Dreaming Lotus(則×古になるかと思いきや急に平沢進にハマってレーザーハープを作りだす古今)
「――わたくし、彼のこと気に入りました」
発端は年忘れ本丸くじ引きカラオケ大会――森山直太朗の名曲を歌い上げている一文字則宗を見ながら、突如として古今は、あの方と仲良くなってみたい、とかなんとか言いだした。
「古今、何を言っているのだ……」
「一文字則宗なんて二年前からいたじゃないか?」
「親しくなるのにいつだって遅くはないですよ」古今は真剣な顔で言い張った。「それにわたくし、もともと森山直太朗は好きなんです。でしょう、地蔵?」
たしかに去年のサブスクでは上位10パーセントのリスナーだったな、と地蔵行平は認めた。
「だが古今、そなた、独唱の『さくら』しか聴いたことがないだろう」
「それにそもそも、一文字のご隠居は森山直太朗ではないよ」
「それはそうですけど、わたくし、もっと彼が歌うのを聴いてみたい」あのお声ならきっと、さざんおーるすたーずあたりも似合うでしょう、と古今はぶつぶつ呟いた。「どうにかして、一緒にからおけに行ける仲になってみせます」
また出た、古今の気まぐれが――。何を言っているんだい、と僕はため息をつきはしたが、それ以上は咎めなかった。一文字則宗がいたいけな新々刀ならともかく、鎌倉の刀のなかでもわりあい昔の刀である。古今にちょっとくらい絡まれたって、どうとでも煙に巻いて突き放せるはず――そもそも古今のことだから、三日もすれば飽きるに決まっている。
計算外だったのは、思ったよりは古今が飽きず、かつ、想像を遥かに超えてあっさりと一文字則宗が陥落したこと――などといったら日光一文字あたりに睨み付けられそうだが、事実だ。
もともと二人は多少は話す仲ではあったらしいが、古今は敢然として攻めの手を打った。すなわち、お年玉を配っていた彼に突如として話しかけ、とりとめもなくあれこれ質問しては「知りませんでした」「すごい!」「そうなんですね」と相槌を打ち続けたわけだ。
最初は一文字のご隠居は困惑しているように見えた。だが、正月というのは、連隊戦に出ていない刀にとってはかなり暇な時期だ。
いったい二人がどんな話をしたのか知らないが、松の内が明けるころにはだいぶ様子が変わっていた。七草粥が出るころには彼のほうから古今の席に寄ってきて光孝天皇の歌について尋ねていたし、鏡開きの日には二人で汁粉を食べながら談話室で話し込んでいた。
一月が終わるころには、地蔵行平は深刻な顔で「手遅れかもしれぬ」と、僕らの誰もが感じていたことを口にした。
「一文字則宗はあれで喋るのが相当好きらしい。古今はあれで聞き上手だから――」
帳簿を見ていた松井が不意に顔を上げ「このあいだ一文字則宗が急に篭手切を呼び止めて、なんて言ったと思う? ――『古今伝授はどういう菓子が好きか知ってるか』と尋ねてきたんだ」と、怪談でも語るような口調で言った。僕たちは身震いした。
「それは――だが、まだ決まったわけでは」
「そうさ、決まったわけじゃないよ」
「長船ならそのくらいは普通だろうけど、彼は一文字だろう」松井は冷静に指摘した。「ただの友達の甘味の好みなんて気にするような集団じゃないと思うけれど」
地蔵が何か言おうとして唇を開き、閉じ、そのまま炬燵布団に肩まで潜った。
「……仮に、仮にだが、古今が彼と付き合ったとして、むろん古今はあの通りやっていけるだろうが、一文字の方が苦境に陥るのではないだろうか」
地蔵は物憂げに眉を寄せたまま続ける。
「つまりだ、彼らは多少、秘密主義というか、自律的というか――問題が起きたら家のなかでどうにかしようとする傾向があると吾は見ている。だが、古今は――」
僕たちは黙った。僕たちは昔からの付き合いで古今について知っているから、古今自作の三十一文字をやりとりするアプリのセキュリティが信じられないほどガバガバだったせいで本丸のサーバまで落ちそうになったときも、古今が突如KISSにドハマりして白塗りの青年達を集めてバンドを組みはじめたあげくにストーカーを大量発生させてきて大変なことになったときも、古今をむやみにかばうことなく即刻主に報連相をし、対応に奔走することができた――が、一文字は、耐えられるのか。
「まあ、古今と僕らとの縁が切れるわけではないし。それに一文字則宗は隠居なんだろう?」
「あの家がどうなっているのか吾は知らぬ……」
「日光一文字が心労を抱えて倒れたら経理にとっては大打撃だよ、それは間違いない」
「まあ、平安式ならば、則宗が吾らの婿ということに――」
「それはそれで一文字は受け入れられるのかい?」
