とんかつ
「そういえば、明後日、何や食べたいもんある?」
好きなもん作ってあげるからリクエストしてな、と言われたら、やっぱきつねうどんやろか。
お父ちゃんの前では言われへんけど、なんや寒い日も暖かい日も風邪の時も、夏場以外は割とうちはここぞとばかりにきつねうどんやからなあ。
「あ、きつねうどん以外で、遠慮せんでええで。」とおばちゃんに先に言われてしまうと、他になんやあるやろか、てちょっと考えてしもた。
「僕、ここで食べさせてもらえるもんなら何でも美味しいですけど。」と言うと、隣からええ~という声が聞こえて来た。
「オムライスならともかく、うちのおかあちゃんの普段の料理を美味しいていうの、あんたくらいやで。お誕生日様やねんから、好きなもん頼みぃな。」
「好きなもんか……。」
しかし、ほんまうちに出入りしてるだけあって、草々おじさんちの家計がどうあれ、オチコはほんま一時の草若ちゃんみたいに景気のええこと言ってるなあ……。オチコはそんな風に言いながらご飯の前に小魚とナッツの小袋のお菓子をぽりぽりと摘まんでる。
このうちではあんまり子供には甘いもんは食べさせへん方がええやろ、ていうのが教育方針で、時々日暮亭の差し入れで貰ったお菓子の余ったのが次の日に持ち込まれるのと、後は夏に時々おばちゃんが買って来るカルピス、誕生日のケーキがあるくらいや。
おかあちゃんの体重が増量してるの、絶対どっかで甘いもん食べてるせいやと思うんやけど、と常々オチコが言ってるのも確かにうなずけるていうか。
それはそれとして、おばちゃんの若い頃の写真見てると、ヘアスタイル以外はオチコにほんまそっくりや。
今日のオチコは、伸ばした髪を括ってぼさぼさのポニーテール。
髪ゴムで括るのがめちゃめちゃ下手くそで、身だしなみが大事やで、とおばちゃんが言うのに従って、えらいたくさんのピン使って飛び出して来る毛をどうにかしてるんやけど、そのどうにかしきれへんかった分の毛が、いつもの有り余った元気みたいにぴょんぴょん飛び出してる。
ナッツとかチーズとかを食べて、後は炭水化物で補ってるだけのオチコは、なんでか腕も足も太いし、背も順調に伸びてるし、健康そのものていうか、小浜にいるおじいちゃんも、大阪におるフーテンのおじちゃんも昔の人にしたらあほほど背ぇ高いし、顔以外の全部が草々おじさんに似てたとしてもそうでなくても、そのうち僕の身長なんか抜かしてしまうんかもしれへんなあ、と思ってしまう。
うちのお父ちゃん、顔はまあまあやけど、圧倒的に背が足りへんもんな。
僕はまあ、草若ちゃんのDNAは受け継いでへんし。
「……なあ、好きな食べ物で、そんな悩むことある?」とオチコが首を傾げた。
「今食べ終わったばかりで、そんな何か食べたいて思うことないからかもしれへん。」
パッと思いつくの草若ちゃんのホットケーキやもんなあ。
いつも食べてるもんを、誕生日にも食べてもええんやろうけど。
「こないだは、串カツが美味しいて言うてたやん。」
オチコのヤツ、おばちゃんにそんなら外食にしようと言わせたいんか? 大人相手にほんまこういう時のプレッシャーの掛け方がえげつないなあ……。
「何? なんか言いたいことでもあんの?」
その悪い目付き、うちのお父ちゃん直伝とちゃうか。
「……串カツは好きやけど、外に食べに行った方が早いわ。コロッケとか豚カツならともかく、うちで作るもんとは違うやろ。豚カツも、肉を分厚うしたら、値段高いし。」
「そしたらあんた、誕生日なのに薄い肉でもええの? 最近うちで流行りの薄切りのミルフィーユやと、それはそれで気分出ぇへんのと違う?」とチラっとおばちゃんに視線をやってる。
案の定、コラっと言われてポテトサラダの芋潰してるおばちゃんからぽかっとやられてる。
僕らも芋の皮剥き手伝わされて、指先まだアチチやで。
「ほんまなんやパッと思いつくもんがないねん。外で食べるご飯も美味しいけど、結局ここの味が一番舌に馴染んどるていうか。後はうち、お父ちゃんの適当ご飯と草若ちゃんのホットケーキと寝床ご飯やろ。」
