セクシービューティな隣国の王子さまは俺っちのことが嫌いらしい(白虎×ロマデパロ)

※異世界ファンタジー風の謎パロです
※『大白虎帝国』君主の燐音と『ロマデ王国』王子のHiMERUという独自設定があります





 その男は、北国出身の俺が見ても驚くほどの透き通った肌をしていた。



「──不法入国者というのはあなたですか」
「ええまァあんたらが話聞いてくんねェからそういうことになってますけどォ」
 大理石の床に跪かされた俺は、首だけを動かして階段の上の玉座──またそこに超然と座す男──を見上げた。
 彼のためだけに誂られた豪奢な衣装には色とりどりの宝石が散りばめられており、細かな刺繍が施された深紅のサッシュに至っては派手すぎて目がチカチカしてくるほど。しかし何よりも俺の目を奪うのは、煌びやかな装飾に包まれてもなお内側から発光するかのように存在感を放つ、彼自身の持つ美しさだった。
 唇を舐める。左右から押さえつけてくる屈強な兵士たちが睨みを利かせている。ろくに身動きが取れない。
「……」
 腕っぷしで負ける気はしねェけど、ここは敵国の本丸、もとい王城の広間だ。大立ち回りを演じるには分が悪い。こいつらを倒したところで逃げおおせるとは限らないのだ。
 とにかく事情を聞いてもらおう、まずはそこから。
「なァ、あんた」
 興味なさそうにそっぽを向いていた瞳が、こちらを見た。真っ直ぐに差したひと筋の月光を思わせる、涼しげな金色が突き刺さる。
 刹那、全身が総毛立つような震えが走った。なんて研ぎ澄まされた殺意だろう。こんな感覚は初めてだった。
「貴様ッ、口を慎め! 王太子殿下の御前であるぞ!」
 すかさず外野から大声が飛ぶ。うるせェな、今あいつに話し掛けようとしたとこじゃねェか黙ってろ。俺のひと睨みで怯んだ偉そうなオッサンは縮こまって静かになった。よしよし、それでいい。
 『王太子殿下』はおもむろに立ち上がったかと思うと、静かに階段を降りてきた。コツ、コツ、よく磨かれた革靴が品のいい音を立てる。
 目の前までやって来た彼は、手にした王笏で膝をついたままの俺の顎を掬い上げた。強制的に目線を合わせられちまうと変にドギマギする。未知なる胸の高鳴りに戸惑いながらも、気持ちを落ち着けるべく一度咳払いしてみる。それから表情筋を引き締め、俺史上最高に男前な顔とイイ声を作って口を開いた。
「突然の来訪を許してほしい。俺は──」
「……ふむ」
 彼の気配はあっけなく遠ざかっていった。ふわり、スパイスと煮詰めたチョコレートみたいな甘美な香りが辺りに漂い、これがあいつの匂いか、なんて知らずのうちに惚けてしまう。あの男、つまり『ロマデ王国』の王子さまは、きっと涙や肌まで甘い味がするに違いない。
 同時に。先端に黄金の十字架を携えたしかつめらしい王笏だけが、彼の身に着けるものの中でどこか浮いて見えた気がした。
「──桜河」
「うん?」
 名を呼ばれた青年(少年かもしれない。小柄であどけなさの残る風貌だ)が「なんや『ヒメルはん』」と親密そうな笑顔を浮かべて近付いてくる。
「この男を、最下層の地下牢へ」
 聞くや否や悲鳴を上げたのは俺だ。
「あァ⁉」
「ん、わかった。任しとき」
「ちょちょちょちょっと待てやてめェコラ、俺っちの話を」
 話を、聞く流れだったっしょ今。え、違う?
 困惑もあらわに『王太子殿下』を見やる。男にしては長めの髪をさらりと手で払ったそいつは、抑揚のない声で淡々と告げた。
「聞くつもりはないのですよ。お喋りがしたいのなら地下牢のネズミにでも話し掛ければよろしい」
 上品で紳士的な物腰に似つかわしくないキンと冷えきった眼差しに、俺は完全に、落ちた。