そんな話を裏でしつつも、僕らは段々、あの二人は意外とお似合いなのではないか、という気分にさせられつつあった。正月の一番最初は古今ばかりが喋っていて、その後しばらくは則宗ばかりが喋っているように見えたが、最近はまた古今がよく喋るようになった――身振り手振りしながら、花にまがへて散る雪がどうのこうのとあれこれ話している。
驚嘆すべきことに、それを聞かされている則宗は、たいして興味があるわけでもないだろうに、不思議なほど嬉しそうに見えた。古今の手をとって、冷えてるけど大丈夫か、とかいう様子も優しい。
だが――まさかの、そこで古今が飽きた。
バレンタインが来る頃のこと、僕は松井とお小夜と地蔵と一緒に炬燵を囲みながら、豆まき方式で個装のちよこれいとを派手にばらまいて節分と義理チョコを一気に終わりにしよう、という博多藤四郎の斬新な節約案について話していた。
「確かに風情はないけど、でもカカオは一応豆らしいし、厨が混むこともガス代がかさむこともない」
「その場合、友や身内にわたすものも禁止なのか?」
地蔵がそう質問したところで、不意に古今が部屋に入ってきて、こたつに滑り込んだ。
「ああ、古今。そなたはどうするんだ? 十四日は」
余計な事を、と僕は地蔵をちょっと睨み、「作るんなら突貫じゃなくちゃんと下調べして、邪魔じゃない時間にやってくれよ」と言った。
古今は眠そうにあくびをかみ殺して「なんの話です?」と言った。
「――いや、別に渡せと言ってるわけじゃ」
古今は首を振って「すみません、眠くて……」と言った。僕は一瞬、露骨な匂わせかと思って動転し、黙った。お小夜の前で何を――だが、古今は深いため息をつくと、「平沢進の新譜、というかまあ単にわたくしが初めて聴いただけなんですけど、あまりにも良すぎますよ。わたくしは昨晩一睡もできず……」とうっとりした調子で言ったのである。松井がスッと顔を上げて僕をまっすぐに見た。ヤバいんじゃないか、と青い目が言っている。状況が変化してきた――僕はいったん毅然として「それよりバレンタインはどうするんだい」と言った。
「義理は禁止らしいが、貴方はなにか作らないのかい?」
「義理は禁止なんでしょう? それよりレーザーハープですよ」
「レーザーハープ?」
楽器です、と古今はいきいきとして居住まいをただし、レーザー光線を手でさえぎるとサウンドが変化する斬新な楽器がどうのこうのと手振りをしながら喋った。全くひとの話を聴こうという気が無いときの調子だった。
「ぜひともライブ映像を見ていただきたいんですけれどもね、わたくし、動画を主さまに見せていただいた瞬間に雷に打たれたようになりまして、これは作るしかない!と思い至ったのが今朝のことです。でも、図面を書いて南海太郎朝尊に見せたら、これだと発火すると言われて――まあ、それくらいのほうがロックかもしれませんけど、火がついたらわたくしはさすがに困る……ここは美術館でこそありませんが、美術品にも等しい方々がたくさんにいるわけですから、ふふ、ふふふっ」
古今がこうして、ハマったものの話を延々一人で喋って笑いころげるようになったらおしまいである。
「待ちたまえ、あなたは一文字則宗に熱を上げてるんじゃなかったのか?」
「熱……?」
古今は首をかしげてしばらく考えてから、「まあ、確かに、今になってわたくしの振る舞いを振り返れば、そのように言われても仕方が無いかもしれない」としごく穏やかに認めた。
「でも、冷静に考えると、あまり一方的に付きまとうのって良くないと思いましてね。わたくしは一度、カラオケで一日歌い倒さないかと彼を誘ったのですが、あまり気が乗らないようで、『それなら別の場所に寄ってから二時間も行けば十分だろう』とか、振られてしまいました」
でも嫌がっている方にしつこくしたら良くないですからね、と古今はまるで常識のある人間かのような顔で言った。なぜ一カ月前にこの冷静さの十分の一でもどうにかできなかったのか、という表情を顔一杯に浮かべながら地蔵が黙り込む。
「古今、あなたという人は――」
変わり身が早すぎる、としぼりだす僕を前に古今は常識人みたいに首をかしげた。
「花は散ってまた咲くものですからね。わたくしのようなウタモクに迫られて彼も多少イヤな思いをしたかもしれませんけれど――とはいえ大丈夫だと思いますよ?」
「何が大丈夫なんだい?!」
「だって、仮に則宗がわたくしのことを不気味に思っているのなら、さすがにあれほど話しかけたり笑いかけたりしてこないでしょう」
だから手遅れだって言ってるんだ、と松井が言っているのをあまりきかずに、古今は「本当に親切で良い方ですよね」と言った。
