Happy Birthday ずっとずっと、永遠に。

アイカツスターズ きらあこss。
2019年早乙女あこちゃんお誕生日おめでとう小説です。
きらあこずっとずっと永遠に一緒にいて幸せでいてほしい。


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 撮影スタジオを出るともう15時を過ぎていた。強い日差しがあこの肌に照り付ける。しかし、吹いてきた風は先月よりもずっと爽やかで、確実に季節が進んでいるのが感じられる。
「ちょっと小腹がすきましたわね。今日は撮影が続きましたし、結構カロリーも消費してしまいましたわ。そういえば、この辺のお店なら……」
 脳内コンピューターがカタカタと回転し、あっという間にピンポンと答えをはじき出した。自然に笑みがこぼれる。あこは早速足取りも軽やかに駆けだしていった。
 駅前まできて、アイカツフォンのマップ機能で改めて場所を確かめる。
「そうそう、ここでしたわ」
 童話の中に出てきそうな可愛らしい赤い屋根の小さなお店の前に立ってあこは頷いた。木製の扉を開くと、頭上のベルがカランコロンと音を立てた。店内の若い女性スタッフがいらっしゃいませと明るい声で迎えてくれる。
 正面のショーケースにはカラフルな小瓶が並んでいる。あこはこれとこれを1つずつくださいなと言って、早々に買い物を済ませると、にこやかに笑顔を浮かべて店を出た。

 それから電車に揺られて10分と少し。
 港町の駅で降りて、そこを目指した。通りを南へ進むと、だんだんと建物が少なくなって、空が広くなっていく。波止場まで来ると海猫の鳴く声が聞こえてきて、潮風はあこの髪を踊らせた。
 見えてきたのは白と金のコントラストが眩しい巨大な船。停泊していたそれに乗り込んで、勝手知ったる足取りで、その部屋を目指した。いつものようにノックをして声をかける。
「きらら、わたくしですわ。入りますわよ?」
 言いながらドアノブを回すと、扉の隙間から水色とピンクの髪が僅かに見えた。よかった、と胸を撫でおろした。今週はネオ・ヴィーナスアークで強化レッスンがあるようだったが、もし急ぎの仕事が入っていて会えなかったらどうしようかと思っていたからだ。
「この前あなたが言っていた、ティラミスのプリンなんですけれど、スタジオの近くにお店がありましたから、わたくしあなたの分も――……」
 あこがそう言って完全に扉が開かれようとした時、きららが慌てた様子でそれを阻んだ。
「あこちゃん、メェ~~ッなの!!」
「にゃあ!?」
 きららは強く扉を押さえ、あこの方に押し返してくる。突然のことにあこは驚いて扉から手を離してしまい、バタンと大きな音を立ててそこは閉ざされてしまった。
「ちょっ、ちょっと何なんですの!?!?」
 閉まった扉の向こうに向かって叫ぶが、もう一度開かれる気配はまるでない。
「あなたが食べたがっていたプリンですわよ!?ふたつありますから、一緒に食べませんこと?きらら?」
 少しの沈黙。
 そして一瞬扉が動いて、小さな声で「ティラミスプリン……」という声とよだれを啜る音が聞こえたものの、やはり扉は閉ざされてしまった。
「だめだめだめ!メェ~ッなの!今はそんなことしてる暇ないの!」
「なんですの?そんなに忙しいならわたくしも手伝いますわよ?お勉強ならできる範囲で教えて差し上げますし」
「それもダメェ~ッ!と・に・か・く!他の子ならいいけど、あこちゃんは、あこちゃんだからメェ~っなの!」
「どういうことですの?……きらら?」
 頭の中にハテナがたくさん浮かぶ。あこだからダメだなんて、一体どういうことだろう。
「帰って。きらら今一番、あこちゃんに会いたくない」
 ハッと息を飲んだ。指先から力が抜けて、危うくプリンの瓶が入った紙袋を取り落としそうになる。身体が震える。
「――わかりましたわ。今日は帰りますわ……」
 あこはなんとかそれだけ言うと、その場を逃げるように立ち去った。
 
