前編

 プルプルプルプルプル。
 二週間ぶりに耳に馴染んだ音が聞こえて、握っていたダンベルを床に置きその前へと早足で歩み寄る。ゆっくりと呼吸を整え、受話器を取れば、ガチャ。と電伝虫が鳴いた。

「よう、トラ男」

 そう受話器越しに相手に呼び掛ければ、相手は穏やかに答える。

「元気そうだな、ゾロ屋」

 あぁ、生きてる。声を聞くたびにどこかそう安堵する自分がいる。海賊という稼業柄、お互いにいつ死んでもおかしくないことは重々承知しているが、それでもこうやって話すだけで、どこか心の中にあった蟠りが晴れるような、そんな気持ちになれる。
 話の内容はそんなに重要なものではない。やれルフィがこの間の島で大変な目にあっただの、やれベポがダイエットを始めようとしてるだの、そんなたわいのない話ばかりだ。
 そんな話を二時間ばかし、夜中にやることが習慣づいたのは、互いの航路が別ってからだ。
 
 




 俺とトラ男がいわゆる恋人同士という関係になったのは、ゾウに着いた頃だ。どこに惹かれたかなんて覚えちゃいない。だが気付いたらアイツに好ましさを抱いていた。それは仲間や友人に抱くタチのものではなく、肉欲を孕むものだと気付いた時には頭を抱えた。
 同じ船ですらない、ただの同盟相手。しかも船長相手にこんなことを思うなんてと、当初は墓場まで持っていこうと決意していた恋心なのだが、なぜだかトラ男も俺のことを憎からず思ってくれていたらしく、想いを告げられた時にはらしくもなく舞い上がってしまったものだ。
 その後思いがけずルフィと航路を別れ、トラ男の船に乗船して辿ったワノ国までの道のりで、俺たちは唇を、そして身体を重ね、互いの心を幾度となく確かめあった。必然的にトラ男の船長室に入り浸ることになり、身体を重ねたが故に距離感が近くなった俺たちの関係が、ハートのクルーにも、うちの仲間たちにも、なんなら侍たちにも知れてしまうのにはそう時間が掛からなかった。
 反対されるかと思っていた関係性は意外にも許容され、ハートのクルーには逆に盛大なお祝いまでされる始末になった時には二人して苦笑したものだ。
 とはいえ、ワノ国についてしまえば潜入するのでそうそう会うことはできなくなるし、カイドウを倒した後は完全に航路が別れる。せめてそれまでの間は、と長くない航海の期間に俺たちは想いを深めることに努め、仲間たちもそれに協力してくれた。
 てっきり、ワノ国を発つ時には終わりになるだろうと思っていた関係の継続を求めてきたのは、トラ男の方からだった。
 出立前夜。夜中に呼び出してきたトラ男は、二対の電伝虫を手に携えていた。

「どうしたんだ、それ」

 電伝虫を指差すと、あぁ、とそこに視線を落とすトラ男は、少しばかり緊張した面持ちをしていた。

「ワノ国に着く前に、購入しておいたんだ。俺は潜入していたから、世話はずっと船に残っていたクルーがしてくれていたが」

 トラ男の手にあるそれは、一つは鮮やかな若草色で、もう一つは黒と黄の斑ら。どことなく俺とトラ男の色合いだと、思ってしまった。
 トラ男は静かに斑ら模様の電伝虫を俺に差し出す。僅かに右目を瞠った俺の様子に気付いたのか、そいつは決意したように言葉を紡いだ。

「ゾロ屋が、俺との関係はここで終わりだと考えているのは知っている。俺もそうした方がいいとは分かっている。お互いに海賊という稼業で、いつ命を落とすかわかりゃしねぇ。ここでキッパリと関係を絶って、次会った時は敵同士だと割り切ったほうが互いのためになることも承知だ。それでも、それでもテメェを手放したくない。俺を忘れてほしくないし、一生特別視してほしい。ただの敵船のクルーと船長という関係に戻りたくない。あわよくば、全てが終わってもまだ互いに生きていれば、どこかの静かな島で、一生を共にし、同じ墓に入りたいとも考えている。こんな想いはクソ重いしただの独りよがりの我儘だということは理解してる、だが、それでも……」

