その時、突然二人の元にゴミ袋が投げつけられた。振り返ると、投げてきたのは虻川だった。
「いや、ゴミ袋分けろよ。馬鹿かお前ら」
その言葉に、二人は納得してゴミ袋を分け始めた。そこへちょうど蝶野がチョークを抱えて戻ってきた。
「ん~? あれれ~? ゴミ捨てはあぶたんにお願いしたはずだけど、どうして世成さんと浦賀さんがゴミをまとめてるのかな~?」
蝶野は白々しく問いかけた。すでに事情は察しているが、あえて虻川に答えさせようとしている。
「あー、うぜーうぜー。誰が行っても同じだろ? 細けーな」
開き直る虻川に、蝶野はため息をつきながらゴミ袋を二人から取り上げ、虻川に差し出した。
「だめ。みんな仕事をしてるんだから、あぶたんもちゃんとして。先生に言いつけるわよ?」
「蜂谷に怒られても怖くないもんね」
そう言いつつ、蝶野を怒らせるのが面倒だと思ったのか、虻川はゴミ袋を受け取り、しぶしぶ教室を出て行った。
「ごめんね、二人とも。虻川さんって、ああ見えて嫌なことは嫌って言えばわかってくれる子だから、あんまり誤解しないであげてね」
蝶野は申し訳なさそうに微笑んだ。二人は「大丈夫です」と示し、教室の机を元の位置に運び始めた。
「ところでさ……浦賀さん、『姿無き奏者』の噂、知ってる?」
ふいに蝶野が声をかけた。
「えっ? 姿無き奏者? 知りませんね……ヒヒ……何ですか、それ?」
浦賀が首をかしげる。鳳子は話に関心を持たず、せっせと机を運び続けていたが、蝶野は少し意地悪そうな笑みを浮かべて続けた。
「なんかね、一階の端の教室に幽霊が出るんだって」
その言葉に、鳳子は反射的に肩を震わせ、運んでいた机の上から椅子がガシャンと床に落ちた。 その音に、蝶野と浦賀が目を見開いて鳳子の方を見た。
「だ、大丈夫ですか?! け、怪我っ、してないですか?」
二人は駆け寄り、蝶野が鳳子の机を支え、浦賀は倒れた椅子を拾い上げた。
「机、重かった? 無理しちゃだめだよ」
蝶野は優しく注意したが、鳳子は幽霊の話に動揺していた。
「その教室って、どこですか?」
鳳子が問いかけると、蝶野は少し驚いた顔をした。鳳子が会話に興味を持っていることに驚いたのだ。 それは、長い時間をかけて、鳳子がクラスに来れるようにと気にかけていた蝶野にとっては、嬉しい事であった。
「えっと、あっちの校舎の一階にある物置みたいな教室。中にピアノが置いてあるんだよ」
鳳子は困惑しながらも、さらに質問を重ねた。
「幽霊って、誰が言ったんですか?」
「えっとね。誰かがピアノを弾いているって噂はずっと以前からあったんだけどね。それが幽霊だって噂が広まったのは最近の事でね。誰から聞いたとかじゃないのよ。…………ほら」
蝶野はスマホを取り出し、鳳子に「黄昏学園解決部」の掲示板を見せた。
「……これは何ですか?」
「イヒヒ……ご存じないですか? 解決部っていって、投稿された依頼を解決する部活があるんですよ……ヒヒ……」
浦賀は独特の笑みを浮かべながら説明した。しかし鳳子はまだよく理解できない様子で、画面に表示された「姿無き奏者」のスレッドをじっと見つめた。 そこには依頼主の投稿文が記されている。
その内容は、例の教室で誰かがピアノを弾いていたのに、姿が確認できなかったというもので、その真相を解決してほしいという依頼だった。さらに、女子生徒から幽霊が出るという噂を聞いたことまで書かれていた。 鳳子は思わず心の中で叫んだ。
(どうしよう…………どうしよう、どうしよう、どうしよう、これ絶対あの人の書き込みだし、しかも私のことだわ……)
投稿にはすでに数件の「依頼受諾」の書き込みがあり、その事実が鳳子をさらに追い詰めていった。
「あの、これ……どうなるんですか? 本当に解決するんですか?」
鳳子は不安そうに尋ねた。幽霊は自分が吐いた嘘だ。けれど、自分が引き起こしてしまったその謎が暴かれるのが怖かった。
「ん~……どうだろうね。実は、私あんまり解決部には興味ないんだよね。ただ、浦賀さんなら知ってそうな話題だったから振ってみただけなの」
蝶野は肩をすくめ、特に気にしていない様子で答えた。その言葉に、鳳子はがっかりして肩を落とした。
「か、解決はするんじゃないですかね? 変わった人たちの集まりって聞きますけど、じ、実績はあるみたいですよ……イヒヒ……」
浦賀がそう言うと、鳳子はまるで自分が追い詰められた犯人のような気分になり、さらに沈んでしまった。
明らかに落ち込んでいる鳳子の変化に、蝶野と浦賀は気づいたが、その理由まではわからなかった。 そして鳳子は無言のまま、再び机を運び始める。蝶野と浦賀もそれに続き、黙々と机を元の位置に戻していった。
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