Apple turnovers

身体が重い。
セックスの後、吸いつかれたり噛まれたりしたいくつもの跡がヒリヒリと痛み、熱を帯びているのが煩わしかった。普段はあるだけの気力をかき集めてとっととシャワーを浴びに行くところだが、妙な具合で今日は起き上がろうという気が全く起こらない。
仕方がねえな、と諦め半分でソファに身体を預けたままで天井に向けていた視線をそのままキッチンに移すと、譲介は、いつものコーヒーメーカーに電源を入れて、フィルターをセットするところだった。
サンクスギビングには七面鳥の準備も出来るほどに広い調理スペースには、あいつが昨晩テイクアウトしてきたアップルターンオーバーが皿に載っている。
喉が渇いた、と言う何気ない一言で、じゃあコーヒーを淹れますね、と立ち上がった男の、今にも鼻歌を歌い出しそうな上機嫌。システムキッチンに立つ男は、今宵の主役と言わんばかりの様子で皓々としたライトを浴びている。TETSUは、その姿をしげしげと見つめた。
律儀にも、セックスをする前にそこいらに脱ぎ捨てたジーンズを拾い上げて履いてしまっているが、上半身は身体を重ねた時のままで、白い背には赤い爪跡が見える。
さっき付けたばかりのその爪跡さえなければ、まるでコーヒーのコマーシャルにでもなりそうな光景で、有体に言えば現実味がない。
素っ裸で尻を搔きながら、二口コンロの小汚い台所に立つ男を眺めたことなら数限りなくある。
だからこそ、今見ているものが夢かまぼろしのような気がして来るのだ。
こちらの視線に気づいたのか、振り返った譲介が「今日はちょっと濃い目に入れていいですか。」と尋ねる。こっちの裸が目に入っても動じなくなって来た年下の男にニヤッと笑いながら「おめぇが飲みたい方にしたらいい。」と返事を返すと「じゃあ、好きにさせてもらいます。僕の分はアイスカフェオレにしたいので。」と言った。
同じので構わねぇよ、と言うと、「徹郎さん、そこのアップルパイを食べて、もう少し待っていてください。」と譲介はこちらに微笑み、プラスチックのビーカーに水を汲み始めた。
甘いものを買ってきました、一緒に食べましょう、とそう言って疲れた顔に浮かべた、昨日の譲介の笑顔を思い出す。
待たされてやるよ、という言葉を胸に仕舞い、TETSUはソファからゆっくりと立ち上がった。

powered by 小説執筆ツール「notes」

168 回読まれています