追い剥ぎハロウィーン
「お菓子を生贄に差し出すか、今ここで俺の奇襲を受けるか選べ、丹恒」
アーカイブ室を出たところでタイミングよく行く手を阻まれ足を止めた。ヒーロー映画の悪役のような台詞を吐いているのは、両手を広げて客室車両の通路を塞いでいる穹だ。ラウンジ車両は目と鼻の先だというのに、ひどく遠く感じてやれやれと息を吐く。起床時からどこか落ち着かない様子ではあったが、10月31日――本日の日付と、アーカイブに収録されているとある惑星で行われている秋の収穫を祝う祭りと悪霊を追い払う宗教的行事を思い出して納得する。彼の主張するところとしては「ハロウィーンのお菓子を与えるか、悪戯を受け入れるか選べ」という事だろう。
「生憎と持ち合わせがない。あと半システム時間でおやつの時間だからもう少しだけ我慢できるか?」
スマホの待ち受け画面を立ち上げて時刻を確認する。14時30分。勝機を見出せたので説得を試みる。だが穹は勢いよく首を左右に振り拒否のポーズをとった。
「いやだ。丹恒がくれなきゃいやだ」
いやだ、と2回言ったな。これではまるで追い剥ぎだ。そう思いはしたものの拗ねられると余計に厄介なので口を噤む。目ざとい穹がすかさず「今、俺が拗ねたら面倒だなって思っただろ」とにじり寄ってきたため2歩ほど下がった。これが双六ならばスタート地点に出戻りだ。
「念のため確認するが、俺で何人目だ?」
「5人目」
即答だった。つまり、車掌を含めた星穹列車の乗員全員が穹の突発的行動の餌食になったことになる。まさか……と疑惑の目を向けると、今度は立てた人差し指を左右に振ってミステリー映画で探偵が推理を披露するような口調で彼は続ける。
「ヴェルト、姫子、なのは生贄を差し出してイタズラを免れた」
「パムは?」
「パムは、これから本当に喰われるんじゃないかってくらい悲壮な顔で覚悟決めてイタズラを受けた」
両手を握りしめて瞼を閉じ、「もう覚悟は決めた……好きにしてくれ……」と言いながらしわしわパムになっていたのだと情報が補足される。あとでパムに労いの言葉をかけておこうと心の中で決めた。
「さっきも言ったが持ち合わせがない。甘んじてお前のイタズラを受ける他ないだろう」
諦念と共にパムと同じ気持ちで答えると、穹はもう既にいたずらが成功したようなしたり顔をして俺を見た。
「言ったな? 二言はないな?」
「ああ」
念入りに意思確認をされるので次の展開に備えて身構える。敵対組織と対峙した時とは異なる緊張感に拳を握り、しかし一呼吸のあと状況を理解する頃には俺は彼に正面から拘束されていた。
「……は?」
自分自身でも驚くほど間の抜けた声が出た。
「イエーイ! 丹恒とどっきりハグ大成功~!」
なるほど、拘束ではなくハグだったのか。そう思う程度には容易に身動きが取れない強さで抱きしめられている。とはいえ穹の本当に楽しそうな声が肩越しに聞こえて、やれやれと本日二度目の感想を抱きはすれど悪い気分はしないのだから不思議なものだった。体感時間にして30ほど数えたところで腕が解かれ、正面に穹が戻って来る。
「どうだ! 驚いたか、丹恒?」
流れるような動作で彼は腰に手を当てて、得意げにピースサインをして見せた。
「ああ、しばらく夢の中でもされそうだ」
忘れられないという意味では十分なインパクトだった。そう伝えると穹はさらに得意げに笑ってみせる。パムも同じサプライズを受けたとして、恐らく同様にしばらく夢に見るのではないだろうか。
「悪夢も裸足で逃げ出すハッピーな夢だな!」
「ふっ、そうだな」
悪夢も裸足で逃げ出すような男が登場する驚きに満ちた夢を。
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