薄明の訪い、黄昏の陰影

 特務司書・|都竹和仁《つづきなぎと》の助手は、言わずと知れた北原白秋だ。司書室での業務中、和仁はほとんどの時間を白秋と共に過ごしている。
「僕、この資料を書庫に戻してきます」
「ああ、わかったよ──と言いたいところだがね。これだけの資料を運ぶのだから、1人で行こうだなんて考えないことだ」
「あ……はい。すみません」
「謝ってほしいのではなくて、僕は心配しているだけなのだよ」
「はい……ありがとうございます」
「よろしい」
 白秋が相手の時に限らないが、和仁はとても素直で聞き分けがいい。白秋は和仁のそういうところを気に入りつつ、心配もしていた。
「少し待ち給え、この1枚を書き終えたら──」
 白秋が言いかけた時、扉をノックする者があった。どうぞ、と和仁が声をかけると、開いた扉から現れたのは三木露風だった。
「失礼します。昨日の潜書について、報告書をお持ちしました」
「ありがとうございます、三木先生。あとで確認しておきますね」
「おや露風、ちょうどいいところに来たのだよ」
「白秋も、お疲れ様です。何か?」
 自らへ視線を向けた露風に向けて、白秋は笑顔で机の上に置かれた資料の束を示した。
「戻りついでに、これを書庫へ戻してきてくれないか。司書さんと一緒にね」
 露風が反射的に和仁の方に目をやると、そこには申し訳なさそうに眉尻を下げる彼の姿があった。
「……問題ありませんよ。行きましょうか」
「では、頼んだよ」
 和仁は露風の手を借りつつ資料の半山を持ち上げ、書庫へと足を向けた。
「まったく、白秋の人使いの荒さにも困ったものですね」
「すみません……僕、1人で持っていくつもりだったんですけど」
「いえ、彼の判断は間違っていないと思いますよ。両手が塞がってしまいますから、誰かと一緒にいる方がいいでしょう。……それに、司書さんのお手伝いをすることは、吝かではありません。なんなりと仰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 書庫に着くと、露風は手際よく資料を元の棚に戻しはじめる。和仁は資料を腕に抱えなおし、露風に手伝ってもらいながら棚に収めていく。
「──これで全部ですね」
 資料のジャンルにはばらつきがあり、全ての資料を片付けるのには、思ったよりも時間がかかった。和仁はふぅと息をつきながら、額にうっすらと浮かんでいた汗を拭う。
「お疲れ様でした、司書さん」
「こちらこそありがとうございました。助かりました」
「お役に立てたのならなによりです。戻りましょうか、お送りしますよ」
 和仁は頷き、露風と共に司書室へ引き返した。
「……あの、三木先生」
「はい」
「先生は、白秋先生と一緒にどこかへお出かけになること、ありますか?」
「白秋と? ……ふむ、あまりそういったことはありませんね。あの人と話をするのは、たいてい図書館の中です」
「そうですか……」
 露風の答えを聞いた和仁は、ほんの少しだけ落胆したように見えた。
「何故、そのようなことを?」
 問うてくる露風の声は気遣わしげだ。どうやらよほど神妙な顔をしていたらしいと気付いた和仁は、慌てて首を振る。
「いえ、あの、僕はただ、白秋先生ともいろいろな景色を見られたらいいなって、そう思っただけです」
「そうでしたか。君は、白秋の詩や歌で世界のかたちを知ったのでしたね」
「はい……」
 露風は微笑し、再び歩き出した。彼の理解する白秋ならば、和仁に請われて断るはずはないのだが、外からは見えないわだかまりがあるのだろうか──少し、気掛かりでもあった。

 司書室へ戻ると、白秋は何冊かの冊子を書類棚へ納めているところだった。
「おや、戻ってきたのだね。いない間に何人かここへ顔を出したから、書類仕事は代わりに処理しておいたよ」
「え、そんな、すみません」
「構わないよ。君の手を煩わせる程のものではなかったからね。……今日の仕事はこれで終わりかな」
