今は銀河へ帰れない

 麦が風に揺れる音が耳元を擽る。その心地よさに身をまかせながらぼうっと揺れるブランコを眺めていた。今ブランコには春の花のような少女が一人腰掛けており、今はブランコに揺られながらどこか遠くを眺めている。いつもの明るい彼女とは、少し違う雰囲気だ。
「なんか浮かない顔だな、キュレネ」
「……あら、そう見える? いつもの可愛いあたしのつもりなんだけど」
「結構一緒にいるからかなー。なんかたまたまそう見えた。……小休止が終わったら最後の再創世が始まるけど、やっぱ不安?」
「まさか。あなたたちがいるんだもの。きっと、愛に溢れた物語になるわ。ただ、今はね」
「うん?」
「あの子に……なのかに、一度列車の景色を見せてあげようかどうかを悩んでいて」
「列車の? なんで?」
「ホームシックになってるからに決まってるじゃない! ……ようやく貴方たちと話せて今はほっとしてるけど、ずっと一人で寂しい思いをしてたでしょう? 泣き止むまで一緒にいたけれど、あの子には笑っていてほしい者」
「それは同感。……で、それが余計なお世話じゃないかって? へえー、お前もそう言うことで悩むんだな。別にいいんじゃないか? どうせこれが終わったら帰れるし俺もはやく帰りたいけど、別に今見せることが悪い事ってわけじゃないだろ?」
 俺の記憶使う? と、穹はキュレネに尋ねる。キュレネはもう、と穹を少し睨むように見て、ふ、っとその眉を下げて苦笑した。「あなたと話していると、こんな小さな悩みくらいは何でもないことのように思えてしまうわね」
「実際何でもないことだろ。あ、そうだ。ついでに丹恒も連れてこう。呼んでこないと」
 確か少しあたりを散歩してくる、と言っていた気がする。どの辺にいるかな、と少し考えて、穹はふと、屋根に丁度羽休めに止まった小鳥を見上げた。「おーい。ちょっと丹恒さま呼んできてくれー。大親友が呼んでるって言えばわかるから!」出来るだろそれくらい、と穹はその屋根に向かって声を上げる。わかるかしら、と首を傾げるキュレネに、わかるだろ、と穹は答えた。小鳥はしばらくしてさっと飛び立ち、曖昧な色の空へ小さくなって消えていく。
「まあ、多分だけどな。丹恒にめちゃくちゃ寄ってくるし、なんか丹恒の言葉通じてる感じしてたし」
「よく見てるのね」
「ふふん。まあな。大親友のことくらい見てたらわかるって。それにまあ、……丹恒は言わないことの方が多いからな」
 だから時々、自分だけが知らないまま彼の胸に仕舞われていることもある。それにしても、と穹は見上げていた屋根からキュレネに視線を戻した。
「見せるって言っても、前みたいにカフカとか……星核ハンターが出てきたら困るんだけどさ。見せるのは場所だけ? それとも俺の記憶をつかうなら乗ってる人も?」
「うーん……そうねえ。そのあたりの加減は、ミュリオンだった時と今とで少し違っているかも」
「じゃあちゃんと出来るかどうかも分からないってことか?」
「まあ、言ってしまえばそうね。けれど、きっと問題はないと思うわ」
「俺の記憶を過信しすぎてない? うーん、それならむしろ丹恒の記憶から記憶域を作った方がいい気もしてくるな……。列車に乗ってる時間は丹恒の方が長いしさ」
「それでもいいわよ。――あら、本当に来たわね」
「――穹!」
 頭上に影が落ち、見上げた視界に不自然に人が浮かんでいる。飛んでるなぁ、とそれを見上げながら、穹は恐らく呼ばれたからとすぐに飛んできたのであろう、まだ見慣れない姿の丹恒に「おかえり」と答えた。どこか焦ったような顔にも見える。
「心配してすっとんできたとこゴメン、特に急用ってわけじゃないんだけどさ」
「は?」
「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと穹に相談事をしてたの。そうしたら、丹恒も連れていくのがいいって」
「どこにいるかわかんなかったからさー。丁度そこらに飛んでた鳥に叫んだんだけど、通じたみたいだな!」
「……そうか。何事もないなら良いんだ」
 それで、と丹恒は一体何をするつもりで呼んだのかと穹とキュレネの二人に尋ねてくる。二人は一度顔を見合わせ、「じゃあなのに見せる前に俺が検閲します」「しなきゃいけないことがあるの?」「俺は丹恒を信じてるけど万が一があるからな……」と会話を交わした後、戸惑う丹恒を二人ほぼ同じタイミングで見つめた。それじゃあ、と穹はペンをとりキュレネの肩に手を置く。
「やっちゃえキュレネ!」
「ごめんね丹恒」
「は? おい、何を――……ッ!?」
 目の前が真っ白に染まる。思わず穹はぎゅっと目を閉じて――その眩しさが引いたのを感じて、ゆっくりと瞼を開いた。おお、と周囲を見て声を上げる。
「成功!」
「……一体……何、……――星穹列車?」
 丹恒も眩しさに無意識に瞼を覆っていた手のひらを降ろし、周囲を見つめ驚いたような声を上げた。広がっているのはいつものラウンジだ。今は誰もいないようで、ラウンジは明かりが落ち、しんと静まり返っている。それもそのはずだ、既に消灯時間である。まあ、何故この時間なんだろう、ということは置いておくとして。