 地下牢は暗くじめじめとして薄気味悪い場所だった。常に漂っている甘い芳香は、等間隔に灯った蝋燭が発しているものだろうか。
「〝オーカワ〟ちゃ~ん。これ外して♡」
「けったいな呼び方すなや。こはくじゃ。桜河こはく」
 俺に手枷をかけ鉄格子の中にぶち込んだ張本人は、表情ひとつ変えずに答えた。
「こはくちゃんね。頼むよォ~ただでさえ暗くて狭いとこに放り込まれて気が触れちまいそうなんだよ。せめて手だけでも自由にさせてくんねェかなァ」
 泣き落としが通用するかどうかは賭けだったが、瞳を潤ませてしぶとく見つめてみたところ「だ~もう、鬱陶しい!」とぷりぷり怒りながら手枷を外してくれた。こはくちゃん、いい奴。甘っちょろいとも言えるけれど。
「お~ありがとなァ♪ あんたただの側近じゃねェな。用心棒かなんか?」
「はあ、まあ似たようなもんやな」
 この子は可愛い顔して相当な手練れらしい。しょっぴかれる間幾度か逃亡を試みたが、その都度阻まれた。それもかなり手荒に。お陰さまでそこらじゅう打撲や擦り傷だらけだ。
 簡素な寝台に腰掛け、項垂れて首を振る。厄介なことになった。隣国との相互不干渉の条約を破り、危険を冒してまで国境を越えてきたのだ。何故そこまでしたのか? 当然目的のためだ。このまま大人しくぶち込まれてられるかっての。
「妙なこと考えんとき」
「……何も言ってねェっしょ」
「言われんでもわかるわ。ええか? 生きてここから出た奴はおらへん。ひとりも、じゃ。憔悴して痩せて腐って、みぃんな死んでまう」
「俺っちもそうなるって?」
「あのおひとが気紛れでも起こさん限りな」
 真っ平御免だ。打ちのめされた振りをしつつ脳味噌を駆動させる。この男の言う〝あのおひと〟──そう言えば、と思い出して尋ねてみる。
「『ヒメルはん』だっけ?」
「ん?」
「なんで王太子が玉座についてる? 国王はどうした?」
「……!」
 こはくちゃんの顔色が変わった。カマをかけたつもりだったが、どうやら正解を引いたようだ。あからさまに動揺を見せた彼は「よそもんが首突っ込むことやないで」とだけ言い残してどすどすと階段を上がっていってしまった。



 俺はひとり取り残された。
「さァてどうすっかな……」
 あの王子さまのお天気次第でどうにかなるっつうなら起こさせるしかねェっしょ、その気紛れってやつをよ。だがどうやって? 考えろ。こんなところで野垂れ死ぬわけにはいかねェんだ、『俺』は。
「ン~鍵壊せねェかなァ……無理か」
薄いマットレスにどさりと身体を投げ出し、暗い天井を仰ぐ。
 〝ちょっくら出てくる〟とだけ言い残して近侍も連れずに姿を消した俺を、今頃家臣たちは必死に捜索しているに違いない。何を隠そうこの俺こそが『大白虎帝国』第一皇子、並びに帝国軍大将軍、天城燐音であるから。
 現皇帝である父が病床に伏している今、事実上の君主である俺の失踪は一大事だ。だとしても国境の向こうまでは探さない。否、探せないのである。
 『大白虎帝国』と隣接した『ロマデ王国』は、数十年前に二国間の戦争が終結して以来、往来を厳しく取り締まるようになった。監視の目を掻い潜ってやってきた俺は確かに〝不法入国者〟に相違ないというわけだ。
「あ~あ……寂しいと死んじまうンだけどなァ~俺っち」
 静寂に耐えかね、天井に向かって大きめの独り言を吐き出した時だ。