「はい、そうですね」
 終わりとはいえ、まだ陽も高い時間だ。
「あの……もしよければ、お茶にしませんか? 三木先生もご一緒に……」
「おや、嬉しいお誘いだね。僕も、一息入れたいと思っていたのだよ。露風、君も断ったりはしないだろう?」
「ええ、お誘いいただいて光栄です。是非ご一緒させてください」
 快諾されたことに、和仁はぱあっと表情を輝かせた。
「せっかく時間もあることだし、散歩がてら外へ行こうか」
「えっ?」
 和仁は、きょとんと目を丸くして白秋の方を見た。まるで「先生と出かけられるなんて」とでも言いたげだ。
「どうしたんだい? 支度をしておいで」
「はっ……はい、すぐに!」
 まさに「喜色満面」以外のなにものでもない表情で嬉しそうに返事をし、自室へと駆けていく和仁の背中を見送って、白秋と露風も司書室をあとにする。
「白秋……君が司書さんを外出に誘うことは、あまりないのでは?」
「おや、そうかな。考えてみれば、そうかもしれない。あのように喜ばれるのも、悪い気はしないね」
「何か思惑あってのことですか」
 露風にちらりと窺われ、白秋は軽く肩をすくめる。和仁との間になにやら溝でもあるのかと心配されている──というのを察せぬほど、彼らの付き合いは浅くない。
「君が心配するようなことは何もないよ。ただ、四六時中『先生』と一緒にいたのでは、あの子も息が詰まるだろうと思っているだけさ」
「それならいいのですが」
 和仁が白秋を慕い尊敬していることを知らぬ者は図書館にいないほど、傍目にも明らかで、その信頼関係を疑う余地はない。しかし、露風はどうしても、先程の和仁の言葉が心に引っかかっていた。
「君こそ、何か思うところがあるのかい」
「……いえ。私の気にしすぎだと思います」
 白秋は小さく首を傾げて「そうかい」と言っただけで、それ以上を追及しようとはしなかった。やや気まずい心持ちで、露風は和仁を待つ。
 幸い、ほどなくして帽子と白杖を持った和仁がエントランスホールに現れた。「すみません、お待たせしました」
 小走りで近付いてくる和仁に、白秋が「転んでしまうよ」と優しく声をかける。
「大丈夫です、先生」
「では、行こうか」
 和仁が自らの右肘に手を掛けたのを確認して、白秋はゆっくり歩き出した。その半歩後ろを、和仁がついていく。
「せっかく一緒にいるのだから、前に露風がおすすめしてくれた喫茶店へ行こうか。あの店のカステラはなかなかの逸品だったよ」
「僕も連れていっていただいたことがありますよ。おいしいですよね」
「おや、そうなのかい」
 白秋は意外そうな声をあげて、やや人の悪い笑みを頬に浮かべて露風を見た。
「露風、君、もしかして僕よりも先に和仁くんを連れて行ったのかい」
「え? ……はい?」
「それは感心しないね。カステラで、真っ先に僕のことを連想してはくれなかったのかい」
 からかわれている──露風はため息をついた。和仁は、おろおろと2人の間で視線を往復させている。
「白秋……」
 呆れたように呟く露風を、白秋は「おや、何かな」と軽くいなす。
「僕はただ、もっと早くあの店のカステラを知りたかったというだけなのだよ」
「わかりました、わかりましたから……今日は私がご馳走します。それで手打ちにしてください」
「そうかい? では、甘えさせてもらうよ」
 2人のやりとりを聞きながら、和仁は少し考え込む。
 「白露」と並び称された時代もあった、ライバルである2人。図書館では詩について論を戦わせている姿も見たことがあるが、根本的な部分は似ているのではないか、と以前から感じていた。
(だからむしろ、おふたりは……)
「和仁くん?」
 白秋がぴたりと足を止めたので、和仁は慌てて顔を上げた。
「どうかしたかい」
「すみません、私達だけで話してしまって」