 徐々に小さくなっていく声に、この男も葛藤した末に出した答えなのだということは痛いぐらいに分かった。理性と心のせめぎあいで、理性が正しいことが分かっているのに心を優先してしまうそんな愚かしさが、愛おしいと思った。
 俯き黙り込んだトラ男の震える手を、そっと握って電伝虫を受け取る。
 はっと顔を上げたトラ男の目が揺れる。そんな表情に、可愛い男だなぁとふと笑みが溢れた。

「電伝虫、あんま使ったことねぇんだけどよ、帰ったらロビンに世話の仕方教えてもらうわ」

 ニッと口角を上げると、電伝虫ごとトラ男の腕の中に閉じ込められる。あまりの力強さに、おいおいせっかくのもんが壊れんぞ! と胸を叩けば、僅かに拘束が緩む。何も持っていない方の腕をそっと男の背に回せば、肩に頭を預けたトラ男はぐぅ、と唸った。

「離れたくねぇ……、連れて帰りてぇ……」

 ぐりぐりと頭を押し付けてながらそんなことを小さく漏らした言葉に、バァカ、と笑いながら返し、背に回した手でぎゅうと男の服を握りしめた。
 
 




 そんな経緯で手に入れたそれは、基本的に展望室に置いてある。連絡は二週に一回の決まった時間なので、その時間に展望室に行けばいいだけの話だ。幸い展望室はほとんど俺だけが使う状態なので、それで困ることはない。
 世話の仕方ももう慣れたものだ。生き物なので食べ物が必要だったり日に当てたり水を浴びさせたりしなくちゃならねぇが、そこまで手間がかかるって程でもなかったので助かった。
 ロビンには、世話の仕方を教えてもらうのと引き換えにこれを貰った経緯を吐かされた。ポツポツと言葉を漏らしていけば深まっていく笑みを見ると気恥ずかしいったらありゃしなかったが、最後にはよかったわ、と嬉しそうに笑っていた。

「あなたたち、短い期間しか一緒に入れなかったけど、本当に幸せそうだったから。二人でいると柔らかくて暖かな雰囲気で、見ているこっちも微笑ましくなるぐらいに。だからあなたたちが、というよりもゾロが、関係を継続するという選択肢から選んでくれたのがとても嬉しいの。生きて共に過ごす未来を、ちゃんと視野に入れてくれて」

 ふふ、と穏やかな表情で笑ったロビンにしみじみとそう言われて恥ずかしさから顔を背けてしまったが何も言われなかった。
 当初、俺もアイツもそんなに話すタチではないのに、通話なんて時間が持つのだろうかと思っていた。だがいざ二週間ぶりに声を聞くと互いに話したいことが色々あって、ついつい長く話し込み気付けば朝を迎えるという大失態を起こした。俺は昼寝すれば問題ないがアイツは船長で日中も仕事がある。同じ船に乗っていた時はしょっちゅうアイツをベッドに沈めて寝かしつけていたというのに、俺が隈を濃くする原因になってどうすんだ、と受話器を置いた後頭を抱えた。
 以降は互いに時間を気にしてあまり長時間にならないように気をつけてはいる。だがアイツとの会話が心地いいのも確かで、互いに切るのを惜しんで長引かせてしまうこともたびたびある。分かっててもなんでか出来ねぇんだよなぁ、とロビンに話すと「それが恋ってものよ」と楽しそうに言われたのでそういうものなんだろう。
 勿論、海賊という稼業なので定期連絡ができない時はある。大抵は俺が取れないことが多いのだが、トラ男は文句ひとつ言わず、「また声が聞けてよかった」と言うだけだった。逆にトラ男の方はそんなことは滅多にない。普段の航海が潜水艦で、緻密に作戦を練り、不測の事態を避けることを徹底するアイツらしく、大きいトラブルが起きて連絡が取れなかったということはまるでない。
 寧ろ連絡が取れそうにない時は事前に「次の定期連絡は難しいから一週間延ばすぞ」と通告してくるぐらいだ。その時は大きいことやるんだろうなぁと思っていたら案の定ニュース・クーが運んできた新聞の一面にトラ男が載っていたりするので、アイツらしいなぁ、と新聞を読みながらそっとトラ男のことを思ったりする。
 