「──なんだ、元気そうじゃないですか」

 不意に清澄な声が地下牢の石壁に反響した。あの上品で紳士的で冷たい男のものだった。
「……どうしてあんたがここに? 『王太子殿下』」
 足音に気付けなかった。気配も。寝台から跳ね起き、予想だにしていなかった展開に身構える。
「こちらの台詞なのですよ。『将軍閣下』」
「なっ、」
 暗がりから姿を現した彼は、手にした燭台で俺の顔を無遠慮に照らした。眩しい。
「勘付いてたのか……あんた」
「『白虎』の皇族は、特徴的な碧い瞳と赤い髪を持っていると聞きます。まあ、直接お会いしたのは『ヒメル』も初めてですけれど、ね」
「……」
 鉄格子越しとはいえ、綺麗な顔にじっと見つめられると落ち着かない。すこし距離を取って初めて、その剥き出しの足に気が付いた。こいつは靴を履かずにここまで下りてきた──つまり足音ひとつ立ててはいけない理由がある。誰にも悟られずに俺と接触する理由が。
「人目を忍んで来るなんて……もしや俺っちに惚れたかァ? 王子さまよォ」
「馬鹿なことを。宰相の巽からこっそり逃げてきたのですよ、まだ執務が残っていたのでね」
「へェ、こっそりねェ? ンなに俺っちに会いたかったかよ、メルメル♡」
「は?」
 男は俺の考案したあだ名が不服らしい。これ以上ないくらい眉間に皺を寄せて睨んできた。
「『HiMERU』です。H、i、M、E、R、U、iは小文字。妙な呼び方をしないでください」
「はいはいHiMERUちゃんね。はやく用件を言えよ」
「ああ、すこし待ってください……そちらへ行きます」
「そちらって、あァ? おいおいおい!」
 持っていた鍵で錠を外し、当たり前みたいな顔をして鉄格子の中に入ってくるメルメル。俺は面食らって寝台の上を後ずさった。
「あのなァ……あんたちょっと迂闊すぎやしねェか? 俺っちの目的が『王太子の暗殺』だったらどうすンだよ、なァ?」
 あんたを殺したらその鍵を奪って逃げてやる。脅しのつもりでそう言ったのだったが、奴は動じなかった。
「──ご心配には及ばないのですよ。もしHiMERUに何かあったら、桜河達が必ずやあなたを捕らえて殺すでしょう。そうなれば『白虎』との全面戦争は避けられない……おわかりでしょう?」
 性悪そうな笑みを浮かべて見下ろしてくる美しい男。すべてを見透かされているようで寒気がした。
「……。おめェ、俺の目的を知って……?」
「いいえ。ですがあなたの目を見て確信したのです。あなたは大将軍という立場にありながら、戦に生き甲斐を見出す性格ではない」
 ぎし、メルメルの体重がかかった寝台が軋んだ。
「『俺』が確かめたいのはあなたの意思です。礼瀬さんに周囲を調べさせましたが、どうやらあなたは本当にひとりで乗り込んできたようですし……戦争を吹っ掛けに来たのではないのでしょう?」
 吐息がかかるほど近くに彼がいる。灯りの少ない地下牢で、金色の瞳は満月にも似た静謐な光を宿していた。俺は腹を決めた。
「あァ……そうだよ。俺は戦は好かねェ。賭け事は好きだけどなァ、大切な民の命まで賭けるのは御免だ。『白虎』と『ロマデ』は相互不干渉の条約を結んではいるが、依然国境付近の緊張は続いている。俺はな、すぐにでもこんな状況を脱してェんだよ。民の不安を取り除くために」
 彫刻みたいな顔は微動だにせずこちらを見ている。
「和平を。あんたンとこの王家と俺ンちとで友好関係を結びたい、ただそれだけを頼みに来た。……信用してくれねェか」
「……どうやって?」
 そう、それが問題だ。いきなりやってきた敵国の将軍に〝信用してくれ〟だなんて言われて頷けるわけがない。俺だって警戒する。だが今の俺は止まれなかった。