 顔を上げると、2人が顔を覗き込んでいるのがわかった。気を遣わせてしまった、と気付いて恐縮してしまう──彼は、文豪同士の話が弾んでいる時、会話に混ざらないよう身を引いていることがしばしばあった──。
「はい! ……あ、いえ、すみません。ちょっとぼんやりしてました」
「カステラが楽しみだね」
「は、はい。そうですね」
 何かを見透かしているであろうに、それ以上何も言ってこない白秋に、和仁はますます恐縮してしまった。
「あの角を曲がれば、もう着くよ」
「はい、ありがとうございます」
 再び歩き出したのに合わせて、路面を杖で撫でるように滑らせた時だった。
「──おい、さっきからうるせえんだよ!!」
 すぐ後ろから、粗暴な怒鳴り声と共にドンッと何かを壁に叩きつけたような音がした。
「えっ……?」
 驚いて思わず足を止めた3人が振り返ると、そこには1人の男が立っていた。濃紺の背広に身を包んで髪を整髪料で後ろへ撫でつけた、若い男だった。ぎろりと鋭い視線を返す眼鏡の奥の神経質そうな目が、和仁の手元を見下ろしている。
「カリカリカリカリいわせてんじゃねえよ! 耳障りなんだよその音!」
「……す、すみません」
 和仁がうつむいて謝ると、男は苛立たしげに舌打ちした。
「ああ? 聞こえねえよ!」
「っ……ごめんなさい……!」
 深々と頭を下げる和仁の前に、露風が立ちはだかった。その背で庇い、防波堤となるかのように、男の視線を遮断する。
「お言葉ですが」
「あ?」
 露風は、和仁に背を向けた状態で毅然と言い返した。その声は努めて冷静に抑えられてはいるが、静かな怒気を孕んで男に突き刺さる。
「今の貴方の声の方が、よほどうるさい上に迷惑ですよ。明らかな年少者に対して理不尽な怒りをぶつけるなど、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「はあ? てめえ説教垂れる気か? つべこべうっせえんだよ!」
 男がさらに苛立った様子を見せるが、露風は全く怯むことなく男に対峙し続ける。
「ここは公共の往来です。大声で罵ることを慎みなさい。公共の場で、周囲の迷惑も顧みず、己の手前勝手な怒りで誰かを大声で罵り、威圧しようとする行為は間違っている──そう言っているのです」
 理路整然と露風が言い放った言葉は静かな湖面のようだったが、その瞳に込められた怒りの色を、隠そうとはしていない。言葉で身を立てる者に畳み掛けられて敵う者は、そう多くはないだろう。
 それを察したのか、男は露風の背後、白秋に視線を移す。何かを期待するように、己の不利を覆さんと、その矛先を向けようとして──できなかった。
 白秋は、一言も発しない。
 ただ、ゆっくりとした動作で懐から敷島と銀のライターを取り出し、
 ゆっくりとした動作で火をつけ、
 ゆっくりとした動作で紫煙を吐き出す。
 その間、双眸はひたと男の顔に向けられていた。何の感情もなく、何の温度もない眼差しが。
 男の顔から、ざっと音をたてるような勢いで表情が消え失せる。直接的な暴力よりも危険なものを察知し、男は怯んで後ずさった。
「な、なんだよ……クソッ!」
 男が目をそらしたのを確認して、露風も踵を返す。
「さあ、もう大丈夫です。行きましょう」
「露風。少し、やりすぎではないかい」
「……そうでしょうか。私は、」
 立ち去りかけた3人の背に、男は毒づいた。
「チッ、鬱陶しいんだよこの餓鬼! とっとと失せろ……!」
 捨て台詞のように吐き捨てられた言葉に、今度は白秋が反応した。
「君──自分から絡んできておいて、よくもそんな口がきけたものだね。この子が責められる謂れは何処にもない。謝り給えよ」
 男は、白秋の言葉に虚をつかれたようだった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場から動くことができない。やがて男は、ふいと視線をそらした。
「……悪かったよ……」