 鼻の奥がツンするのは、潮の香りが濃いからだ。そうに決まっている。そう、あこは自分自身に言い聞かせた。決して自分が今泣きそうになっているからではないのだと思い込むために。
 駅まで全力疾走して、ちょうど電車が来たのだが、なんとなく乗る気になれなくて見送った。港町の小さな駅の上りホームには誰もいなくなって、あこは木製のベンチに一人腰かける。
 〝会いたくない〟だなんて。今までそんなこと言われたこともなかった。いつだってきららの方から会いに来た。あこが滅茶苦茶に忙しい時だってお構いなしに、突然四ツ星学園に現れたり、フワフワドリーマーとしての仕事を持ってきて、半ば拉致するように現場に連れていかれたり、そんなことばかりだった。
「ほんとになんなんですの……」
 呟きは秋の澄んだ空気の中に消えていった。
「わたくしだからダメだなんて、どういう意味ですの……?」
 きららのことだから、きっと何か考えがあるに違いない。そのことは間違いないと信じられる。しかし胸の中のもやもやはなかなか晴れてはくれなかった。
 ふと思い出して、手の中の紙袋を探った。走ったせいでプリンが茶色くなっている。底の方に綺麗に沈んでいたティラミス味のカラメルが乳白色のミルクプリンと混ざってぐちゃぐちゃになっている。あこはそのうちの一つを取り出した。付属のプラスティックのスプーンですくってひとくち口に含む。それはやさしくて、とろけるように甘くて、ほろ苦い。
「ああ、わたくし、ショックだったんですのね……」
 そんな言葉が唇から零れ落ちた。初めてのきららからの拒絶。それがこんなに苦しくて腹立たしいなんて。いつもあこの元に嬉しそうにやってくるきららのことを時にうっとおしく思ったことだって一度や二度ではない。でも本当に会いたくなかったのならば、今こんな気持ちにはなっていないはずだ。
 ぽっかりと穴が開いたような心、その隙間を埋めるように、ほろ苦いプリンをまたひとくち食べた。

 それから3日。
 あこはきららに何度も電話をしたりやキラキラインを送ったりしてみたものの、一向に返事はなかった。
 気にしても仕方ないと、自分の役目――劇組の次回公演の稽古に専念することにした。後輩への演技指導、そして自分自身の稽古。台本を何度も何度も読み込んだり、物語の時代背景を知るために図書館で調べものをしたり。そうやっているといつの間にか時間が経っていた。
 今度の舞台は初めて役をもらえた一年生も出演することになっている。初めての台本読み合わせの日、先輩達に囲まれてガチガチに緊張している一年生の様子を見て、少し休憩にすることにした。自分のせいで練習を中断してしまったと落ち込む彼女に、あこはにっこりと笑いかける。
「あんまり難しく考えすぎたらだめですわよ?」
「さ、早乙女先輩……!あの、すみません……」
「あやまらなくていいんですの。この場面、あなたの演じる少女はどんな気持ちだと思いますの?」
「ええっと、怒ってる……?」
「確かに〝腹が立つ〟というセリフがありますわね。でも、ただ腹を立てているだけでもないと思いますわ。彼女はどうして腹が立つんですの?」
 あこは彼女の顔を覗き込んで優しく微笑む。
「愛する人が忙しくて、会えないから……」
「どうして会えないと腹が立つんですの?
「それは……会いたいから、寂しいから、ですか?」
「そうですわね。それではこの〝腹が立つ〟の言い方はどんな風になるかしら?」
 一年生の顔がぱあっと明るくなった。何か掴めたのだろう。「少しお時間を頂いていいですか?」と言って練習の許可をもらうと、彼女は早速台本を読み直し始めた。
 あこはうんうんと頷きながら、後輩の様子を微笑ましく眺める。たったひとつのセリフにも、その人物の思いが込められている。その思いを演じることの楽しさを一人でも多くの人に感じてもらえたなら、嬉しいと思う。
 練習の後、レッスン室を後にしようとしたあこは後輩たちに呼び止められた。
 何だろうと不思議に思っているとポン!と弾ける音が続けざまにして、クラッカーから色とりどりのテープが弾け出す。するとどこからともなくハッピーバースデーの歌が聞こえ始めた。歌が終わると「早乙女先輩、お誕生日おめでとうございます!」とみんなが声を揃えた。可愛いパッケージのお菓子やねこのぬいぐるみ、花束にステーショナリーなど、様々な贈り物で両手がいっぱいになる。あまりに忙しくて自分の誕生日であることも忘れていたので、サプライズには本当に驚いた。

