夏だっていっぱいくっつきたいってことだよ

サマーホリデー!お出掛けしようとしていたきららちゃんとあこちゃんですが……?
二人の夏のオフの一幕です。


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「失礼いたしますわ」
 NVAのきららの部屋までやってきてドアを叩くと、いつものように彼女は喜んで迎え入れてくれた。
「あこちゃん! 待ってたよ~♡」
 その笑顔は今日の真っ青な空に輝いている太陽みたいに眩しい。しかし、先ほどここに来るまでの道中で浴びた日差しとは真逆の、やけに冷たい空気が素肌に感じられてあこは目をぱちくりさせた。
「って、あなたこれエアコン何度にしてますの!? 寒すぎませんこと!?」
 部屋の中に足を踏み入れると、漂っていた冷気で背筋がキンと冷やされて、思わずぶるりと体を震わせる。
「えー? 何度だったかなぁ。でもこれくらいひんやりしてるのが一番快適だよ」
「……って18度じゃありませんの! 限度というものがありますわ!? あんまり体を冷やしたらよくありませんわよ?」
 机の上に置いてあったリモコンで温度を確認してあこは飛び上がったが、きららはにこにこしながらブランケット広げて見せてくる。
「ほらほら、これを被ってるとちょうどいい感じになるんだよ」
「やっぱり寒いんじゃないですの!」
「涼しいお部屋でブランケットっていうのがいいの~っ!」
 むぅと唇を尖らせて、怒っちゃメェ~と言う彼女にもう少しなにか言ってやろうかとも思ったが、ブンブンと頭を振って気を取り直した。
 今日はこれから二人で外出するのだから、この部屋の温度などは関係ないだろう。言い合っている場合ではない。とにかく行きますわよときららに促した。
「うん、ちょっと待ってね――……ん?」
 その時、雲の形の肩掛けバッグに慌てて持ち物を入れ直していたきららの手が、彼女のキラキラフォンに触れて、ちょうど画面にポップアップしていたニュース速報の動画が再生されてしまった。深刻な顔をしたアナウンサーがニュースを伝え始める。
『厳しい暑さが続く今年の夏。今日のきらきら市も最高気温は38度と、熱中症の心配が大変高まっています。先ほど入ってきた情報によりますと、市内の人気遊園地、きらきらランドで、利用客数人が熱中症とみられる症状により、救急車で病院に搬送されたとのことです』
「きらきらランド!?」
 ニュースを聞いて、きららとあこは声を揃えてそう言った。はらりと、肩掛けバッグの中からはみ出していた短冊形の紙が落ちる。それはきらきらランドの割引入場券だった。そう、二人はこれからここに行こうとしていたのだ。更にニュース動画は続く。
『きらきらランドでは、今日から新しいアトラクションが始まり、普段より多くの観光客が詰めかけていました。ランド側は飲み物やひんやりグッズを普段の3倍用意し、ファストパスの利用促進、また熱中症について注意喚起アナウンスを繰り返し行っていましたが、アトラクションには長蛇の列ができ、数名が熱中症とみられる症状で、救護された模様です』
 画面には騒然としている遊園地内の状況が断片的に写し出されている。
 二人の間に暫く沈黙が流れた。
「はぁ~~~~!」
 先に大きな溜め息をついて静けさを破り、ぐでっとへたりこんだのはきららの方だった。
「あ~あ。もう今日は無理だね……」
「そうですわね。ランドのスタッフさんも対応で大変でしょうし。でも、本当に残念ですわ……」
 あこも深い溜め息をついて、きららの隣に座る。まさか行く前からこんな事態になるとは思ってもみなかった。
「あこちゃん、かなり落ち込んでる?」
「それはもう……ってなんでそんなにこっちを見てますの? なにか変ですかしら?」
「だってあこちゃん、どっか行こうって話になったとき、最初は新しいアトラクションにもあんまり興味なさそうで、きらきらランド以外も気になるって言ってたのに」
「それは………………そにょ、あなたがとっても楽しみにしていましたから……」
 最後の方は蚊の鳴くような声になったが、きららはばっちり聞き取っていて、ぱあっと瞳を輝かせた。
「えーっ、それってきららのために落ち込んでくれてるってこと!? あこちゃん優しい~~♡♡」
「ああ、もうっ! くっつかないでくださいませんこと!? 暑くるしいですわ!?」
 きららが抱きついてきたのをぐっと押し戻すように手に力を込めたら、強い冷気がちょうどこちらに当たってきて、二人の身体をしっかり冷やしていった。
「ほらね! エアコン、この温度ならくっついても暑くないよ♡ っていうかくっついてるのがちょうどいい感じかも」
「にゃ!? ちょっと、これじゃ動けませんわ。このあとの時間をどうするか考えないといけませんのに」
「えー、今日はもうここでお部屋デートにしようよ。このままずっといよう」
 抱きついたまま、きららがちゅっとあこの頬に唇で触れたので、どくんと心臓が跳ねた。このままずっと、ここにいたらどうなるんだろう。一応別の選択肢はないかと、脳内コンピューターをカタカタと稼働させて答えを探る。
 やがてピンポン! と弾き出したが、やはりここで過ごすというプランになってしまった。今からどこか別の、あまり暑くない場所に行くとしても、まずは外に出なければならず、移動している間に熱中症にならないとも限らない。これからの時間、外気温は更に上がっていくだろう。それならば涼しい部屋の中にいるのが一番低コストで安全だ。
「そうですわね、ここにいさせて頂きましょうか」
「やった~! 涼しいお部屋であこちゃんと二人っきり~♡」
「ってさっきより密着感が増してませんこと!?」
「だってここなら誰にも見られてないから、あこちゃんも恥ずかしくないでしょ?」
「そ、そういう問題では……」
「じゃあどーゆー問題なのっ」
「そ、それは…………なんといいますか、べ、別に問題があるわけではないですけれど……」
「それならいいでしょ!」
 改めてきららの腕があこのそれにぴたりと触れる。先ほどからずっとここにいるきららの肌はずいぶん冷たくなっていた。素直に心地いいなと思いかけて、このまま流されるわけにはいかないと、リモコンを手に取る。温度をあげようとしたら、きららに脇腹をこちょこちょされてしまった。
「にゃにゃにゃにゃ~~~!?!? ちょっと何しますの!」
「それはこっちのセリフだもん! 今が一番快適なんだからっ!」

 結局きららに強固に阻まれ、温度の操作は諦めた。ただ、そのままじっとしているとやはり寒くなってしまうので、二人一緒にブランケットにくるまることになった。
「ね、いい感じでしょ」
「……悪くないですわね」
 その後、二人はぎゅっとくっついて、ゆっくりと一日中過ごしたのだった。

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