「ちょっと見て回るか。キュレネはここで待っててくれ」
「ここで?」
「丹恒の記憶から作った記憶域なら、もしかすると丹恒があんまり見られたくないもんもあるかもしれないからな。ここはざっと見たとこ問題なさそうだから居ても平気。いくぞ丹恒」
「……穹、そろそろ何故こうなっているのか説明が欲しいんだが」
「ん? あー、キュレネが新しく出来た友達に優しくしたいんだって」
「……? どういう意味だ」
「要するに、うちのお姉さま兼妹さまがホームシックで傷心中だ。そこで出来るだけいい感じの夢を見せて慰めたいとキュレネは思ってる」
「……そういうことなら今度からはちゃんと先に言ってくれ」
 一体何事かと思った、と丹恒は呆れながらも、いこう、と促した穹についてくる。もー、とそれを見て少しキュレネは不満げだったが、一応は言う通りにするつもりなのか、じゃあここで待ってるわね、とソファに腰掛け星を見上げ始めた。
 ラウンジから廊下に出て、記憶とそう変わらないな、と確かめながら歩く。後ろからついてくる丹恒より先に、ひとまず、と丹恒の部屋に入った。ここも灯りは半分落とされてはいるが特に変わったところはない。布団もそのままだし、と後ろを振り返り、入ってきた丹恒を見て穹はふと思った。
「……丹恒さ」
「なんだ」
「その恰好、……やっぱデカくない?」
 エシュシオンに居る時は見慣れた姿の丹恒だったが、駆け付けてくれた時の姿のまま戻ってきたからか、見慣れているはずの部屋に彼がいるのに違和感がある。そういえば、と穹はまじまじと丹恒を見つめた。
「背のびたなと思ったけど……、……本当に伸びたな」
「自分ではあまり自覚がないんだが、……確かに、お前との目線の高さは変わったな」
 十五センチくらいは違う気がする、と穹は自分の背丈と丹恒の背丈を手のひらを水平に動かして比べてみる。もはや自販機じゃん、と穹は丹恒を見上げた。見下ろされる視界に未だ慣れず、じっと見つめられるとその違和感に胸の奥がくすぐったくなる。その視線から逃げるように穹は自分から視線を逸らして、ふと床にいつものように置かれたままの布団に視線を落とした。
「あのさあ、話は変わるんだけど」
「なんだ」
「ちょっと気になったんだけど――……そこの布団、それだと足、はみ出すんじゃないか」
「…………はあ」
 また妙なことを、とばかりに丹恒がため息を吐く。
「そんな呆れた顔しなくていいだろ!? どうすんだ! 今頃宇宙を漂流してる俺たちの本体にも戻ってきた時に影響があって、いつもの丹恒に戻れなかったらそのままだぞ!?」
「元よりいつも雲吟の術は使っている」
「あ、じゃあ大丈夫か~。……でもさあ、どうなるかは気にならないか? ほら、ちょっと横になってみな? な? ほら」
 穹はぐいぐいと丹恒の腕をひっぱり、布団に近づいていく。ぐ、っと引っ張っても今の丹恒の方が穹よりずっと力が強いからか立ち止まられるとびくともしないが、なあー、と甘えるように促すと、仕方がない、とそう顔に書いて、丹恒はゆっくりと腕に引かれるまま穹についてきた。
「さあ!」
「…………、何が楽しいんだ」
「面白いものが見れるかもしれないだろ」
 丹恒は渋々、寝慣れた布団の上にしゃがみ、そのままいつものように横になろうとする。だが尻尾が邪魔だと気付いたようで、ひとまず横たわった。穹はじっとその様子を見、頭から足元までざっと視線を向け――「足、出ちゃうな……これ……」と気付いてしまう。
 布団の上で横になり軽く足を曲げてはいるが、伸ばすと明らかに布団から足がはみ出てしまうだろう。想像して、穹はふ、っと思わず吹き出しそうになった口元を押さえて、無言のままくつくつを肩を震わせた。
「…………」
「足、……――っ、ふふ、……出、……、っふふ」
「…………」
 丹恒もまた無言のまま、したん、と尻尾で床を打った。怒らせたというよりはどこか呆れたような様子だ。もういいか、とゆっくりと体を起こし、布団の上に起き上がる。まだ笑いをこらえて肩を震わせていた穹は、その尻尾が自分の足首に回っていたのにも気付かなかった。あれ、とふと気付いた瞬間、体が浮いて視界が回る。
「わぎゃっ」
「…………」
「あーあーあーまってまって! 狭い! いつもより尻尾があるから狭い! 丹恒もデカくなったから狭い! ごめん丹恒! せめて俺の部屋いこ!?」
「キュレネが心配する。何もしない」
「しないのかよ」
 まあ何かしてる場合でもないか、と足首に巻き付いていた尻尾が離れていくのを感じる。穹はぎゅっと胸の前で手を組み、いつでもいいぞとばかりに目を閉じてみたが、ぺし、っとその鼻先を尻尾で軽く弾かれて、ちぇ、っと結局すぐに起き上がった。不満げにする穹に、丹恒は少し呆れたように小さく息を吐き、問題がないならキュレネの所に戻るぞ、と穹を促してくる。布団から穹をひっぱりあげようと手を伸ばしながら、丹恒が耳元でささやいた。
「……――続きは帰ってからな」

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