「…ろや、ゾロ屋?」

 うっかりそんなことを話中に思い出し黙り込んでしまった俺は、トラ男のそんな心配そうな呼び掛けに意識を引き戻した。

「あぁ、わりぃ。どうした?」
「ゾロ屋、眠いならもう今日はやめにしておこう」

 俺を案じていることが伝わる提案だが、別に眠いわけじゃないし、まだまだトラ男と話したいことは沢山ある。気持ちは嬉しいと受け取ってしっかり断ることにした。

「大丈夫だ、眠いわけじゃない」
「ならどうした。俺と話してるってのに考え事か?」

 揶揄うような物言いだが、考え事には違いない。素直に「トラ男のこと考えてた」と口に出せば、受話器越しにゴン、という物音と、悶絶するような声が聞こえた。

「トラ男? どうした?」

 まさか海軍や他船の襲撃か? とも頭を過るが、それにしては静かだ。眉を顰めていると、軽く咳払いしたトラ男が若干の嬉しさを滲ませながら言葉を口にする。

「いや、ゾロ屋が俺のことを考えてくれていたのは嬉しいんだが、今は頭の中の俺ではなくこちらの俺に集中してくれるとより嬉しい」

 なるほど、確かに受話器越しにトラ男がいるってのに記憶の中のトラ男のことを考えるのはこいつに失礼か。せっかく忙しい中捻出してくれている時間なのだから、トラ男の言い分は一理どころか百理あるな。俺もトラ男が話しながら別のこと考えてやがったらムッとしちまうだろうし。

「そうだな、今のトラ男の時間独り占め出来てるんだし他のこと考えてるなんて勿体ねぇよな、悪かった」

 素直に謝ればぐぅ、とトラ男の唸る声が聞こえる。体調でも悪いのだろうか。

「大丈夫か? 体調悪いんじゃねぇの?」
「い、いや問題ない。ゾロ屋のデレに俺が耐えられなかっただけだ、気にするな」
「お、おう?」

 トラ男の言っていることがあまり理解できなかったがまぁいつものことだ。トラ男はちょくちょく俺にはよくわかんねぇことを言うが、元々頭のいい奴だし、聞いてみても「気にしなくていいそのままのお前でいろ」と早口で言われてしまうため、その言葉通りよくわかんねぇこと言っても殆どそのまま流している。普段は俺にもわかるように難しいこともちゃんと言葉を砕いて説明してくれるし、トラ男がそう言うなら大したことではないんだろうと割り切っている。
 トラ男は長いため息を吐き出すと、絞り出すように小さな声をこぼす。

「会いてぇ……、ゾロ屋……」

 心底そう思っているのだろうと言うことが感じ取れるぐらいに、愛しさが込められたその声と言葉を聞いてバクバクと心臓が高鳴る。
 もう何ヶ月もトラ男に会っていない。同じ目的地に向かって進んでいるが、いかんせんこの海はあまりにも広い。偶然の再会なんて本当に稀だ。だからこそ会いたいと思ったならちゃんと落ち合えるように航海士同士が話をしなくてはならないのだが、ポーラータングに乗ってた奴らとルフィ以外には関係を打ち明けていない手前、どうにも「トラ男に会いたいから航路を合わせてほしい」とナミに言い辛い。ルフィはきっと快諾してくれるだろうが、一戦闘員の我儘に他の奴らを付き合わせる訳にはいかずに会えない時間が長くなってしまった。
 ただ、会いたいのは俺も一緒だ。

