花びら餅
「ロビー、まだようけ人おるなあ。今日の高座はうちの師匠でもう終わってしもたんやろ。あんだけの暇な人間、どっから集めて来たんや?」
「尊建兄さん、あけましておめでとうございます。」と若草色の和装の若狭が頭を下げた。
今日は頭もちゃんとしとるがな。
「お~、若狭、あけましておめでとう。今年もよろしゅうな。……って柳眉、お前もここにおったんかい。」
事務所の接客用のソファに我が物顔で座っている。
ここにも小さいテレビがあって、高座にブルーシート敷いて、草々と草若が目隠しさせられて、アホみたいにどでかい福笑いをさせられてる手元が見れるっちゅう寸法や。
「わたしはあんさんと違って正月から稽古サボって来てる訳と違いますよ。師匠方に正月の挨拶周りしてから来ましたんや。」
「稽古稽古とうるさい弟子から逃げて結局ここで油売ってるくせに、何を偉そうに。」
「稽古は今日でなくても出来ますがな。そもそも、尊徳師匠の落語聞きに来ただけの話で、うちの一門の今日の稽古はそれで仕舞いです。さあ帰ろかなてとこに、草々が何や、おもしろいイベントに参加するて聞きましたら、見に来たくなりますやろ。」
私が引き留めてしもたんです、と若狭が恐縮した顔になった。
「今、若狭と一緒に花びら餅食べてましたんや。あんさんもどうです? たまの抹茶も美味しいもんですよ。」
何が花びら餅や、年がら年中鼻毛びらびらしたよな顔しよって、と思たけど、今日はまあ松の内や。勘弁したろ。
「若狭お前、まさか今年は茶の湯やるていうのやないやろな。お前は創作せえ、創作……。」
「創作なら、こないだ草若がチャンバラするパン屋の話、してたやないですか。」
「……草若のパン屋?」
なんやそれ、ちょっとおもろそうやんか。
「よその師匠に習いに行くのが嫌やから言うて、妹弟子に新しい噺作らせるていうのも大概おかしな話ですけど、まあここの一門は師匠がそない言い残しましたからな……。」
「いや、オレそれは聞いてへんぞ。」と言うと柳眉が眉を上げた。
「そろそろあんさんも草若との仲たがいは水に流して、適当に付き合うたらええやないですか。わたしらの世代で落語家続けて残ってる人間も、年々減っていきますで。」
はあ~、これだから古典やってるヤツは。
だいたい、なんで俺があのドアホと仲良うせなあかんねん。だいたい、どないに若狭のネタが面白うても、草若の味付けではどうせ台無しや。
「おい柳眉、」
「なんですか。」と言って緑の抹茶を啜っている。
「正月から何景気の悪い話してるねん、新しい年になったとこやぞ、新しい弟子やら、高座に通う新しい人間が増えるような話したらんかい。」とそこまで言うたところで、テレビの画面からはどっと客が笑う声が聞こえて来た。
「そやから、草々がこないして頑張ってるんやないですか。はいはい、話はええから、見ましょ見ましょ。」
あ、草若のヤツ、こけよった。
ていうか、なんやどっかから重っ苦しいため息が聞こえてきたで。
なんやあのロビーにいた腕組み集団、アレ皆草若のファンか?
若いのも年増も女ばっかりでぎょうさんおったから、四草のファンでも来たんかと思ってたけど、そういえばあいつ、クリスマスやら二月、三月のイベントで荒稼ぎしてるから、今日みたいな正月のイベントは基本免除されてるて言うてたな。
「まあまあ、尊建兄さんも花びら餅いかがですか? うちの子らが作ってくれたんです。」と言って若狭が立てたばかりの抹茶を持って来た。
あ~、客席からどえらい笑い声が上がったと思ったら、草々のヤツ、鼻と眉毛の位置が逆になっとるで。
こんなもんでも、人がしてんの見たら、おもろいもんやなあ。
「悪いな。お前もこれ見たいやろうに。」
「私はそういうの怖ぁて見れんのです。自分が失敗するのと同じくらい、人が失敗するとこ見るのが嫌で……。」
「まんじゅうこわいですなあ。」
「おい柳眉、お前、人の考えたこと先に言うのやめえ……。」
それにしても、若狭と草々のとこの子、あれ名前なんて言うたかな、ほれあの、両方にぽっちり付いたゴムで髪の毛結んでた……。
弟子はともかく、親から親戚のあのおっちゃんから、みんなしてオチ子、オチ子て言うから、こっちは本名忘れてまうで。
黒文字持って餅食べてみたら美味いかどうかは分からんけど食べれる出来になっとるわ。
「お、店に出しても恥ずかしいない出来やないか、この菓子。これやったら金取れるんと違うか。」
「ありがとうございます。」
オチコやのうて、ほんまは草々とこの弟子の作ったもんとちゃうか?
あ、子どもやのうて「子ら」て言うてたか。まあ草々の作ったもんやないならなんでもええわ。
「そない言うたら、お前のとこの子、今いくつや。」
「そろそろ十になるとこです。」
「時の経つのはほんまに早いことですなあ。日暮亭が出来た頃にはあんさんの腹の中におったあの子が、そろそろ中学校とは。」
「外でどれだけ時が流れてても、ここだけ時が止まってるやないか、なんやこの、新春恒例日暮亭☆福笑い大会て。昭和かいな……ただの。初高座とかにしたらええやないか。」
「それが、こういうイベントやと、ベーシックで分かりやすいタイトルの方が、なんやチケットもよう売れるというか。……台所が厳しいもので。」と若狭。
「正月三日の出演料、ご祝儀の手当出さなあきまへんわなあ。」
そういえば、うちの師匠も、太い包み懐に仕舞って、笑って出て行ったわ。
「兄弟子やったら、手当てが値切れるて言うわけやな。」
「その通りです。」と若狭がしゅんとなっている。
そらまあ、オレらが若い頃は、それを狙うてる師匠方も多かったわな。手当が出たら、弟子連れるか、師匠方で肩組んで、新地でパッと使うてまう。
太く短く、蕎麦よりうどんが好きな大阪や、と思ってたら、袖からなんか引っ張られて来たで。
四草、お前、うちでみかん食べてるのとちゃうんか。
またロビーからひと際デカい声が聞こえて来た。
まあ、正月早々、景気がよろしいことで。
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