 ぼそぼそと呟くように口にする男はすっかり毒気を失い、萎びた野菜のようになっていたが、白秋が手心を加えることはなかった。
「僕ではなく、この子に。頭を下げて。──この子に、詫び給え」
 居丈高に吐き捨てた白秋に気圧された男はたじろぎ、白秋と和仁とを見比べた。そして、白秋が一歩も引かぬことを察すると、とうとう観念したように和仁に向き直る。その目は、和仁を見ていなかったが。
「……悪かったよ」
 そう謝罪したものの、男は視線も合わせようとはせず、居心地が悪そうにそそくさと立ち去った。その背を見送ることなく、白秋は踵を返して和仁と向き合う。露風はまた、呆れたようにじろりと白秋を見た。
「……白秋」
 人に「やりすぎ」と言っておきながら、とでも言いたげである。
「君も、相当に沸点が低いではありませんか。まあ、先程のは私も一言返さなければと思いましたが」
「おや、援護射撃をしてくれてもよかったのだよ」
「……君が、全て言ってしまいましたからね」
「それはすまないことをしたね」
 全くそうは思っていない口ぶりで嘯きながら、白秋は手に持った煙草を携帯灰皿へ投げ入れ、和仁の手を取った。
「さあ、行こうか。すっかり水を差されてしまったがね」
 みたび歩き出して角を曲がり、愛らしいドアベルの音をくぐり抜け、ようやっと目的地に到着した。図書館からさほど離れていないはずなのに、ずいぶんと長い道のりであったかのように感じられた。
「いらっしゃいませ」
 店員の穏やかな声と、珈琲の香りに迎えられてほっとする。
 通されたテーブル席の様子を説明してくれた白秋に礼を言って座り、カステラと飲み物──白秋と露風は紅茶、和仁はホットミルクだ──を注文して、ようやく人心地ついた。
「……和仁くん、すまなかったね。君の前で吸うべきではなかったが……あの場では、ああするのが最も効果的だと思ったのだよ」
「はい……」
「大丈夫ですか? 突然あんなふうに怒鳴られて、怖かったでしょう」
「はい、あの、……ありがとうございます。今日は先生方がいてくださって、よかったです」
 和仁の言い方が気になって、白秋と露風は顔を見合わせた。
「……今日『は』?」
「よく、こういうことがあるのかい」
 2人のただならぬ気配を感じて、和仁は長椅子の上で軽く身を引いた。
「は、はい。いつもじゃなくて、たまに……あ、でも、今日みたいな強い言葉をかけられることは、本当に稀ですよ」
 和仁の答えに、白秋は思わず険しい表情を浮かべる。露風も思案顔で「いつもは朝が早いせいでしょうか。それとも、善良な方の集う教会だから……?」などと、口の中で呟いていた。
「……まあいい。今日は、僕達がいてよかった」
「ええ、本当に」
「ああいった手合いは、まともに相手をするだけ損だ。何も生み出さないからね」
「は、はい。先生も……僕は大丈夫ですから、」
「それは違うよ」
 白秋は、和仁の言葉を遮りきっぱりと告げるが、その声音は言い聞かせるようにやわらかい。
「君が謂れのない嘲罵を浴びせられていることに、僕が我慢ならなかったのさ」
 誰よりも言葉の力を知り、言葉の力を信じているがゆえに。白秋は、言葉によって人が傷つけられてしまうことを厭う。
 和仁はその気持ちを汲み取って微笑み、運ばれてきたカステラに意識を向けた。

 その後、3人で他愛もない話をしながらカステラと紅茶を楽しむうち、先刻までのどこか張りつめた空気は、すっかり取り払われていた。
「このカステラ、本当においしいです」
「本場の味を知り尽くした和仁くんが言うのだから、間違いないね。……どうせなら、もっと早く知りたかったのだよ」
「またその話ですか……終わったことを蒸し返すのはやめてください」
 露風は常に他者を気遣える親切な性格だが、白秋への言動には遠慮がないように見える。しかし、それは決して雑に扱っているというわけではなく、気心知れた者同士の気安さであると、和仁には感じられた。
(……うん、やっぱり)