「俺も、会いたい」

 会ってトラ男の顔が見たい。声の調子だけではわからないことだって沢山ある。元気か、ちゃんと寝てるか、怪我してねぇか、飯は食ってるか、会って確認がしたい。
 勿論顔を見るだけでは足りない、触れて、抱きしめて、話して、愛し合って。やりたいことは沢山あるのだ。この会えていない期間に、どんどんその思いは大きくなっている。

「……近いうちにナミ屋に連絡取るか。用件は適当にでっち上げるから航路合わせられるようにする」
「いや、それだとお前んとこのクルーに申し訳ねぇし」
「いいんだ、俺が会いたい。それじゃダメか?」

 甘えるように尋ねるその声色に、ぐっと言葉が詰まる。そんな声出されちゃダメだなんて言えるわけがねぇ。トラ男は自分の顔と声の良さを十分にわかっているし、俺はそれに弱い。

「……わかった、待ってる」
「楽しみにしてろ、三日は船に帰さねぇからな」

 唸るように応えた俺に対し、クツクツと喉を鳴らして笑ったトラ男は随分楽しそうだった。
 




 
 そんな会話をして三週間が経とうとしている。トラ男が言っていた様な連絡はサニーの電伝虫にはいまだに届いていない。二週に一回の定期連絡すら来ていない。毎夜連絡が来るのを待つが、まるで鳴る素振りすら見せない電伝虫は、今日も静かに目を閉じたままだ。
 俺に飽きた、ならまだいい。
 急に連絡取らなくなったのは癪だが、元々敵船同士だ。そもそも関係が続いてる方がおかしいものなので致し方がないと割り切れる。元はといえば俺から関係を断とうとしたぐらいなのだし、アイツへの思いは全て腹の中に呑み込んで、ゆっくりじっくり折り合いつけて墓場まで抱えていけばいい。
 そうではなく、連絡が取れないほどの危機に瀕している、という状況だったら。
 どんなに普段から気をつけていても、否応なしにトラブルに巻き込まれることだってある。今の所ロビンが見ている新聞にはアイツの記事が出てないので、海軍に捕縛されたり、どこかの海賊団とぶつかって死んだりってことはないのだろう。だとすれば生死に関わるような出来事ではないのかもしれないが、それでも定期連絡やサニーへの連絡すら出来ないほどに切羽詰まった状態なのかもしれない。
 俺の手の届くところに居りゃ助太刀してやれんのに、生憎どこの海域にいるのかすら全くわからない。もどかしいとも思うがこれが俺らの選んだ道だ。それでも。
 普段は俺からは持ち上げない受話器を、そっと手に取る。
 プルプル、と独特の音が流れながら、頼むから出てくれと願い続けるが、思いは虚しくどれだけ時間が経っても電伝虫の顔が変わることはなかった。
 俺は、普段展望室に置きっぱなしにしている電伝虫をそっと腹巻きにしまった。ナミやコックに見つかればどうしたと問い詰められることは想像に容易いが、それでもアイツから何か連絡が来た時にすぐに取れるようにしたかった。何事もなければいい。すまなかったな、大丈夫だという声が聞ければ一番だ。早くその声を聞かせてくれと切に願いながら、展望室を後にした。
 
 




