零れ落ちた輝き


 それは何ともない仕草のはずであった。
 潜水艦を浮上させるなり太陽を眩しそうに見上げ、それでも気持ちよさそうにしている横顔であるだとか、指示を飛ばす時に伸ばした人差し指であるとか。小難しい顔をして航海士のベポと海図を見つめている時に垂れた前髪であるとか、たまに手慰みに鬼哭から垂れている下緒を触って、思考の海に意識を沈めた時にしか見せないような、ぼんやりとした顔だとか。とにかくそんな、ある意味では日常的な表情や仕草だ。
 その存在に出会ってから暫くは何か気にするような事もなかったと言うのに、ポーラータング号に居候となってからは、そんな些細な行動に目を向けるようになってしまった。言い訳がましくも仕方ないだろうとゾロは誰に言うでもなくついボヤいてしまう。どうにも、気になってしまう原因があった。
 チカチカ、キラキラ。と、トラファルガー・ローの周りがやたらと眩しいのだ。
 水面に反射する太陽の煌めきとも、星屑の瞬きとも言えるような、目を惹く輝きが彼の周りに散らばっているのだ。眩しく目を細めてしまいたくなるというのに、あまりにも輝くものであるからどうにも気になってしまう。なぜ周りの仲間や、ローの仲間達は平気なのだろうか。首を傾げ不思議に思うほどに、眩しい。
 もしや自分だけの症状なのだろうかと思い至ったのは、ウソップが潜水艦から甲板へ出た時に目を擦っていたからだ。普段は海上を航海するサニー号とは違い、ポーラータング号は暗い海中を進行する。薄暗い船内から明るい外へ出る瞬間はなかなか目が慣れない、と、シャチだかに言っていたのを耳にした時だった。なるほど、と思ったのだ。この症状も、もしかしたら慣れぬ潜水艦生活のせいなのかもしれない、と。
 修行が足りない、これしきの事で不調になるなど、普段のゾロならばそう思い、意地でも自力でどうにかしようとしただろうが、今はワノ国へと向かう航海の最中である。もし万が一、無茶をしてより一層の悪化を誘発しようものならば、それこそ目も当てられぬ。故にゾロは、彼にしては殊勝な事に誰かの手を借りようとしたのだ。

「で、なんて?」
「目がおかしい。お前ら、つーかここにいるヤツらは皆医者なんだろ?ちと診てくれやしねぇか」

 誰に、と、決めていた訳では無い。たまたま通路を歩いていたのがペンギンという男であっただけだ。ローとも親しげであり、ミンク族の住まうゾウでも一言二言会話をした覚えがあったため、話しかけやすかっただけに他ならない。

「うーん、そりゃまぁ心得はあるけどさ、本当に気になるようならキャプテンの方が確実に正確な診断できるぞ?」
「そりゃ、あの能力がありゃ一発だろうがよ……」

 そのキャプテン、ローの周りで起きている現象なのだ。近くで検査してもらおうものならば目が潰れてしまうかもしれない。もう片目しかないのだから。
 だがなんとなく口に出すにはみっともない言葉のような気がした。見てもらう手前、ちゃんと症状を申告する義務があるのはチョッパーにも口酸っぱく言われている事ではあるのだが、ゾロは口篭り気まずそうにして首裏を撫でる。そんな様子をどう受け取ったのかは定かではないが、ペンギンは深くは追求せず、しかし不思議そうな顔をしつつも頷いた。

「ま、いいや。おいでよ、診てやる」

 こっちだと、ゾロはペンギンの案内で潜水艦内の一室へと連れて行かれた。
 海賊船にだって船医が居れば当然、医務室のような部屋はあるものだが、ポーラータング号の医務室はまさに医療に特化した海賊船ならではの設備が並んでいる。
 ぐるりと部屋を見渡したゾロはぽつりと、島の病院にも負けず劣らずだな、と呟いてペンギンを苦笑させた。

「なんつーか、お医者様、て感じの部屋だ」
「ま、海賊でもあり、医者でもあるもんで。ほらそこの椅子座って、ちょっと見るぞ?あ、この左目って開けられるか?」
「あー、無理だな」
「そう……処置はちゃんとしてるっぽいけど……片目だから、負担がかかってるのか……」