「結婚しよう」
「…………は?」

 メルメルの左手を取る。指輪が嵌っている親指の付け根をすりすりと撫でながら、綺麗な瞳を覗き込んだ。
「こんな気持ちは初めてなんだ……広間でその姿を見た時から、胸が苦しくて仕方ねェ。おめェに惚れてンだよ、ほら……」
 その手を心臓の上へ導けば、腕を引かれてバランスを崩した彼が倒れ込んできた。胸で抱き留めた身体は同じ男のものとは思えないくらいに薄く、軽かった。触れ合ったところが熱い。全身心臓になったみたいに、体内の血が沸騰している。それどころかあらぬところに熱が集まってきた、ような。
「ちょっ……どこ固くしてんですか!」
「ヤダ~こんなつもりじゃなかったンだけどなァ~!」
「離してくださ……っ、離せ! くっこの馬鹿力……!」
 暴れる男を腕の中に閉じ込め、寝台に押さえつける。おめェがやたら色っぽいのがいけねェ。
 戦も女も力づくで制圧するのは趣味じゃねェんだけど、こいつに関しては別らしい。俺の腹の底に蟠っていた欲がふつふつと煮えるのを感じる。こいつに冷たくあしらわれる度に、その澄ましたツラを歪ませたい、屈服させてやりたいという願望が強く湧き上がる。
「おめェが来てくれて嬉しい。またおめェに会えて、近くに来てくれて。……優しくする」
「言ってることとやってることが違うんですよッ‼ っ、ん~~!」
 顎を固定して唇を奪う。チョコレートのような芳香がぶわりと濃くなった。酔いそうだ。
「ばか、ゃめ……っ!」
「やァなこった」
 そうしてしばらく甘く柔らかな感触を堪能するうち、本当に酔っ払ってしまったのかもしれない。思考に靄がかかったみたいにぼうっとしだした。ぼんやりしたまま夢中で舌を吸ったり食んだりを続けていると、いつの間にか抵抗をやめて大人しく腕に収まっていた彼の身体が一度ぎゅっと強張った。それからちょっと驚くくらい、びくびくと跳ねたのだ。
「っ、……っ、~~ッ……!」
「あ……あれ、あ~……?」
 はっとして見るとメルメルは「何が起きたかわからない」という顔をして呆けていた。俺もわかんねェけど、たぶんだけど、
「キスでイッた?」
「……」
「俺っち達めちゃくちゃ相性いいぜ、たぶん」
「……」
「……結婚する?」
「…………、…………はい」
 二度目のプロポーズは見事成功した。





 以来、王族同士が結ばれた『大白虎帝国』と『ロマデ王国』には、これまでの冷戦状態が嘘のように平和が訪れた。
「今日も穏やかないい日だね。燐音のお陰だよ」
 十字架を携えた王杓を手にした男が朗らかに笑う。
「ねっ『接吻王』」
「HiMERUちゃんさァ~その呼び方やめねェ?」
「なんで?」
「なんかアホみたいだから」
 キスひとつで王太子を陥落させた俺は、今や『接吻王』とかいう頭の悪そうな愛称(っつーか蔑称じゃねェ?)でロマデ国民に親しまれているらしい。最悪だ。
「おいなんでHiMERUちゃんに話したンだよてめェ要」
「え、フフッ、面白いかと思って。駄目でしたか?」
「バカやめろよ恥ずかしいっしょ」
 俺が陥落させた男は王太子の座を降り、『HiMERU』にその椅子を託した。彼は元々影武者で、本物の王太子に危険が及びかねない時に限り、あのように表に出ていたのだそうだ。『十条要』という本当の名前を俺に明かしてくれてからは、以前よりも明るくなったように思う。
 ちなみに国王は本来血縁の濃い順に世襲していくものであるが、王位継承権第一位の巽くんはそれを辞退したのだそうだ。君主として君臨するよりも宰相として君主を支える立場を望んだ彼の代わりに、異母兄弟で親友(要は認めていないようだが)のHiMERUちゃんが玉座についた。まァややこしいが国王不在の理由はそんなわけだ。



 ふと要に問われたことがある。「あなたを捕らえた日、広間で会ったのが俺でなくHiMERUだったら、やはり惚れていたのですか?」と。
「それはねェっしょ」
「なぜ?」
「おめェに会ったのはあン時が初めてだったから」
 要は首を傾げた。
「答えになっていないのですけど」
「いや? おめェはひとつ勘違いをしてンだよ」
 得意げに笑って俺は種明かしをしてやった。
「覚えてるかァ? 地下牢に来たおめェは〝直接お会いしたのは『HiMERU』も初めて〟だと言った。けどダウトだ、俺っちと『HiMERU』が会ったのはあの日が初めてじゃねェ」
「え……?」
「ガキの頃に一度会ってる。父上に連れられて城にお邪魔した時、挨拶したのはおめェじゃなくてHiMERUちゃんの方だった。つまり正真正銘、あの日広間で初めてお目にかかったあんたに、俺っちはひと目惚れしたのさ」
 そう言って肩を抱き寄せれば、彼は真っ赤になった顔を隠してぷるぷる震えていたっけ。



 こちらに手を差し出して要が笑う。初めて会った時の派手で豪華な衣裳ではなく、俺の生まれ育った故郷の伝統的な羽織が、よく似合っている。
「──帰りましょうか。俺達の家へ」
 ふわりと漂ったのはあの日と同じチョコレートの香り。俺は笑みを返しつつその手を取り、今も変わらず俺を酔わせる甘い香りを纏った手首に、そっと口づけた。

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