 甲板で昼寝してても、飯を食っててもどうにも落ち着かない。腹巻きの電伝虫がいつ鳴るかと考えてしまい、気が散るばかりだ。
 どうやらその様子が伝わっているのか、チョッパーとウソップに機嫌悪いのか? 調子が悪いのか? と問われるぐらいには態度に出ていたらしい。俺もまだまだ精神的に未熟だなと首を掻きながら、大丈夫だと言葉を返した。
 鍛錬でもして精神統一するかとも考えたが、こんな状態で集中できるとは思えない。中途半端な状態でやる鍛錬なんて身にならねぇし、怪我に繋がる原因にもなる。戦闘で傷を負うならまだしも、日常生活で怪我するなんて気のたるみでしかない。
 釣りでもするかぁ、と芝生の上から腰を上げると、みかんの木の近くで寛いでいたロビンに声を掛けられ、手招きされる。

「なんだ?」
「ねぇゾロ、トラ男くんと何かあった?」

 単刀直入、ざっくりと本題に切り込まれて思わずぐぅ、と喉がなった。尋ねてはいるがほぼ確信に近い問いだ。ロビンの観察眼は侮れねぇし、ロビンに黙り通せた記憶もねぇ。僅かな抵抗として目を逸らして黙り込んでみるが、微笑みを維持したまま続けて口を開くことがない女は、おそらく俺が何も言わない限りずっとこうしているのだろう。観念してため息とともに悩みを打ち明けた。

「トラ男から、連絡がない」
「あら、定期連絡ってことよね?」

 目を丸くしたロビンに頷き一つで返す。顎に手を当て考え込んだロビンは、難しい顔をしている。

「新聞にはトラ男くんのことは何も載っていなかったし、大きな事件に巻き込まれたって感じではないわね? ゾロから連絡は取ってみた?」
「俺からかけてみたけど出やしねぇ。もうすぐ予定していた定期連絡から一週間が経つ。こんなことは初めてだ」
「そう……。ゾロはトラ男くんが心配なのね」

 心配。そう言われて思わず唸ってしまった。他船の、しかも敵船の船長だ。アイツは十分強いし、クルーも手強い奴らばかり。心配するなんておかしいとは思っている。それでも、心配なんだろう。連絡がねぇってだけでこんなにモヤモヤして不安になるのは、心配しているからに他ならない。あえてその感情から目を背けていたというのに、ロビンによって目の前に突きつけられてしまい否定が出来なくなった。
 口を開くことがない俺に、ロビンは穏やかに笑いかけて頭を撫でてくる。いつもならやめろと振り払うのにそれが出来ないのは、俺の心の弱さゆえだろうか。

「簡単に大丈夫、なんて言えないけれど。それでも彼は強い人だから、あなたのことをとても大切に思っているから、きっと落ち着いたら連絡をくれるわ。だから、待っていてあげましょう?」

 落ち着いたロビンの声に、浮き足立つ心が宥められる。静かにひとつ、頷いたところで、クソコックからおやつの時間だから集合との号令がかかった。
 今日のデザート、と出されたスイーツは俺用に味の調整がされた甘くないものだ。個々人の味覚に合わせて作られるそれは手間がかかるだろうに、コックが手を抜くことはない。
 プロ意識ってやつか、とルフィに横取りされないよう気をつけて口に運んでいると、プルプルプル、と聞き慣れた音が聞こえてきた。

「あら? うちのは鳴ってないわよねぇ?」

 ナミがサニー号に備え付けてある電伝虫を取ろうとするが、目を瞑っているそれに首を傾げる。
 そりゃそうだ、と音の発生源である腹巻きに手を突っ込み、電伝虫を取り出せばロビンとルフィ以外のクルーが目を丸くした。

「ゾロ、あんた個人で持ってんの⁉︎」
「もしもし、俺だ」

 ナミの問いかけには答えず受話器をあげ応えると、電伝虫は隈のひどい男の顔ではなく、右腕のシロクマの顔になる。

「もしもしロロノア⁉︎ よかった繋がった‼︎」
「ベポか、どうした? トラ男はいねぇのか?」
「そのキャプテンのことでロロノアに助けて欲しいんだ! 航路合わせられないかな?」