 丸い回転椅子に座ったゾロの顔にペンギンは顔を近付けて、ちょっと診るよと、ペンライトを片手にした。近付けば普段は帽子の下に隠れている男の眼差しがよく見えて、こんな面をしていたのかとぼんやりと思いつつ、指示された通りの方向へと黒目を向ける。次はこっち見てね、次はこっち、と左上から右上、そして下へと黒目を移動させ、ペンギンにその身を任せた。

「うーん、パッと見は異常なしか……もうちょっと詳しく見るけど、時間大丈夫か?」
「おれはな、お前は?」
「同盟相手の診察なら寧ろ仕事のうちってな、気にすんなよ」
「そうか、ありがとうな」

 今度はあまり見た事のない機械が引っ張り出されてきた。ここに顎を乗せて、この穴を覗くようにしてね。なんて言われつつ機械に取り付けられている顔を載せるような台の上に顎をのせた。なんという機械であるのかは最早さっぱりだが、ペンギンは慣れた様子で機械を挟んでゾロの目を検査し始める。
 そんなやり取りが一度二度と行われ、やはり大人しく誰かに体の不調を診てもらうのは慣れないなと、ペンギンの終了の言葉を合図に背伸びをしながらボヤいた。怪我ならばまだしも、目に見えぬ不調に関してはやはりどうも、診てもらうのは、戦闘とは違う緊張感に体が強ばってしまう。

「一応一通りみたけどさ」

 アルコールを染み込ませた脱脂綿で機械を拭きながらペンギンが呟く。

「特に異常は無いみたいだ。ロロノアは片目だからなぁ、力が集中してんだと思う。その為の眼精疲労ならいいんだけど……もう少し検査必要かもなぁ……どういう時にどんな症状が出るかもう一度詳しく聞いてもいいか?」
「あー……」

 言い難い事だ。だが時間を貰ってしっかりと検査までしてもらい、その結果が何も無い、ともなればペンギンも余計な心配を繰り返してしまうだろう。
 この潜水艦の設備も陸にある病院と遜色はないとはいえど、やはり十分とは言い難い。下手したら島へ寄って専門家へ、なんて事にもなりかねない。
 ここで症状を話し、この設備で事足りるようなことだと判断してもらったほうがお互いにとって良いだろうと、ゾロは観念し、口を開いた。

「一番症状が出るのは、トラ男を見ている時、だなぁ」
「………………へっ?おっと!」

 ズルッと、ペンギンが持っていたお高そうな器具が落ちそうになる。なんとか落とさずに済んだが、ペンギンは顔が青ざめているような気がした。

「きゃ、キャプテン……?」
「おう」
「く、詳しく……」

 詳しく、と言われたゾロは思い返しながらたどたどしくもその症状が現れる瞬間について語った。
 あの男を見ているとチカチカキラキラとして見える。やたらと視界に入る。チカチカキラキラするものだから視界の端にその存在が居るのだとすぐに気付いて目を向けてしまう。光って鬱陶しいのに、光るから気になって見てしまうのだと。そして、一度目を向けてしまうと、なかなか逸らす事が出来なくなってしまうのだ、と。

「今はまだいい、だがもし戦闘中にも同じような症状が現れちまったら気が散って仕方ねぇ。下手は打たねぇつもりではあるが、邪魔くせぇもんを放っておくつもりもねぇからな、なんとかしてぇ」
「ああ、そ、ぅ……」

 一体この症状ななんなのかと不愉快に表情を歪めるゾロは本気で悩んでいた。
 下手は打たないつもりであるのは本心からであり、事実、些末な事に集中力を欠くほど生半可な鍛錬をしているつもりも無い。余所事に気を取られて敗北など、本当に目も当てられぬ。
 ゾロ自身はプライドを持ってそう言えるが、不安材料であるのもまた確かだった。チカチカ、キラキラ。眩しい輝きは、目が離せなくなるその輝きは、ゾロにとって邪魔以外の何物でもなかったのだ。

