昼寝


「はあ~、クーラー付けて昼寝すんの最高やな!」と草若ちゃんは言った。
夏休み、朝に家の中をお掃除して宿題片付けてからプール行って、天気悪いとか外暑いとかでプール行かない日はこないしてお昼に朝のドラマの再放送見ながらおそうめん食べて、昼ドラ見ながら片付けして暑いなあ、てシャワー浴びて昼寝して。今は、布団の上で手足を伸ばして大の字になってる。
草若ちゃんて、手足がすーごく長いから、大きい部屋でいる方がのびのびして見える。
大人のくせに夏休み満喫してるなあ、て草若ちゃんの横顔見てると、ちょっと寝不足ぽい感じするし、今日はいつもみたいに落語の話ねだらんと、ちゃんと寝かせてあげなあかんなあ。
「昼寝終わったら、アイスあるから一緒に食べような。」て言われて、うん、と頷いて目を瞑る。
今日は何のアイスかなあ。
お父ちゃんが買ってきたヤツなら、イチゴフロートのいつものかもしれんけど、草若ちゃんが買ってきたのなら予想が付かない。
冷凍庫を開けるの我慢して見てへんの、自分でも賢いな、て思う。
起きたらアイスあるな、て思うの毎日楽しみやもん。
この間スーパーで見たパイナップルのアイス美味しそうやったなあ。
草若ちゃんて、基本的には値段のこととか考えずに、目に付いたものは何でも買うて来るからなあ。
こないだなんか、どないして持って帰ってきたのか、ビエネッタで狭い冷凍庫一杯にしてしもて冷凍しようと思ってた食パンがどこにも入らへん、てお父ちゃん怒らせてしもて。
お父ちゃんが怒ったとき、草若ちゃんはいつものシーソーにくん付けして、シーソーくん、て言ったり、時々はシノブていうこともある。
僕も時々忘れそうになる、お父ちゃんの本名。
なんやうちって、他の子のうちと違うみたいやな、てこういう時ちょっと思う。
名前の呼び方だけともちゃうな。
お父ちゃんしかおらへんとかそういうことだけとは違う。おかあちゃんしかおらへん他の子のうちの話とか聞いたら、親が休みの日は何にもせえへんから、ずっとひとりで家の片付けしとるとか、外でご飯買うてきてええで、てお金渡されて、料理するの暑くて面倒いからスーパーでパンとか茹でたうどんとか、中食を買って来るとか聞くし。(海苔巻きだけは時々食べるのええな、て思う。)
うちは草若ちゃんがおるから、僕は昼も夜もご飯作るの手伝うだけでええし、お父ちゃんが帰って来るの遅いとか付き合いで食べてくるとか何にもせえへんて決めてる日は、僕もオチコのとこ行って赤ん坊の面倒見ながら煮物食べたりしてるもんなあ。
そういうときは大抵、なんでか草若ちゃんのお迎えになるし。
あ、なんでか、って言うか、オチコのとこのおばさんの顔見たいんやろな、て言うのは傍で見ててもめちゃめちゃ良く分かるんやけど。草々おじさんはいっつも、機嫌のいい草若ちゃん見るたびに苦虫を嚙み潰したような顔してるし、いい年して『喜代美ちゃ~ん!』はないやろ、て思うけど、草若ちゃん、自分のことも時々草若ちゃんて言うからなあ……。『どうも、隣の吉田のおっちゃんです~♪』て余所行きのおちゃらけた顔されるよりはええんやけど、世間一般の大人としてちょっとあかんよなあ。
うん、オチコのとこの草々おじさんも掃除はするし、みんなおるから家の中が片付いてるのが当たり前ていうか。
あ、草若ちゃんの部屋は、ときどき服とか散らかってるな。
全部押し入れの中にしまってるんやなあ、て日はあるけど。
中見たらあかんで、て言われるから見てへんけど、なんかしょうもないもの隠してるのかもしれないから大人の秘密は守ったげよ、て思う。
落語のちりとてちんの話みたいに豆腐を腐らせてるとか、平兵衛さんに気付かれたら食べられてまうような生き物をこっそり飼ってるとかは困るけど、草若ちゃんてそういう面倒になりそうなことはあんまりしなさそう、ていうか。
お父ちゃんには、生き物はもう平兵衛さんと僕で手一杯、て言われたけど、草若ちゃんもおんなじこと言いそう。

「もう寝てますか?」
あ、お父ちゃんの声や。
起きておかえり、て言いたいけど、僕もう昼寝の時間やねん……あと一時間したらちゃんと起きるからな。
「お前、いつ帰ってきたんや。」と草若ちゃんが言った。
「今ですけど。昼寝中やったら呼び鈴鳴らしたら起きてまう、て言ったの兄さんやないですか。」
「そらそうですけどぉ……。」
「僕かて、こういうの、なんや泥棒みたいていうか、間男みたいていうか。ちゃんとただいま、て言って帰りたいですけど。」
「……。」
草若ちゃん、劣勢やなあ。
お父ちゃんにまおとこって何、て聞いたら僕が起きてるのバレてしまうから後にしよ。
「それで、寝てますか?」
「寝息聞こえてけぇへんから、もしかしたら狸寝入りかもしれへんで。」
あっ、僕のことか。
平兵衛さんのこととちゃうな。
「シャワー浴びて、部屋で待ってますから。」とお父ちゃんがいきなり言った。
「あかんて、オレも昼寝せんと。」
そうそう。お父ちゃんズルいで。草若ちゃん、僕と一緒に昼寝の予定やのに。
あと、お稽古の話ならお稽古の話てちゃんと草若ちゃんに言うたりいな。
人との会話に手抜きはあかんてセンセも言うてたよ。
そんなことを考えていたらお父ちゃんが部屋の中に入って来るのが分かった。
待ってますから、ともう一回言う声が聞こえて、時間を置いて、草若ちゃんの、うん、という小さい声が聞こえて来た。
………草若ちゃん、お父ちゃんとお稽古の続きしたいからって、折れるの早すぎるで。
まあええか。
お父ちゃんの分もアイスあるやろうし、後でみんなで食べような。

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