ある夏の日/悪犬(2023.8.20)

お題:向日葵/氷菓/影

 自分のものより身長の短い影を踏んだ。強い日差しのせいでくっきりと地面に浮かび上がったそれは、夏らしさを感じさせる。
 冬弥の前を歩く彰人がぐっと伸びをして、影はすこし長くなった。風がやわらかく肌を撫ぜていって、汗を掻いたところが涼しい。歩幅を大きくして隣に並べば、その頬に雫が伝い落ちていくのがよく見えた。
「気持ちがいいな」
「そうだな」
「それに、とても綺麗だ」
 相棒からはただ、シンプルな首肯が返ってくる。目の前に広がる黄色い海は、みな揃って太陽へと顔を向けている。あたり一面の向日葵畑を見に行こう、と誘ったのは冬弥だった。彰人が一も二もなく頷いてくれたので、夏期休暇の間に訪れる運びとなった。周囲には同じように長期休みなのだろう、家族連れや学生たちが連れ立って歩いている。
「ま、ちょっと日差しがキツすぎるけどな」
「確かに。だが、これも夏らしくていいんじゃないか?」
「そうか? 涼しいに越したことないだろ」
 言いながら、彰人はぱたぱたとTシャツの胸元に空気を送り込んだ。見渡す限りの花畑ということは、身体を休める日陰もない。照り付ける直射日光を避けることはできず、じりじりと炙られているような心地になる。
「それもそうだな。あまり暑くては、熱中症になる危険もある」
「おー。なんか冷たい飲み物とか、欲しくなるな」
 さくさくと歩を進める彰人がしかめっつらをするから、その要望を叶えるべく周囲を見回す。そろそろ自宅から持ってきたミネラルウォーターも飲みきってしまいそうだし、自動販売機でもあればいいのだが。どうやら、進んできた道はちょうどこぢんまりとした広場に出ようとしていたところで、小さな売店が目に入った。
「彰人、いいものがあるぞ」
「いいもの?」
 立っているのぼりを指差せば、彰人はぱちんと瞬きをしてからにやりと笑った。
「かき氷か」
「ああ」
 甘いものに目がない相棒がすっかり上機嫌になる。建物には客のためのものだろう、大きめの軒が張り出していて、「氷」と書かれたカップを片手に涼んでいる人が何組かいる。こう暑ければ、氷菓はよく売れるのだろうなと考えながら、冬弥は彰人と共にレジの列の最後尾に並んだ。彰人があいまいな鼻歌を口ずさんでいるのが耳をくすぐる。
「彰人」
「なんだよ」
「楽しいな」
 彰人がふわりと微笑んで、よかったな、と告げてくれるのを聞くだけで、ふわふわと浮き足立つ心が抑えられなくなる。こう楽しいと歌いたくなる、思わず溢せば、相棒は帰ってからな、と囁いた。
 
 

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