 その夜、自室に戻ってから、もらったプレゼントを改めて一つ一つ見ていく。シンプルな包装のものもあれば、凝ったメッセージカードが添えられているものまで様々だ。それぞれの個性が表れているが、どれも心がこもっているのが分かって自然に笑顔になっていた。
 傍らに置いていたアイカツフォンが鳴った。見ると様々な人からお誕生日おめでとうのメールがきている。それにも目を通して、きていたもの全てを見終えると、ため息をついた。
 きららからの連絡は一つもなかった。
『会いたいから、寂しいから、ですか?』
 不意に、今日の練習中の一年生の言葉が頭の中に蘇ってくる。顔を上げると、部屋の隅にある姿見鏡に映る自分と目が合った。
 きららに会えなくてもやもやとする気持ち、腹立たしいとさえ思うこの気持ちの出どころの理由は、自分が一番よく分かっている。
「まったく、わたくしったらなんて顔をしてますのかしら。……仕方ありませんわね」
 呟いて苦笑した。今一番自分が欲しいのは何なのか。それを改めて自覚する。
「欲しいものがもらえない。それなら……こっちから行ってやるだけですわ」

 夜の港は真っ暗で、波の音がしなければそこが海だということも分からない。あこは先日と同じように船に乗り込み、その部屋の前までやってきた。
「きらら?開けますわよ?」
 ノックをしてからそう言ってドアノブを回したが、扉は開かない。鍵がかかっているようだ。部屋にいないということだろうか。
 レイの元へ行って確かめると、そうなんだよ、と彼女は溜息をついた。
「ここ数日間、きららはずっと部屋にこもっているんだ。何かやらなければいけないことがあるらしくてね。でもろくに食事もとっていないようだし、そろそろ様子を見にいこうと思ってたんだ。ちょうどいい、声をかけてやってほしい」
 そう言うと、あこに合鍵を渡して、すまないね、と頭を下げた。
「いいえ。まかせてくださいな」
「さすがはWミューズだけあるね」
 Wミューズという言葉がくすぐったい。そう言えばここ最近はユニットでの仕事がたまたまなかったので、そう呼ばれるのは久しぶりだった。あこは胸を張って言った。
「ええ、Wミューズですもの。行ってまいりますわ」

