ポッキー



「ポッキーひとり二箱まで……?」
「何ですかね、この張り紙。」
日暮亭の廊下に貼られたちいこいポスターは、A4の紙に印刷されてあった。
最近事務所のパソコンに入れたフォトショットとかいうお絵描き用のなんか使って作ったんかな……。
水色の地の上に、控室で撮影したと思われるポッキーの箱が並んだ写真と『控室には置かないので、事務局まで取りに来てください。』と書かれたポスター、事務局への矢印を書いた紙が横に貼ってあって……その端には、黒いクレヨンで歯磨き推奨と書かれている。
このくねくね曲がった字には、なんや見覚えがある。
歯磨きの歯の字とか難しいのにえらいなあ。
「あの子、また字が上達したんと違うか?」
「はあ……。」四草からは気の抜けたような返事が返ってきた。
なんや反応薄いな~。
「難しい漢字もちゃんと書けてるやん、それだけでも褒めたらなあかんで。」
書き取りとかちゃんと頑張っとるんやなあ、と言うと、隣の弟弟子は、このど下手な字で褒めるとこありますか、と言わんばかりの顔で眉を上げた。
お前のそういうとこが親としてアカンねんぞ……。


「喜代美ちゃ~ん、いてるか?」
事務局の前の浅葱色の暖簾は、いつものようにピンと糊付けしてあった。
「あ、草若兄さん、四草兄さん。これどうぞ持ってってください。」
喜代美ちゃんが笑顔でポッキーが入った大きな菓子器を差し出して来た。
「いや、それもあるけど、こないだの出演料。」
「あ、すいません! ちょっと待っててください。……今日はみんな、ポッキーのためにここに顔出しに来るから、てっきりポッキーかと。」
どないやねん、とオレがツッコミ入れる前に、「はい、草若兄さんにはスペシャルポチ袋です。」と喜代美ちゃんがどでかいポチ袋を差し出して来た。
これ、金色の折り紙で作ったお花付いてるで…?
「なんや、ポチ袋の概念覆してくるやん……?」
「いつものやと味気ないし、てあの子がなんやゴテゴテと……。」
「これで万札入ってへんかったら詐欺とちゃうか?」
四草、お前またしょうもないツッコミ入れよって。
「後ろに額面書いてありますから、ここで中身ちゃんと確認してってくださいね。」
「おう、」と言って中に入ってる諭吉と夏目漱石を確認してる間に、四草がポッキーの山を物色してる。
「これ、どっから差し入れされたもんや?」
そういえば、食いもんは普段は原則アカンことにしてるもんな。
バレンタインのチョコもアホほどの量になって来たから、郵送は基本禁止にして、遠方の人には寄付の窓口で、受付期間も設けてるし。
そんでもほんまに来るときは来るんやけどな……主に草々と四草宛てに。
「天狗の方に、実際の会員さんの名前で箱で入ってたらしいです。あ、四草兄さんとこは、一家で二箱にしてください。」
「一家て。オレとこいつ隣の部屋やがな。」
「別に僕はいりませんけど。」四草がオレと同時に言った。
「ハア? お前、おチビがポッキー食いたい言うたらどないすんねん。」
「言わへんかったらいいことでしょう。大体、草若兄さん、一人で二箱も食べる気ですか? そんなんしてたらほんまに虫歯になりますよ。」
肉も付くし、と言わんばかりの目で腹周りを見てくるて、やらしい、やらしいやっちゃな~!
……いや、別にオレかて……いや、お前の分と合わせて四箱は貰う気でいてたんやけど、そんなん言われたら言い辛いやん……。
「あの~~~~、おふたりとも。」
なんや?
「うちのオチコが、ちゃんと四草兄さんのお子さんの分やて、新商品ので余分に取ってありますから。草若兄さんは自分とこの分、好きなん取ってってください。」
え、そういうこと?
「あ、うん……。」
「……。」
仏頂面の四草がここで返事をしないとこ見ると、お前もオレとセットでひと世帯に括られてると思てたわけか。
まあ、ええけど。






「なんやこれポッキー長者やん……?」
喜代美ちゃんからもろたポッキー四箱の上に、草々とこから手伝いに来た弟子の分までもろてしもた。
オレが普通のポッキーと細いポッキー二箱で、四草がナッツやらくっついとるポッキーもろて来たから、おチビがホクホクの顔して明日おやつあるてええなあ、て二度ほど言うてさっさと寝てしもた。
おい、しぃ、お前はそこでこれ僕の子なんやろかて顔すんなて……明日まで我慢出来る方がほんまに偉いやろが。
だいたい、ああ言われたらオレらかて夜のうちに全部は食べられへんのやぞ?
おチビかて、それなりに策士ていうか……。
とか言おうとしたところで、四草がオレの貰って来た赤いポッキーの箱を振った。
「このポッキー、何に使うか知ってますか?」
「あーーーーー、」
例の、端と端から食ってくヤツか。
そらオレかて、長いこと芸能界におったんやから、相手がおったらセクハラになるようなしょうもないお遊びくらい知ってるけどな。
食い物を遊びに使うのは気が引けるっちゅうのもあるけど。
「この倍の長さがあるならともかく、ふたりで食べたら短すぎるわ。」
「そうですね。」
「別に、お前がやりたいならしたってもええけど……。」
「やりませんよ。食べた後、続きするのに歯ァ磨かんとあかんのに。」
「まあそうやな……ってええ?」
虫歯移されたらたまりませんから、と言いながら四草が顔をくっつけて来た。
いや続きて……オレかてポッキー食べたいがな。
ほんまのほんまやで。

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