指先だけクリスマス
「なあ、あそこ」
連れ合いに肘を引かれて、斎藤弥九郎は足を止めた。指さす先を追って、おや、と軽く目を見開く。ごった返す人込みの中に、見知った横顔を認めたのだ。
「声かけるか?」
「野暮だろ」
「だよなあ」
江川英龍が珍しくにやりとした。知人が見上げているのはライトアップされた大きなクリスマスツリーだ。しかも彼らは二人連れで、コートやブルゾンに包んだ肩を寄せ合っているのだった。
踵を返そうとした時、視線を感じたのか、ふっと知人が弥九郎たちの方を振り向いた。華やかなるイルミネーションの下、目が合ってしまう。
「あ」
「よう」
高野長英がすまし顔で手を挙げた。江川と無言で目を見合わせている間に、長英は隣の人物の頬をつついて振り向かせた。弥九郎たちを見つけた渡辺崋山が照れくさそうに微笑む。
ツリーを眺めていた時よりも少し離れて、長英たちが歩いてくる。弥九郎は荷物を持った手で頬を掻いた。
「メリークリスマス」
「信心深くて結構」
「今夜は冷えますね」
「そうは見えませんけど?」
からかい含みに応酬して、四人は笑い合った。
「江川さんたちもツリー見に来たんスか?」
「そうとも言うかな。メインの用事は予約してたチキンの受け取り」
「あと鍋の買い出し」
江川は抱えている紙袋を示し、弥九郎は満載の買い物袋を掲げた。
「この後うち来ますか? 買いすぎちゃって、二人じゃちょっと多いんですよ」
冷やかしたつもりの弥九郎の言葉を受けて、長英が肩をすくめた。
「いやいやとんでもない……邪魔しちゃ悪いし」
「そうそう、お二人で楽しんでください」
崋山がくすくす笑いを噛み殺した。それじゃ、と手を振って二人が背を向けた。佇む弥九郎たちの白い息が喧噪に溶けていく。
遠ざかっていく長英と崋山が、絡めるように手を繋ぐのが見えた。思わず弥九郎たちはお互いの塞がっている両手を見つめた。
「私ら、ああいうのしたことないよな……」
「ないなあ……」
テンションも恰好も普段通りだ。その普段も、クリスマスを共に過ごす間柄になる前と何ら変わらない。
「こんなんでもやっぱり浮かれてるように見えるのか?」
「さあ?」
首を傾げてから歩き出す。両手にぶら下げた買い物袋の中身がガサガサと鳴った。
「でも鍋の材料買いすぎたってのは本心」
「同感だ。酒もしこたま買い込んだし」
「今朝ケーキも届いたし」
「どう考えても二人で食べる量じゃないんだよな」
もしかしてこれを浮かれていると言うのだろうか、と思いつつ黙っておいた。江川も同じことを考えている気がする。
「まあ、こんなもんだろ」
夜空を仰ぎながら、江川がぼそりと呟いた。食べ物の量の話ではない。世間一般の浮かれ具合の話でもなさそうだ。
「そうだな、来年もこんなもんだろうな」
自分たちには、このぐらいの距離感がちょうどいいのだ。
「しかし冷えるな。チキンがカイロ代わりになるとはいえ」
「私はカイロ無しだ。早く帰ろうか」
歩調を早めようとした弥九郎の目の前に、すいと厚い手のひらが差し出される。
「寒いんなら、片手、空けたぞ」
そっぽを向いたままで江川が言う。荷物は小脇に抱え直されていた。
「何の冗談だ」
「嫌ならいい」
「言ってないだろう、そんなこと」
ポケットに消えかけた手を掴んだ。照れ隠しが咄嗟に口を突いてしまったことを反省しつつ、それでも甘い言葉はなかなか吐けない。
「たまにはこういうのも悪くないかもな」
「たまにはな」
重くなった片手の荷物を揺らしながら、聖夜を歩く。街灯が時折スポットライトのように連れの横顔を照らし出す。相変わらず顔の前で白い息がけぶっている。
家までの道のりがもう少しだけ長くてもいい、と思った。
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