「……なんで、だろうなぁ」

 なんぞ答えが返ってくるのではないかと期待をしながら短い沈黙に耐えていたが、ペンギンが口にしたのは結局は分からないという証明でしかなく、意図せず肩を落とす。

「わからねぇか」
「わからないなぁ、でも検査は続けようか。もしかしたら、なにか、わかるかもしれないし」
「……そう、だな」

 正直、今わからないのであれば、このまま検査を続けても分からないままであるだろうと思ったが、医者の言うことは大体当たるというのはチョッパーが既に証明している。不承不承ながらにも、ゾロは従うしかない。

「世話を掛ける」
「いいよいいよ、な?」

 ニコッと笑うペンギンの口元が僅かにひきつっていたのに、ゾロが気付くことは無かった。





 ペンギンは人知れず頭を抱えていた。今部屋を出て行ったゾロについてだ。

「まぁじかぁ」

 チカチカキラキラ。そんな事を言って、己のキャプテンが気になると言ったあの男、鬱陶しいと言うその口振りは本心からであるらしいが、その奥底の、本人すらも自覚していない感情にペンギンは気付いてしまったのだ。
 そりゃあれだよ、あれ。あれしかないって。
 しかしペンギンは明確な言葉も、曖昧な表現を使う事もなく、ただ、わからないとだけ答えた。
 キャプテンであるトラファルガー・ローは、昔馴染である事や敬愛するキャプテンであるという欲目を差し引いても良い男であると思っている。黄金比を叩き出しているバランスの取れた肉体に、シャープな顔の輪郭、少々目つきは悪く不健康そうな隈ですらアンニュイな印象を与えて、刺激的で危険な男の雰囲気を出している。酒場にでも行けば女はローへ熱い視線を向け、男ですら下品な眼差しをその肉体に注ぐのだ。今までもそのような光景は見てきており、そしてその度に異性同性問わず人を魅了するキャプテンを自慢に思い、心配もしていた。
 ゾロからは酒場にいる破落戸が向けるような下品な眼差しは感じ取れず、海賊稼業をしておきながら薄汚れた感情も持たずに、気恥ずかしくなるほどの純粋な感情の印象しか受けず、好感を持ってしまい、なんなら無自覚らしいその初心な姿には可愛らしいとすら思った。それでも、ペンギンはゾロの感情に気付きながらも指摘も何もしてやれなかった。
 憐れんでしまったのだ。
 無自覚に純粋でお綺麗な感情を持つゾロの事を、応援してもいいと思う反面、憐れに思ってしまったのだ。どんなにゾロがローの事を想おうとも、ローからゾロへ、何か似たような感情を向けていたらしい瞬間が無い事に、気付いてしまったから。
 酒場で、女に声を掛けられれば、気が向けば乗るし、そうでなければ適当にあしらうローは、男からの誘いは一切断り、なんなら嫌悪感すら表していた。性的対象は完全にストレートなのだ。そんなローに対してゾロが、自分の感情に気付いた時、きっと苦しむ。きっと諦める。もしそれでもと、声をかけようものならばこの先の航海に、それこそ、何かしらの支障をきたすかもしれない。上手くいく可能性はゼロであり、良からぬ未来ばかりが頭を過ぎる。
 可哀想な子。憐れな子。拾い救われることも無い感情を、まだ自覚して居ない事だけが幸いだ。その幸運をこの先も続ける為には自覚させないほうがいいだろう。
 だが、自覚させる事はペンギンには出来ないけれども、本人が何かをきっかけにして自覚してしまうかもしれない。その時やはり、悩み、苦悩してしまうだろう。ゾロは誰かに頼るのを苦手とする生き物であろう事は短い接触の中でも容易に想像ができてしまっており、ペンギンはそんな彼を少しだけ心配してしまった。
 だからこそ、無意味な検査の続行を申し出たのだ。
 もし気付いた時、ひとりで抱え込まなくてもいいように、相談しやすい人を作っておくために、その役目を自分が担う為に。可哀想という、傲慢な程の同情心がそうさせていた。

「仲を取り持つなんて事は出来ないけどさ、若人の心くらい守ってもいいっしょ」

 悪い人間だったら、ここまでしない。だがゾロは、外見こそ魔獣に等しい恐ろしいものであるが、人柄はそう悪くは無いと思っている。
 憐れみ、同情し、ペンギンはゾロの心にひっそりと寄り添う事を決めた。