 助けてほしい、と言われて思わず眉間に皺がよる。サニーにかけてくるのではなくトラ男と俺の直通回線を使ってくるあたり、ベポもあまり余裕がない状態なのかもしれない。
 シロクマを模した電伝虫は今にも泣きそうな顔をしていて、彼らの敬愛するキャプテンの状況はよほど悪いのだろうということが窺い知れた。

「今どの辺だ」
「今俺らはネムリ島ってとこ!」
「ナミ、ここからその島までどれぐらいかかる」
「えぇ? えーっと、一応次に寄る予定の島の隣かしら? そうね、三日ってところかしら」

 俺の問いに戸惑いながらも海図を確認して答えたナミに、そうかと軽く返し、ベポに話しかける。

「ベポ、聞こえたな? 三日で着く、それで大丈夫か?」
「多分! でもなるべく急いでほしい! キャプテンどんどん衰弱していってて……」

 その言葉に思わず眉を顰めた。医者であるトラ男と、その医者に鍛えられた医療にも精通しているクルーたちだ。普通なら衰弱するような事態には陥らないし、そんな状況にならないように立ち回るはずだ。それにベポの口ぶりから見て、衰弱するほどの状態になっているのはどうやらトラ男だけのようだ。マジで何があったんだよ、とざわめき立つ精神を鎮めるようにひとつ深呼吸をして言葉を紡ぐ。

「わかった、急ぐ。俺が着くまでなんとしてでも持たせろ」
「ありがとう! 近くにきたらまたこれで電話して! 浮上するから!」

 ガチャン、と切れたのを確認してすぐにルフィの方へ向いた。ルフィはじっとこちらを見つめていて、俺が自分から口を開くのを待っている。

「ルフィ、悪いがいいか?」
「おう! なんかわかんねぇけどトラ男のピンチなんだろ? 助けてやろうぜ!」
「すまん、恩に着る」

 ニッ、と笑うルフィに感謝を伝える。出来るだけやりたくなかった自分の我儘で船の針路を変えるという申し出を、二つ返事で受けてくれたルフィには頭が下がる思いだ。
 さて、これからひとつ大仕事がある。ルフィの方向に向けていた体を、航海士の方向へと向ける。船長であるルフィが許可を出しても。実質この船の行き先を定めているのはナミだ。ナミの協力がなければ俺はトラ男のところにまで行くことは出来ないだろう。ナミを見れば怪訝そうな顔で腕を組んでいた。隣にいたグル眉も同じような顔をしている。

「ナミ、頼みがある」
「その前に、ちゃんと説明してちょうだい。なんであんたが個人的に電伝虫を持っているのか、なんでトラ男くんのピンチにあんたが呼び出されるのか」

 むっつりとした表情を隠すことのないナミの言い分はもっともだ。面倒だからと説明をしてこなかったのがツケが回ってきてしまった。

「電伝虫はトラ男からもらったもんだ。俺が呼び出される理由はよくわからねェが、好いた男の危機というなら駆けつけてやりてぇ。頼む、航路を変えてほしい」

 静かに、ナミに頭を下げる。ナミの息をのむような様子が伝わってきたが、構わず頭を下げ続けた。ナミはしばらく黙り込んだあと、大きなため息を一つ吐き出して、ようやく声を出した。

「……わかった。ゾロがそこまでするんだもん。ジンベエ、舵をお願い! 最短距離でネムリ島まで進むわ!」

 ナミのその言葉で針路を変えるべく男衆が一斉に動き出す。いつの間にか詰めていた息を小さく吐き出し、ありがとうと伝えれば、頬を膨らませたナミが吠える。

「もう! あとで洗いざらい、馴れ初めからしーっかり吐いて貰うんだからね!」

 何をどこまで吐かされるのか、今後のことを考えて憂鬱な気分になりつつも、俺も船の針路を変えるべくウソップたちの作業に加わった。
 
 
  

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