「そう、それでレーザーハープの話なんですけれど、図面は土佐の方々に手伝っていただいて直してはみたのですが、音色のこととなると、やはり組み立ててみないことにはわかりませんからね。これから忙しくなりそう――騒音でご迷惑をおかけしたらすみませんが、頑張りますね。春にはらいぶをしようと思うので……!」
君が自分の意思で忙しくなってるだけじゃないか、と僕が説教しようとしたところで、お小夜が襖をあけて、主が古今を呼んでいる、と言った。古今は目をきらきら輝かせて立ち上がった。
「主様が許可をくださるといいんですけど――わたくしちょっと二十一世紀初頭のアキバに買い出しに行こうと思っているんです、電子機器の」
夢見るちからが云々と歌いながら彼が足取りも軽く去って行ったのち、僕たちは暗い顔を見合わせた。
「――どう思う」
「……どうしようもないだろ、ああなったら、桜が咲くまでは続くよ」
彼の好みから言って、平沢進およびP-MODELにいつかドハマりすることは目に見えていた、と松井は指摘した。主はもともと音楽好きで、古今に様々なアーティストを安易に紹介している。楽器についても応援してしまうだろう。
「予測できる事態ではあったよ」僕は首を振って言った。「まさかこのタイミングでとは思っていなかったけれど――」
則宗は気の毒に、あれだけ構ってくるからにはたぶん古今は自分のことが好きでしょうがないのだろうとたかをくくっていたはずだ。それが急に全ての時間を電子楽器改造に注ぎはじめ、まともに部屋から出てもこなくなったわけである。地蔵が部屋に食事を運んで甘やかすから、食堂にも顔を出さない。
三日もすると一文字のご隠居はさすがに異変に気付いたらしく、古今は具合が悪いのか、とお小夜と僕を捕まえて訊いてきた。
「そういうわけではないと思うけど」お小夜は丁重に言った。「楽器を作ってるらしいよ」
「楽器」
彼は驚いたようで、僕にも今一度「古今は何をしてるんだ?」と訊いてきた。
「だから、楽器制作だよ。レーザーを弦の代わりに使う箏のようなものだとか――」
僕は「こないだまであなたにお熱だったのに、あなたがカラオケに丸一日付き合ってあげないから、こんな意味のわからないことになってしまったじゃないか!!」と言いそうになったが、お小夜の前での八つ当たりは憚られたし、何よりすでに一文字則宗が豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていたので言わなかった。
「まあ、なんというか、話が通じる状態ではないね。平沢進は知ってるかい?」
「誰だ?」
歌手だよ、と答えたところで襖が開いて、若干面やつれした古今が立っている。
「――いま、平沢進の話をしていらっしゃいましたね」
噂をすればなんとやらだ。
「古今!」
「すみません。歌仙、あなたって、はんだ付けに自信はおありですか?」
そんなのは文系のやることじゃないよ、と僕は即答した。そう仰ると思いましたよ、と古今は深いため息をついた。
「基盤を改造していたんですけど、昨晩からどうやってもうまくいかないところがあって……」
そうかい、と相槌をうつや古今は図面を広げ、どこが駄目そうなのかについてとつとつと説明を始めた。僕とお小夜がきいたとて――。よくわからないが彼は本当に眠れないほど困っているらしく、「歎きつつ一人寝る夜の明くる間は」などと言いながら、内番着の袖のひもで目元を抑えだした。むろん平安式にそういう素振りをしているだけであってまったく泣いてはいないのだが、楽器づくり自体は本気らしい。平沢進マニアというより、急に電子工作に狂いだしたといったほうがもはや、いいのでは――。
驚くべきことに、ここで突如一文字則宗が古今に歩み寄った。そして、「そりゃ困ったな」と古今の手を取って慰め出したのだ。
「――怪我はしてないかい?」
多分、古今は話しかけられるまではそもそも則宗を視認していなかったのだと思う。かなり驚いたように眉を寄せて、お久しぶりですと会釈をした。則宗はそれをどう受け取ったのか、若干気まずそうに、少しなら手伝えるかもしれない、と言った。
「図面を見てもいいかい。僕にわかるかは知れないが――」
「まあ、ご親切に……!」
古今はそう言うや一文字の御隠居の手をしっかり握り返して、輝く目で彼を見つめた。――古今はあれをわりと誰にでもやるのだが、それで一文字則宗はすこし赤くなったので、無粋なことは何も言うまい。
色々と前途が多難そうだが、とにかく、レーザーハープの無事の完成を僕は祈ろうと思う。
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