宝石よりも価値のあるもの

 この時期、ジュレットの市場はとても賑やかだ。

 激しい熱帯暴風雨が頻繁に発生する為、アストルティアで最も危険な海と呼ばれるトラシュカ……数年前に発見されたこの海域を目指し、ジュレットに集まった命知らずの航海者と冒険者が手を組んだ。
 それ以来トラシュカの波が比較的穏やかなこの気候になると、ジュレットの市場では航海で手に入った珍しい「お宝」が売りに出されるようになったのだ。

 勿論、この話に彼女が興味を持たない訳がない。

 人集りの中、市場をふらふらと漂うモカさんを見失わないよう懸命に追う。
 何か気になるものを見つけたのか、彼女は若いオーガの男が営んでいる出店の前でぴたりと止まった。売りに出されているのは、煌びやかな宝石のアクセサリーだ。

 問題はここからだ。

「お嬢さん、お目が高いねえ! そいつあトラシュカで見つかった水のアミュレットっつう貴重〜なお宝だ! 今なら特別に安くするぜ!」
「贋作にしては、よくできているわね」
「……」

 そう、彼女は毎年こういった具合で市場に出回る贋作を容赦なく見つけ出していくのだ。

「ど、どどどうか、赤い鎧の方だけは呼ばないでください! 他の商品をタダでお渡しするのでどうかご内密に……ほら、このアルゴンハートは如何でしょうか⁈」
「本物はもっと鮮やか赤色をしている。一度実物を見た方が良い」
「で、ではこちらの竜のなみだを!」
「どれも硝子で出来ているのね」
「ああ、あああぁぁぁぁ……」

 情けない唸り声を上げ膝から崩れ落ちていく店主。
 自業自得ではあるが、流石に可哀想なので止めに入るか……と思い始めた所で、モカさんは端に置かれていた小さな空色の水晶玉を手に取った。

「お嬢さんの言う通りだ、これらは全部俺が作った硝子細工……その玉ころなんて贋作ですらない、観賞用としての価値すらない無銘の品だよ」
「これを頂戴」
「へ?」
「この件は、今後あなたが不当な取り引きをしない限り誰にも言わない。また来年」

 何事も無かったかのようにモカさんはその場を立ち去る。
 拍子抜けした顔で固まったままの店主に「すみません、ああいう人なんです」と言い残し、俺は再びモカさんを追った。

 嗚呼、今年はあと何回このやり取りを見る事になるのだろうか。




*****




 ドルワーム城下町を歩いていたら、ふと背後から声をかけられた。

「おい、アンタもしかして……鑑定士のお嬢さんと一緒にいた兄ちゃんかい?」
「えっと、貴方は……」

 振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。いつの日かジュレットの市場で出会ったオーガの男だ。

「お久しぶりです。この時期にジュレットにいない、という事は……」 
「ああ! おかげさまで、ドルワームの職人街で店を設ける事ができるようになったんだ!」

 モカさんが彼の贋作を見抜いて以来、彼は自身の作品を見つめ直し「硝子工芸家」として毎年市場で出品をするようになった。
 その度にモカさんは彼の作品を評価し、買っていく……本当はモカさんは鑑定士ではないのだが、審美眼においてはその手の専門家並だ。
 その結果、彼の作品は年を重ねる毎に知名度を上げていくことに成功した。

「ところで、鑑定士のお嬢さんはどこにいるんだい? 出世した礼をずっと言いたかったんだ!」
「すまない、今は彼女と一緒に旅をしていなくて……」
「そうか、ここ数年探していたから兄ちゃんの姿を見てようやく会えると思ったんだけどなあ」

 残念に呟く彼は、腰のポーチから小袋を取り出す。

「もしお嬢さんに会えそうならこれを渡して欲しいんだが、頼めるかい?」
「……分かった、その小袋は俺が預かるよ」

 彼から小袋を受け取り、別れの挨拶を済ませる。
 彼女に渡すよ、とはとても言えなかった。それでもこれは、俺が持っておくべきものだと感じた。



 その日の夜、宿で小袋の中身を確認する。中には硝子で作られた小さな花が入っていた。

「あの人、モカさんが毎年この色を選んでいくのを覚えていたんだな……」

 その輝きは、どんな宝石よりも眩しく思えた。

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