「……最後のはどうかと思うけど、うちも同じようなもんやな。おかあちゃんの茶色いご飯と寝床のご飯。」
オチコが余計なことを言うから、毎日毎日ご飯作るのがどんだけ大変やと思ってるの、とおばちゃんの眉がつり上がった。
いやあ、草若ちゃんもほんま、喜代美ちゃん可愛い可愛いて普段から言うてるけど、おばちゃんのこういうとこはあんま見てへんからな……いつまで経っても夢見る少女ていうか、まあいい年のおっちゃんやけど。
最近は、吉田のおっちゃん、て自分から言うときあるけど、ほんま全然おっちゃんて感じはせえへんていうか。
「あ、あと延陽伯の酢豚と麻婆豆腐も好きやったけど、僕、もう中華料理は一生分食べた気がするからあと五年はええわ。」
「あそこの二階に、長いこといたもんねえ。共同のトイレとかシャワーとか大変やったんと違う? 四草兄さんもほんま………賢いていうか、始めっから、始末するより前に固定費減らして貯めこむ方やから。」
あ、おばちゃん、なんか言いかけて止めたな。
僕もう、草若ちゃんと暮らす前のお父ちゃんがどないな人やったんか、散々お母ちゃんから聞いてたんやけど、このうちではそのことはキチンと言うてないからなあ。
僕はともかく、オチコの教育には悪いし、と思ってたら、隣の古馴染みは「うちもあんたんとこも、タコパ焼いたりお好み食べたりするようなうちでもないしな~。」とため息を吐いた。
僕はいきなりやな、と思ったけど、まあそうでもないんか。
「もしかして、うちでたこ焼き焼いて食べるやつやってみたいんか?」
「うん……!」とオチコが頷いた。目をキラキラさせてる。
「したら、そないするか? 草若ちゃんに言うたらたこ焼き機買うてくれるかもしれへんし、タコは高いけど高級豚ロースほどやないし。」
「あんたの誕生日やけど、それでええの?」とオチコが言うと、そうやで、とおばちゃんも頷いた。
「ええよ、僕も一遍してみたかったし、うちでする無限たこ焼き。それに、誕生日は周りの人間に感謝する日やて、お父ちゃんも時々言うてるからな。」
「えっ、あの四草兄さんが……?」
「うん、誕生日の歌も歌ってくれるし。」
「……どういうことなん?」とおばちゃんがじゃがいも潰してるしゃもじをボウルから離して顔色を変えた。
「いや、誕生日の歌歌ったから、僕がプレゼント忘れても構わへんな、て良く言われましたから。」
僕が祝日と言われる日に生まれたもんで、お父ちゃんはその日には仕事が入ってることが多い。
ほとんど毎年て言うか。
せやから、苦虫を嚙み潰したような顔で歌われる誕生日の歌の他には、蠟燭もケーキもない日も多かった。
「あんたは代わりに草若ちゃんが服でもスニーカーでもなんでも買うてくれるからそれでええやん。」
「お前もやろ。」
オチコがこれ買いたい、て言うて、草若ちゃんが財布出し渋ったこと、一遍も見たことないもんな。
「四草兄さん、小草若兄さん……!!!」
おばちゃん、なんや半分嘆いてて半分怒ってる顔になってるなあ。草若ちゃんのこと小草若て言うてるし。
「あんまり気にせん方がええですよ。うちの父がそういう人やて、僕も大体分かってますから。」
「……あんた、あんま大人が辛くなること言わん方がええよ……? うちのお母ちゃんそういうのに弱いから。」とオチコが耳打ちした。
「ええ、何やそれ……?」
「今度の誕生日には、うちでほんまに美味しいカツ丼とたこ焼き作ってあげるからね……!」とおばちゃんが気炎を上げている。
「僕、カツ丼よりもただの豚カツの方が好きなんやけど……。」
カラッと揚げたての最高のとんかつをそのまま卵とじにするて、一種の暴虐に近いんとちゃうかな、て思うし。
「そうとなったら、明日から練習や! うまく出来たら草々兄さんにも食べて貰おうかな~。」
今のお母ちゃんの耳には何にも聞こえてへんから、冷静になった後でそない言うたらええわ、と一言、隣のオチコは掌に残った小魚をぽりぽり食べてから、大きなため息を吐いた。
powered by 小説執筆ツール「notes」
24 回読まれています