 それからというもの、ペンギンは時折ゾロに声をかけては簡易的で、無意味な検査をしながらぽつりぽつりと会話をするように心がけた。症状についてはもちろんのこと、他愛もない雑談も混ぜて少しづつ、ゾロの心の内側へと触れては、やはりこの子はいい子であると何度も思い、そして憐れんでしまう。
 ゾロは症状については勿論の事、雑談の最中でも話題には必ず一度はローの事を話した。今日見かけたローはまた随分とお疲れのようであったぞとか、大変なんだなだとか。その度にペンギンは頷いて、そうなんだよね、なんて言葉を返した。よく見てくれていると思いながら、これでなんで無自覚なんだよとも呆れもする。その方がいいという考えは変わらないけれども、今まで抱いたことの無い感情であるからだろうけれども、あまりにも気づかなさすぎるのではないかと、純粋な彼には少々心配もしてしまった。
 心配と、きっと気づく事はこの先もないのだろうという安堵感。二つの思いを胸に抱きながらペンギンはゾロの言葉に耳を傾けて会話を重ねていくうちに、ゾロが徐々に自分へと心を開いていくのを感じていた。それは、それこそちょっとした変化だ。

「さっき酒貰ったんだよ、一緒に飲もうぜ」

 そう言って、誰から貰ったのか、在庫管理をしている自分でも見た事がないような高価な酒を手にしてやって来る時もあった。

「ペンギンの帽子、なんかガキに受けそうだな。トラ男の帽子もふわふわしてて、触り心地よさそうだし、あれもガキに受けそう」

 言いながら、勝手に帽子のてっぺんに縫い付けたマスコットを触ったりもしてくる。握りつぶさないでと言えば、ケタケタ笑いながら、多分な、なんて言っていた。

「さっきトラ男がよ、おれの話を聞いてきたんだが。あ、空島の話な。お前らは行ってねぇのか?」

 大変だったんだぜと、そりゃもう聞いているだけでこっちの命が儚くなりそうな冒険譚を話すこともあった。人に話を聞かせる経験が少ないのか随分と拙くて、たまに端折ってしまうものだから相槌の間にたまに質問を挟まなければ要領を得ないのに、聞いていて楽しいと感じてしまう。
 海賊狩り、魔獣。背筋が凍りそうな異名と、暴れざまの悪行は出会う前から新聞やら噂話で聞いていたのに、実際に会話をすればなんとも気安い男なのだろうか、口角を上げて意地悪そうな顔をして、酒が入ればケタケタと笑う。話す事を不得手にしているらしいのに、存外、会話のテンポ事態は悪くない。
 眩しい程に笑っては、話をして、きらりと瞳が輝くようにしてローの事を語るゾロに、ペンギンもまた自分の心の奥へ彼の存在を受け入れていた。
 それこそ、輝く光を手のひらにそっと乗せてしまうように。
 そうと自覚してしまうのに時間を要するほど、ペンギンは自分の心に疎いことは無かった。

「お前と話してると楽だな、ありがとうよ。お陰様で、最近じゃぁあの症状も気にならなくなってよ、トラ男とも普通に、てのはちょっと変か。でもまともに話せるし、見れるようになったんだぜ」

