家電



「なあ、どれがええと思う? こういうのて、テレビと両方買うた方がええんと違いますかなんや会社違うの買うたら録画出来へんとかあらへんかな?」
どれがええ、て、僕に聞いてもしゃあないでしょう、と言いたいが、家電量販店には行かないと話して、ふたりでそう決めたのである。今更予定を変更しますか、と言って出来るものではない。
磯七さんからは、『あんなとこ行ったらしゃべりの巧い店員に捕まってしもて、一時間も話聞かされてからその場で一番高い冷蔵庫売りつけられるだけやで、草若なんか連れてったらああいう手合いの言い様にコロリと参ってしもて、ひと月の収入から吹っ飛んでいくのと違うか、』とまで言われて脅されているのである。怪談話をする落語家はだしの顔つきを思い出せば、昨今流行りのヨドヤバシやらヤマデンやらには到底行けるものではない。
そもそも、子どもが家に帰って来る時間もあるのである。
「言われた通りていうか、ほんまに種類ないですね。」
「そやな……。」
三つ並んだ隣を見れば、もう別の機械が並んでいる。
棚に並んだラインナップを見ると、再生専用と書かれた機器の方がまだ種類があるというところだった。
「そらこういうのは一番高い方がええと思いますけど、買い替えだけで良かった昔と違て、録画の予約がラクとかそういうのもさっぱり分からへんですからね。」
「どれも同じに見えるわ、て言うほど選択肢あらへんけどな。……これ小さいなあ。」
再生専用機器は、テレビも見られるという触れ込みで、画面と一体になっている形のものもある。携帯ラジオをそのままテレビに応用したような携帯のテレビより一回りも二回りも大きく、それよりは最小サイズのノートパソコンを小さくしたという方が近い。
草若兄さんが手にしているのは、一万を切る程度のもので、ブルーレイの録画の機器よりも二桁落ちる。
このくらいの値段やったら端から端まで買って行きましょうというくらいのことも言えたが、人生そううまくはいかないものだ。
今回の買い物は、おとくやん、どころではない。
「テレビやで? こんなちみっこい画面、人の顔も見られへんのと違うか。見ててもしゃあないやん、なあ?」
初めて見る種類の機器に興味があるのか、同居人はずっと、買う予定のない品物を手に取って、つらつらと眺めている。
家電製品のブースで長居している僕らの様子を気にしてか、警備員の服装をした同年代らしい男が、後ろをすっと通って行った。
「どうでしょうね。」
そんなんで僕に同意を取られたところでしゃあないていうか。
どちらかと言えばおかみさんが、師匠のおらんときは裏番組で見たいの見られて嬉しいわ、と言いながら、画面も見ずに台所で台所で食事の支度や片付けをしてた様子を見ていたので、案外にラジオの代わりに声だけを聞けるだけでもそれでいいという人もいるのかもしれなかった。
そういえば、タレントとして売れていた頃も、スーパーカーが欲しい欲しいと言いながら、買ったら買ったで、実際の車の手入れや車中の掃除には無頓着な人だった。自分の年を考えて、対外的に車が好きだと言い張っているだけで、どちらかと言えば、こうしたミニチュア玩具のようなものを買って手元に置いておくのが好きな人なのかもしれなかった。
「こういうのが欲しいなら一緒に買うたらどうです?」
「こんなん、別に使うとこないやろ。今はお前と同じとこで寝てるのに、こんなも、……んんっ、」
注意力の足りない兄弟子の口を手でふさいで、「外でそういうことほいほい口にすんの止めてください。」と言ったら相手は涙目になった。
「そうかて、」
「草々兄さんに知られたら、僕の脳天、あっという間にカチ割り氷ですよ。」と言うと、相手は怪訝な顔つきになった。
「そらないやろ。」
「あります。」
僕を見下ろし、お前こそ、こないなとこで何強情張ってんねんと言わんばかりの顔つきになった。
「ないて。」と言って、そっぽを向いて臍を曲げた顔つきになった。
何がどうなってこうなったのかは、付き合いの長さから、大体は分かるような気になっているが、永遠のコンプレックスである恐竜頭の兄弟子のこととなると、この人は途端に平常心ではいられなくなるようだった。
似合わない金ぴかの時計を身に付けたがるのも、馬鹿高くて燃費の悪い車を乗り回して格好を付けるのも、その全部が一日違いで入門した兄弟子に張り合うため。そうして、誰よりも相手のことを気にしているくせに、向こうが自分のことを家族のように心配していることにはずっと無頓着だった。
――せやから、まあ、嫌がるの分かってても僕のところに転がり込んで来たんやろうけどな。
自分を追い出すことがない、自分と同じくらい孤独だと思える相手。
金払いが良い相手には、いくらでも都合のいい男の顔を作ることが出来る男。
相手がどうでもいい相手ならば、飽きたら捨てることも出来るが、師匠の息子で兄弟子ならそうはいくまいと踏んだのかもしれなかった。
僕は僕で、選ばれたのではなく、選択肢がなかったところで掴んだ藁のようなものだと判っていて、この人が伸ばした手を離すことが出来なかった。
だから、子どものいる身で、自分かてこの人のことばかりを気にしてはいられないことを棚に上げながらも、この人のそういうところが腹立たしいし、それは一緒に暮らし始めた頃からずっと変わらないのである。
「こういうの若狭の口から伝わるならまだええですけどね。……いくら僕がうどんが好きでも、太く短くは御免こうむります。僕かて、子どもが自分で稼げるとこ見れるくらいは生きたいとは思ってますから。」
「お前も底抜けに極端やな! だいたい、草々がオレのことでムキになるのはええとして、そこまではせえへんて……。」
ムキになることは分かってるんですね。
「はい、時間もないし、もうコレにしときましょう。兄さん、あそこにある箱取ってください。九番らしいです。」
並んでいた中で、一番安いのを買おうと思ったが、在庫は棚の上の方にある。
「横着せんとお前が取ればええやろ。オレは脚立とちゃうぞ!」
「一番安いの買うて、残りの金でどっか適当なとこ寄りましょう。」
一言言うと、キャンキャンと犬のように吠える兄弟子は一旦口を噤み、僕の顔を見て「……お前それはちょっと卑怯やぞ。」と言った。
これで、最終目的地にたどり着くまでちょっとは大人しくなるだろう。
時間ないですから、とっとと取ってください、と言うと、後で身体で払うて貰うからな、と言いながら兄弟子はポケットに入れた手を出して、背伸びもせずに手を伸ばした。
どっちかいうと僕より兄さんが払う方やないですか、と思いはしたが、野暮な話は口にはせずに、黙っておくことにした。

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