 和仁は、ひとりで納得したように小さく頷いた。そうして、口を開く。
「あの、先生方って、とっても仲良しですね」
「仲良し?」
 白秋と露風は、同時に和仁を見る。2人の反応がまったく同じだったので、和仁はつい笑ってしまった。
「だって……詩を読むと、お2人の考えていることは同じなのかなって、そう思う時があるんです」
「……そうかい?」
「それは……」
 白秋と露風は顔を見合わせる。
「それに、先生は『フレップ・トリップ』や『海阪』で──」
「和仁くん」
 やや険のある声で、白秋は和仁の言葉を押しとどめた。きまり悪そうに目をそらすあたり、思い当たる節があったらしい。
「読めばわかるものを、今ここでわざわざ言及する必要はないと思うよ」
「は、はい。すみません」
 白秋の言うことを素直に聞く和仁を見て、露風は小さく肩をすくめた。和仁の挙げた白秋の著作に何が書かれているのか気になったが、特に追及しようという気にもならない──そう思いながら、紅茶を口に運ぶ。
「でも、お2人がすごくいい関係だと思ってるのは、本当です」
「……まあ、そうだね。共にひとつの時代を築いたわけだから。駆け出しの若手詩人だった頃から、思えば長い付き合いだ」
「ライバルであると同時に、同志……でもあるような。そんな感じがしますね」
「こうしてまた同じ道を行くことも、巡り合わせというものだろうね」
 同じ時代を生きてきた者同士の結びつきというものは、きっとこういうものなのだと、和仁は思った。
(こういうのを目の当たりにできるのも……きっと奇跡なんだ)
 その奇跡は、きっとこれからも続く。和仁は、そう信じて疑わないのだ。
「……あの、先生?」
「なんだい」
 白秋の応えに、和仁はすぐ言葉を重ねることができなかった。助けを求めるように露風の方を見て「その、えっと、」と口ごもる。
「あの、先生……僕……」
「そんなふうに、君の歯切れが悪いのは珍しいじゃないか。どうしたんだい」
「はい……あ、あの、僕! もっと、先生ともこんなふうに、お出かけしたいです」
「……うん?」
「先生と一緒にお出かけして、先生と同じものを見たら……もっともっと、世界が広がっていくんじゃないかって、そんな気がするんです」
 白秋は、ふむと指先を顎に当てて考え込んだ。和仁は、白秋が口を開くのを、じっと待っている。露風も、紅茶を飲みながら2人の様子を静かに見守っていた。
「……僕の時間をどう使うかは、僕が決めるのだよ」
 返ってきた言葉に、和仁は落胆の表情を見せた。それを目の端に捉えながら、白秋は続ける。
「君が僕の見ている世界を見ることはできないし、僕が君と同じものを見ることも叶わない。わかるね?」
「はい」
「僕の言葉を受けて世界を知った君にしか見ることができない世界……それはきっと、どんな宝より価値のあるものだ」
「はい……先生」
「僕はね、君が語ってくれる、僕の知らない日々の風景を想像することが楽しいし、嬉しいのだよ。……だからもっと、それを僕にも教えておくれ。僕が、君にそうしたようにね」
 白秋はそう言葉を結ぶと、にっこりと笑う。2人のやり取りを見守っていた露風が、静かに口を開いた。
「……そろそろ出ましょうか」
 時計に目をやりながら促すと、和仁は頷いて立ち上がる。会計を済ませて外へ出ると、だいぶ陽も傾いていた。
「先生方、今日はありがとうございました」
 和仁はぺこりと頭を下げて礼を言い、白秋と露風もそれに応じて微笑んだ。
「僕も、久しぶりにとても楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
「また来ましょうね」
「はいっ」
 3人は、連れだって歩き出す。その足取りは軽やかだ。

 真っ赤な空の夕焼雲の下、手を引きながら、帰り道をゆく。

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