 良い奴だよな、お前。

 そう言って輝かしい笑みを浮かべるゾロに、しまったと思った時には遅すぎた。判断を間違ったと気付いた時にはもう抜け出せなくなってしまっていた。
 相変わらずチカチカキラキラとして見えるけど、気にならなくなったんだ、眩しいけれど、綺麗なもんだと思えるようになったのだと、語るゾロにペンギンは曖昧に頷いてよかったねとしか言えなくなっていた。申し訳なさが、あった。
 気にならなくなっているとしても、未だ見えるその症状。それを消す手段を、ペンギンは知っている。奥底に寝静まっている想いを、自覚させてあげる事だ、そして、その想いを実らせるか、または、儚くも枯れさせてしまう事だ。確率で言えば、枯れさせてしまう方が高いそれをわかっていながら、ペンギンは口に出せない申し訳なさがあった。しかしそれはゾロの心を守るためでは無い。若人の心くらい守っても、なんて傲慢な考え以上に身勝手な感情のせいだ。
 チカチカ、キラキラ。ゾロが語る度に、顔を自分に向ける度に、白い歯が覗く笑みを見せる度に、見えてしまう幻覚。邪魔くさくも、美しいなと思ってしまう煌めき。
 ゾロと全く同じ症状をペンギンはそのゾロに見てしまった。
 呆れてモノが言えない。頭を抱えたくなるが理由は違うものとなってしまった。なんでどうしてと自分の感情のくせに理解が出来ず、理解なんて出来ないものが感情なんだよと、心のどこかで既に受け入れてしまっている自分が囁く。自覚とともに生まれてしまった、自分勝手な自分だ。
 チカチカ、キラキラ。宝石にも負けず劣らずに、美しいその存在。久々にそんな輝きの中で人を見つめる。眩しいのに、ずっと見ていたくなってしまう。
 語る声が楽しそうなのが悪い。
 白い歯を見せて笑うのが悪い。
 警戒心を解いて酒を共にしようとするのが悪い。
 その癖、トラ男は、トラ男は、なんて、他の男について語るその口が、悪い。
 他へと目を向けるからこそ余計に、手に入れたくさせるのが、悪い。
 身勝手でどうしようもなく、真っさらで純粋な彼に向けるにはあまりにも薄汚れた感情を、抱いてしまった自分が一番悪い。そう、わかっていても願ってしまった。
 キャプテンじゃなくて、自分の事を、そう見てはくれないだろうか、と。
 彼の目には自分はキラキラとは見えないのだろうか、チカチカと眩しく、目が離せなくなってしまうとは思ってはくれないだろうか。
 そんな想いを胸に抱き、しかし表には出さないように気をつけて、その日もチカチカと眩い男がキラキラとローの事を語るその姿を見ていた時だった。
 薄暗い潜水艦の中で、よく気づいたと思う程に、薄い薄い青い色をした膜が広り、あっ、と思った時には、輝きが目の前から消えて、代わりにコロリと落ちたのは無機質なペンだった。

「……は、ははっ……」

 そのペンはどこの島にでもあるような、ただのペンだ。使い勝手がいいからと、自分の船長は見つけたら数本は買い込んでしまう量産品。つまりは急いで持っていく必要もなければ、ここに忘れ去られたって構いやしないような物。

「ずるいなぁ、キャプテン……」

 思えば、ゾロが飲もうと言って持ってくる酒は高価なものであった。在庫管理している自分でも知らないようなもので、個人が所有していただろうというのは考えなくてもわかる。
 あの人は誰かの話を聞きたがるような人でもなかった。わざわざ必要も無い雑談なんて、したがる人でもなかったのに、同盟相手でしかない彼の話を自分から聞こうとしていたらしい。
 それから、それと、と、思い返せば引っかかる話はゾロ自身から聞いていたのに、まばゆさに目を細めてしまっていたから見えていなかった。都合良い事しか見えていなかったのだと気付かされた。

「今更かよ……」

 いや、それは自分こそだ。今更、今更後悔ばかりが押し寄せる。
 気づかせてしまえばよかった。それは、身勝手な言い分。どう転ぶかも分からない、いや、最悪な想定しかしていなかったはずで、その最悪をなるべく最良に近づけたかったのは傲慢な親切心だった。
 その癖、いざ、自分の手の中にそっと乗せた輝きをコロリと落とした途端に、気づかせてしまえばよかったなどと、勝手な事を思ってしまう。それでも思わずにはいられなかった。
 気づかせてしまえば、自分だってきっと、こんな想いは抱かなかった。こんな思いもしなかったのに、と。そしてもし諦めてくれたらその時は、その時こそ。
 その時なんてのは、もう、やって来ない。

「あー、くそっ……最っ悪……」

 今ではもう、コロりと転がる冷たいペンを拾い上げ、あの男が笑顔で触れてきた帽子をぐしゃりと、握りしめる事しかできなかった。



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