 再び部屋の前まで来て、声をかけてノックする。しかし返事はなく、扉の向こうはしんと静まり返っていた。今日はきららはずっと部屋にこもっているのだとレイも言っていた。きららの性格上、声を掛けられているのに全く反応を示さないなんてことがあるだろうか。
「まさかあのこ――……!!」
 不吉な想像が頭を過って、あこは手にしていた鍵で慌てて扉を開けた。
 部屋の中は真っ暗だったが、中央の丸テーブルに誰かが突っ伏しているのが分かる。
「きらら!?どうしたんですの!?!?」
 明かりをつけて、ぐったりしているきららに駆け寄った。
「う~ん……あこちゃん……?」
「ちょっとあなた、何やってるんですの!?」
「あこちゃん、おはよう。久しぶり……」
 きららはそう言うと、眠そうに目をこする。どうやらただ居眠りしていただけのようだ。
「おはようじゃありませんわ。もう夜ですのよ!?もう、なんなんですの!」
 呆れたように言ったが、ついた溜息のなかに、明らかにほっとした気持ちが入り混じっているのを自覚して、少し顔が熱くなる。
「えっ!?もう夜なの!?え、今日何日!?」
「9月25日ですけれど?」
 一瞬慌てて身を起こしたきららは、あこの返答を聞いて、よかったぁ~まにあって、と安心したように笑った。そして、ちょっと待ってね、と言うとあこの方に背を向けて、ゴソゴソと何かをし始めた。
「まったく、なんですの?」
「ええっとね、これ、あこちゃんにもらって欲しいの」
 差し出されたのは四角い紺色。綺麗なビロード地のリングケースだった。
「これって……」
「開けてみて」
 開くとプラチナの輝きが目に飛び込んできた。指輪がひとつ、台座に収まっている。見ると羊と猫のパーツがついていて、ハートと星の模様が刻みこまれている。
「あこちゃん、お誕生日おめでとう!」
 ほくほくとした顔で言われて、自分の顔もだらしなく蕩けていきそうになって困った。
「な、なんですのまったく……あ、ありがとうございますわ」
 文句の一つも言ってやろうと思うのに、声さえも弾んでしまって、もっと困ってしまう。ちらりときららの方を見やると、えへへと言ってあこの肩にぴたりとくっついてきた。久しぶりのきららの感触に、胸の奥がきゅんと暖かくなっていく。
「それにしても、この指輪のデザイン、すごく細かくて綺麗ですわね。このパーツも可愛いですわ」
「でしょ~!?そこの羊と猫の大きさ、すごくこだわったんだ~。さっすがあこちゃん、目の付け所が違うね」
「あなた、これまさか、あなたが作りましたの!?」
「うん。指輪なんて初めてだったから、時間かかっちゃったんだけど」
 さらりと言うきららにあこはあんぐりと口をあけた。
「相変わらず手先が器用というか……もしかして、これを作るためにずっと部屋にこもってたんですの?」
「そうそう。あこちゃんよく分かったね」
 さすがあこちゃん、と手を叩くきららに、あこは我慢できずに言った。
「まったくどうしようもありませんわね!?急に会いたくないなんて言うからどうしたのかと思ってましたのに、まさかこんな……」
「会いたくないってなに?」
「はぁあああ!?あなたが言ったんじゃないですの!!」
 きららは眉根を寄せて、本当に分からないという顔で首を傾げている。3日前のことを順を追って話すと、きららはそういえば、と笑った。
「確かそのとき、デザインがまとまらなくて、作業にかかる時間のことも考えるとヤバくてさ~。そんなときにあこちゃんが来ちゃったからびっくりして……あこちゃんと会ってお話しなんてしたら、きっと楽しくなって、もういいやって作るの諦めちゃうなって思って。でも絶対作りたかったの。これだけは絶対プレゼントしたくて」
 きららが真剣な瞳でこちらを見る。アメジスト色の瞳はどこまでも澄んでいて、その美しさにどきりとした。
「ごめんね、あこちゃん。あんな風に言って」
「別に、もういいですけれど……でも、どうして指輪を作ろうと思ったんですの?」
「それは……寂しかったからだよ」
「え?」
 きららはあこの腕にぎゅっと抱き着いた。
「あこちゃん、秋の新作リップのCMに出たでしょう?あれを見た時ね、あこちゃんが遠くに行っちゃった気がした。あこちゃん、なんかすごくきれいで……置いていかれるんじゃないかって」
「何言ってるんですの。そんなわけありませんわよ」
 そう言うが、あこの腕を掴むきららの指先は震えている。あこはその髪を優しく撫でた。
「でも、あこちゃんはアイドルだけど、大女優も目指してて、四ツ星学園のS4で、そのお仕事もあって、いつかきららのこといらなくなるかもしれない。だからね、きららのこと忘れないように、ずっときららのものでいてほしいから、だから指輪なの」
「まったく、とんだプレゼントですわね」
 あこはリングケースの中に視線を落とす。指輪の上の羊と猫はぴったりと寄り添っている。そこに込められたきららの独占欲。あこのための贈り物だと言っておきながら、きららの欲望が表れたそれを見て、胸の奥が燃えるように熱くなった。ジリジリと焦げ付くような喜びを自覚する。
 ここ数日間、会いたくないと言われ、連絡ももらえず、きららがもう自分に飽きてしまったのではないか、そんな不安がいつも心の片隅にあったように思う。いつまでも永遠に自分の名前を呼んでくれて抱きしめてくれるなんて、そんなの自分の甘えなのではないかと、そう思いもしていた。
 ――一緒にいられなくて、寂しい。だからずっと一緒にいたい、そんな気持ちが日に日に強くなっていった。
 それはきららも同じだったのだ。同じ気持ちでいたという事実がこんなにも嬉しい。
「わたくしはどこにも行きませんわ。他のことをしたって、誰とどこにいたって、絶対にあなたのところへ帰ってくる。約束しますわ。でも、思っていてもやっぱりカタチは必要ですものね」
 あこはスッと左手をきららの方に差し出した。
「そんなに言うならあなたが嵌めてくれませんこと?その指輪」
 あこの白魚のような、たおやかな指先を見て、きららは頷いた。
「うん、それじゃあ、嵌めるね。……あこちゃん、ずっと、ずうっときららと一緒にいてね?」
「ええ、もちろんですわ」
 きららの手でそれが薬指に嵌められる。
 きっと今日のことを忘れはしないだろう。ずっとずっと、永遠に。
 いつまでも一緒にいる――その約束こそが、一番のプレゼントだと思いながら、あこはWミューズの片割れを、たいせつなパートナーを、ぎゅっと抱きしめた。

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