小さな執行人ボツ集2

シルヴァンが一番よく覚えているであろう幼い頃の記憶…みたいなシーン。

わざわざ削らなくてもよかったのかもしれない…でもストーリー全体で見たら微妙だったのでボツに。

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 その日は父と共に街へ出かけた。
 五歳の私は父と手を繋いで通りを歩いていた。
 その時、何故か人々は父のことを避けているような気がした。いやいや、気のせいだ。すれ違うのにぶつからないよう避けただけだろう。その時はそう思った。
 しばらく歩き続けていると、こちらを見てひそひそと話している人たちがいる。何を話しているのだろうか。耳を傾けていると、「処刑人」という聞きなれない言葉が聞こえてきた。
 「処刑人だわ…よく街中を平然と歩けるわね」
 「近付かない方がいい。穢らわしい存在だから」
 「処刑人て血も涙もない恐ろしい人間の役職でしょ?」 
 人々はあまり良くないことを言っている、ということは幼い私にも理解できた。
 彼らの横を通り過ぎるとき、冷たく白い目が父の方だけでなく私にも向けられた。
 「子供が可哀想だわ」
 それをはっきりと聞いてしまった私は、父の方を見上げた。彼らがどういう意味でその言葉を発したのか理解できなかったためである。パパ、あの人たちなんて言ってるの?そんな視線を向けた。
 すると父は私の方を見てにこっと笑い、頭を撫でた。父には何も聞こえなかったのであろうか、何も言わなかったが、繋いでいた手からかすかな悲しみを感じ取った。
 周りの人間は父のことを悪く言っていたと、幼い私でもはっきりとわかってしまったのだ。そして私に投げられた「可哀想」という言葉は昇華できなかった。
 可哀想?どうして?僕はそんなこと一度も思ったことがないのに。
 幼いながらもその時感じたことに対して答えを見つけようとしていた。当然、子供の頭では答えは見つからなかった。
 こうして思考を巡らせていると今度は大きな声で誰かが叫んだ。
 「ミゼリコルドの処刑人だ…!」
 すると周囲は更に騒めき出した。
 それでも父は止まることなく平然と先を歩いていく。なんと言われようが、避けられようが、お構いなしに。私は父に手を引っ張られながら後をついていくことしかできなかった。
 帰り道、父は黙ったままだった。

 そんな風に少し寂しい出来事であったが、家に戻ればいつもの幸せな空間が待っていた。
 夕食には大好物のトマトスープが出てきた。私はこれを食べるのをいつも楽しみにしている。しかしその時は食べる気分にならなかった。
 街の中で言われた言葉がまだ頭の中に引っかかっているのだ。
 父は何食わぬ顔でスープを飲んでいる。様子はいつもと変わらない。父には聞こえなかったのだろうか、あの言葉たちが。私にははっきりと聞こえたというのに。それならば父にも聞こえていたはずだ。
 私がいつまでもスプーンを握ったまま食事しようとしないので、母が心配してきた。
 「どうしたの。大好きなスープでしょ。食べないの?」
 首を横に振った。食べるという意思表示だ。スープを掬おうとしたものの、頭の中に引っかかっているものをどうにかしない限り、食欲が湧いてこない。
 私は目の前でスープをすでに平らげた父に向かって、思い切って聞いてみることにした。
 「パパ…しょけいにん、てなに?」
 それを聞いた父の顔が一瞬暗くなったような気がした。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと不安になる。
 しかしすぐに笑顔になり、こう言った。
 「処刑人というのはね、悪い人をやっつける人のことを言うんだ、シルヴァン」
 「悪い人をやっつけるの?」
 「そうだよ」
 「パパはしょけいにんなの? お庭つくる人じゃないの?」
 「…そうだね、パパの仕事は庭師だよ」
 少し間を置いてから答えた。子供の頃の私は父の本職を庭師だと思っていたのだ。ミゼリコルド家は庭師としての仕事も行なっているからである。
 父の職業を再確認した時の私はとても嬉しかったのを覚えている。何故ならば、父は悪者ではないと認識できたからだ。街の中で耳にしてしまった悪口は気のせいなのだ、誰も父のことを言っていたわけではなかった、と自分に言い聞かせ安心していた。ただ、「ミゼリコルドの処刑人」という言葉は頭に引っかかっていた。
 

 「さあ、そろそろ食べなさい」
 そう言われてまだ食事をしていないことに気付く。私はすっかり元気を取り戻しており、これで心置きなく大好きなスープを食べることができた。
 ─このまま何も知らなければよかったのかもしれないのに、それは赦されなかった。時間の流れとともに自分の運命を次第に知ってしまうことになる。残酷なことに、周りの人間がそれを気付かせてしまった。この幸福で無垢な少年に。 

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