弁当


「なんやあの一角……妙に異様やな?」
「磯七さん、しばらくこっち来てへんかったもんね。」
「まあ雪は降ってへんけどなあ、日暮亭行ったらここの弁当とおにぎり売ってるし、落語見ながら食べられるならあっちで済ませてしまうていうか……。」
ちゃんとした弁当も売ってるけど、寝床のゆかりおにぎり包み、卵焼きと唐揚げ付いてワンコインなら、ここでお昼食べるより安いからなあ。
「まいどおおきに。」と言って咲ちゃんが追加であったかいお茶を持って来た。
四草くんみたいにきつねうどん食べに来る人はいてるけど、ここもだんだんお昼の定食食べるサラリーマン人口がちょっとずつ少なくなってきてるし、咲ちゃんも、ほんまになんでも考えるわ。
まあ、ここが喜代美ちゃんの頃から草若師匠に迷惑掛けられどおしだったからこそ、っていうのもあると思うけどな。普通は演芸場でのお弁当販売なんて、なんや手数料とか場所代とかがっぽり払わされることあるて聞くけど、ここは逆に、販売のためのアルバイトも雇わずにあっちのお弟子さんで賄うてくれて、その上、逆にお弁当作る時給まで払ってもろてるて聞いてるし。
それもあの頃のツケ三昧だった日々があってこその恩返していうか。
春秋は特選弁当。夏と冬はおにぎりで冬は味噌汁付き、その冬だけはロビーに食べるとこまで作ってもろて、暖房利かせての至れり尽くせり。
「――その上、磯七さん、草々くんのとこのお弟子さんも預かってるもんねえ。忙しいわ。」とお咲ちゃん。
「いや、オレこそほんま助かってるで。専門出た後暫くちゃんと働いてたせいか、流行りのカットもお手の物やしな。その上、草々の弟子やから根が真面目で、あっという間に朝昼は店任せられるようになって。」
いや、あんたついこないだまで、あれは正真正銘若狭の弟子やで、おっちょこちょいにもほどがあるとかなんとか、腐してたやん……。
まあ、しばらく付き合うて、やっと顔剃り髭剃りの技術が未熟でも今時の子にもええとこがある、てとこがちゃんと見えるようになってきたってことか。
「オレもこないして日暮亭に来やすうなったし、この辺も子どもが少なくなったけど、眉整えたり顔剃ったりの女の子のお客さんも増えてんのやで。」
「へえ~。そら若い子が店にいてたら若い子入りやすいわ。」
「それにしてもやで、磯七さん。若狭ちゃんから磯七さん今日もお元気でしたよ、て言われるばかりでもオレらが寂しいし、たまにはこっちにも来てくれたら嬉しいわ。」
熊はんも、奥からひょっこり顔を出して来た。
「そうやなあ。オレも熊はんの顔見たいし、店の内装がこないして変わってることもあるしな。」
「アレなあ……。」
わたしも気ぃが付いたら増えてたからな。
「何がどうなってああなったんや、」磯七さんはかつて寝床寄席をやってたステージ一杯に飾られてる祭壇のような場所を指さした。
「そらまあ……最初はアレ、四草くんの写真だけやったんやで。」
「四草か、あいつ、最近若い子になんや人気爆発してるらしいからなあ。隣の草々もそないか?」
「いや、草若さんが来て、オレの写真も寄贈したるわ、て言うから預かったったら、次の日に草原さんが、『モノクロの写真額縁に入れて持ってきたら、昼のただ券当たるて聞いたんやけど、』て妙なこと言うて言うてやってきてな。そのうち草々くんも、『草若の写真あるならオレの写真も飾らしてください!』て小草々くん連れてやって来て、隣の小草々くんが、『これやったらおかみさんの写真も飾りたいですね。』て後でいそいそと若狭の写真抱えてやってきて……。いくらうちが最近客少ないからてやりたい放題やで。」
「まあ日暮亭にある三代目草若の写真もモノクロやからな。そこにあやかってんのやろ。……せやけど、あれは草若やから格好が付くのであって、」とそこまで言って磯七さんは口を噤んだ。
若狭ちゃんなんか、この頃になっても若い頃と顔つきあんまり違わへんからなあ……。
正直言うたら、モノクロやと余計、遺影かと思うお客さんもいてるんやないやろうか。
「思い切って、カラーの写真に替えてしもたらどないや?」
「おい咲、お前今度若狭ちゃんに聞いてみてくれ。」
「そうやね、あんた。」
日暮亭建設前に、寄付やと言うて愛用のギターを手放した熊はんは、このステージ使うこともなくなったとはいえ、というところやろう。こっちもまあ、夫婦してため息を吐かんばかりの顔になっている。
そんな二人を見て、それほど悩むことかいな、と磯七さんが笑ってる。
一昨年までの、この先店閉める閉めないていう悩みでは愚痴が多かった磯七さんには困ったような顔してたけど、人生の浮き沈みは七度て言うからなあ。
店閉めるか迷うとる、て言うてた時より、ずっと明るい顔してるわ。
私はどないしようかな。
流石に仏壇屋となると、誰も手伝うてくれへんし……今でも、仁志が来てた頃みたいにして、町の休憩所にはなってるけどな。
まあ、酒はほどほどにして、明日になったらまた、みかんとあのゼリーの補充しとこ。
午後になったら若狭ちゃんとこのオチコちゃんが来てくれるかも分からへんし、な。

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