お題:部屋でくつろぐ


「はあー! 生き返る……」
 電熱線を赤々とさせたヒーターに手ばかりか全身を近づけながら、穹は心の底から安堵したような声をあげた。幸いここは星穹列車のアーカイブ室で、出入り口の扉はしっかりと閉められているので余程大暴れしなければ見咎められることはない。何よりもまず、穹は早急に体を温める必要があった。何故ならば――
「まさかあそこで雪が落ちてくるとは思わなかったな丹恒!」
 ベロブルグ郊外で反物質レギオンの残党討伐の依頼をこなしていたところ、敵の放った攻撃が傍の木に当たり、攻撃自体は避けたものの木の枝に積もっていた雪が振動で崩れ直下の彼を襲ったのだ。雪の量こそ多くなかったため圧し潰されたり怪我には至らなかったが、なおも楽しそうに声をあげて笑っている本人は全身を雪で濡らしたままでいるので早急に衣服を脱ぐように促さねばならない。
「いつまでも冷えた衣服を着ているのは良くない。タオルを持ってきたから早く拭くんだ」
「はーい」
 元々サーバの排熱であたたかい部屋ではあるが常時雪に覆われているベロブルグから戻った今は追加でヒーターを入れてちょうど良いくらいだ。湿った衣服は脱ぎにくいようで少々力任せに靴、靴下、グローブ、上着、ズボン、と順番に脱いでは投げ脱いでは投げとヒーターの周りへ放り投げていく。それらは後で片付けるとして、白いインナーを脱いでパンツと黒色のタンクトップだけになった穹に大判のタオルを被せてやると、彼はそのまま頭を差し出してきた。
「まったく、仕方のない」
「へへ」
 その意図を察し、短く息を吐きながら離しかけていた手をもう一度彼の頭へと乗せる。そのまま髪をかき混ぜるようにされるがままの頭を拭いてやればタオルの隙間から満足そうな声とにやけた顔が覗くので、やれやれと心の中で許してしまう。
「着替えたら熱い茶を……」
 さすがに体は本人に任せて茶器を用意していると、背後でバサバサと音がするので振り返れば何故か布団が丸くなっている。状況が呑み込めず一瞬固まると、山になった掛け布団の合間から腕が伸び上がりこちらを手招きした。
「まったく」
 本日二度目の溜息。茶器を盆に戻し、手招かれるまま近寄るとそのまま腕を引かれて布団の中へと引きずり込まれて布団の上に腰を下ろした。
「あ、丹恒も結構濡れてるから上着脱いだ方がいいぞ」
「……そうだな」
 脱ぐ暇すら与えなかった張本人に言われるのもどうかと思うし、己の布団であるはずなのにまるで彼の布団であるかのように振る舞う穹に今更何を言ったところで無駄だろう。今度は俺がされるままになる番だと諦める。
「一緒にあったまった方が絶対あったかいし早いだろ」
 穹は俺の靴と上着を脱がせると、掛け布団を肩まで引き上げながら満足そうに背を預けてくる。常であれば体温の高い彼の肌もさすがにまだ冷えているが、くっついているとなるほど確かにあたたかかった。他人とこれほどまでに密着して接触することなど過去の自分からは予想もつかないだろうが、手放しに寄せられる信頼と甘えに絆されていることは重々承知だ。
「俺って冴えてる」
「そうだな」
 アーカイブ室の静けさと疲労も相まって徐々に瞼が重くなるのを感じていると、穹も同様に舟をこぎ出す。彼の肩を支えて横になれば何の抵抗もなく腕の中に納まった。頭の中でこの後の予定がないことを確認し、俺も穹と共にしばしの休息にこぎ出した。



2025.01.01 書き初めリクエスト
ありがとう御座いました!

powered by 小説執筆ツール「arei」

73 回読まれています