飲み会


冬である。
久しぶりに高座が終わって鉄板で豚肉が焼ける匂いを堪能していると「草若師匠、今年はバレンタインいくつくらいチョコレート貰ろたんですか?」と聞かれて返答に困った。
「天狗に来てるのも併せたら、まあ去年と同じくらいはあったけどな。」
「去年と同じくらい、て言うたら五十くらいは来てたていうことですね?」
いや、ほんまはその半分くらいやけどな。全部の集計が出揃うまでは確定せえへんていうか…シュレーディンガーのチョコレートやで…。まあ、四草のと違て、オレのチョコて、日暮亭にはほとんど郵送で送られて来ることあらへんけどな。
「そっちの肉はもう焼けとるんと違うか?」と話を変えると「それ、俺の育ててる肉なんで。」と向かいでトングをカチカチしとるムキムキ男が言った。
プロテインどれだけ飲んだところで運動せえへんとここまで育たへんのと違うか、とかこいつと顔合わせた途端に同じこと考えてんのと違うか、オレ。
「いや、この鉄板、人数分に分割して肉の焼ける範囲の分担とか決めといた方が後々ええんとちゃうか?」
「そらま、そうですけど。肉の大きさて、ちょっとはみ出してまうやないですか。そのうち、どいつもこいつも箸を好き勝手に動かして、もうやりたい放題ですわ。」
肩を竦めるのは木曽山の小草々の次にひょっこり弟子入りして来た優男やった。
「そない言うてるお前が、一番適当こいてるやんけ。」オレの目の前では、調理師崩れの男がチョキチョキと鋏を操り、長い豚肉を綺麗に切って、元の皿の上に落として行っている。
横からトングが飛んできて、ひょいひょいと網の空いたスペースに並べ直される。
「美味そうやなあ。」
「そうですねえ……。」と肉が焼けるのを待ってるだけの顔をしているのは理容師志望やったというイケメンで、今日もまた、草々の弟子の愚痴会(仮称)である。
ほとんどこの並んだ土手南瓜ども――というにはそれなりに整った顔ではあるが――の師匠の愚痴を言う会なので、気が付いたらオレも引き入れられて名誉会員になってるていうか。
ほんまこいつら全員ほとんど下戸のくせに人に酒飲ませるのが巧いていうか……。
こないだなんか、草々が喜代美ちゃんをたぶらかした手管やらなんやら洗いざらいしゃべらされて、酔っぱらって起きたら四草の運転しとる車ん中やったもんな。
えらい叱られたけど、たまの焼肉には抗えへんで。
このところ外食言うたらスイーツの美味い店か粉もんの店かていうので、飽きてはないんやけどそれ一辺倒ていうのもなあ。人生には彩りが大事ていうか。
しっかし、贅沢な話やで。
しばらく若狭鰈とか魚が続いたからって、魚に飽きるてことあるか、とは思うけど、気が付いたらこないして焼肉の会に連れて来られてしもた。
よう焼肉とか外食する金あるな、て思ってたら、どうやら昔みたいに金はなくとも酒は飲む、打つ、買うみたいな生活は流行りとはちゃうてことで、私服も買わない下戸の落語家どもには、お年玉を溜め込んだ通帳から月にいくらか引き出してくる余裕が多少はあるらしい。落語会の着物やら普段の浴衣も全部祖父ちゃんやらオレのオヤジの持ってたもんからの譲られで賄って、浴衣すら新しく買うこともなく、服は学生の頃からの着回し。
そこまで計画性のある子どもが落語家になる、ちゅうのなんぼなんでも無理がないか、て思うけど、サラリーマンになって自分の出来へんことで苦労するならもうちょい適性のある仕事に就きたいて思うたのが早かったなどと言うのである。
こういうの、世間から見たら、アホほど厳しい師匠の稽古に耐えて考え方がひねくれてしもたオレやら、世間の冷たい風に晒されてから鼻つまみの性格になって落語家稼業を選んだ四草よりは偉くないて思われるんやろうな、とは思うけど、オレに言わせれば、決断が早いだけ十分偉いていうか。
こういうヤツらでも、まあ師匠に選ぶのは、あの草々やからな……。
声もデカいし、落語の修行には厳しいゴリラがええのか。
喜代美ちゃんやないけど、あいつのあの落語に惚れ込んでへんと、師匠としてあがめるのは難しいていうか。
「しかし、バレンタインてもう先週の話やで、なんでそんなん聞くんや?」と言うと、焼けました、といい色の肉が皿に乗った。
「いや、俺ら皆、今週はずっと日暮亭に送りつけられて来たのの仕分けに朝から駆り出されてて……。」
「四草師匠に来た段ボール箱の荷解きに今年も大忙していうか。匿名で来たヤツは全部捨てて、て仕分けも面倒なのに、オチコちゃんが間違って怪しい食べ物を拾い食いせんようにて、おかみさんはこの寒空に散歩に出てってしもて。」
「……指揮官がおらへんと現場は混乱してまうよな。」
それ何の話やねん。と、延々聞いてたら肉が焦げてまうわ。
「中に入ってる食いもんと手紙を分けて、パッケージの開いてそうなのはゴミに、危険物やら爆発物がありそうな気配がしたら警察に、みたいなの延々させられてましたからね。」
危険物処理班やないか……。
「……その愚痴、本人に聞かせたらんかい、」
「「「無理です!!」」」
「四草師匠、去年みたいに米くれて言うてくれたらよかったのに。」
「そんなんしたら、また日暮亭が米蔵になってまうやんか……一揆の討ち入り先になってまうで。」
いや、ちゃんと皆に分配してますから、という喜代美ちゃんの顔が頭に思い浮かんで来た。
「米のがまだラクだったよな……。」
「送付元が米屋とかスーパーて書いてあったら流石に個人宅とはちゃうからええやろ、て安心するし。」
「しばらくはふりかけ買うだけで生活が出来るしな!」
「お前ら、普段どんなふりかけ買うてる?」
「オレ、のりたま!」
「俺はわかめの炊き込みご飯みたいになるヤツ。」
「オレはすき焼きやな。あと実家の梅干し。」
「ツナ缶とかコーンとか高いわ。」
「ってバレンタインの話からどんどん遠ざかってないか?」
「ええねんええねん。今日はいつもみたいに焼肉の匂いを嗅いでからのおむすび会とはちゃうし。」
「なんやそれ。」
「あ、今年の三月の話です。」
「あん時、草若師匠おらへんかったか。」
「そうかもしれへん。」
おい、もしかしてオレが小浜行っておらへん間にそんな回あったんか……?
「今日はほんま焼肉美味いなあ。」
「「「そやそや~。」」」

……今日は草若ちゃんが奢ったろか?

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