夏祭り、君と

アイカツスターズ きらあこss。
夏祭りに来て、屋台飯を食べて花火を見るきらあこちゃんです。


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 長い石段を上った後、正面に見える神社の境内へ続く道ではなく、左にある細い道の方を行けばそこに辿り着くことができる。鬱蒼と繁っていた木が途切れて広い原っぱになっていて、今日のお祭りのフィナーレを飾る花火を見るのに打ってつけの場所なのだ。
 ぽつりぽつりと明かりが見えているのは、既に場所取りをしている地元の人達が持っている懐中電灯やランタンのものらしい。知る人ぞ知る場所であるため人気は少なくて、時々穏やかな笑い声が聞こえてくるだけだ。数十分前に二人が掻い潜ってきた、屋台が出ているメインストリートの喧騒とは大違いだった。
「はぁ~っ、やっと座れる~!」
 広げたばかりの小さなレジャーシートにきららはどかっと腰を下ろす。シート越しに柔らかい草の感触が伝わってきて、なんだかいいなと思った。
「ちょっと! そんなに足を広げたら浴衣が着崩れますわよ!?」
 嗜めながら、あこは浴衣の裾を乱さないように気を付けて、しなやかな動作できららの隣に座る。そして、持っていたビニール袋からポリ容器やプラスチックのフードパックを取り出した。ふわっとソースやバターの匂いが強くなる。
「ようやく食べれる~! 屋台のヤキソバ、食べてみたかったんだよね~! いただきまーすっ!」
 待ちきれないとばかりに声をあげたきららは、あこからプラスチックのフォーク――お箸を使うのが苦手なきららのために屋台のおじさんにもらった、を受けとるとすぐにすすり始めた。
「それじゃ、わたくしはじゃがバターから頂きますわ」
 あこも一緒になって屋台飯にありつく。外で食べるご飯はいつもよりも何倍もおいしい気がする。隣で一緒においしいと食べる人がいると余計に。
 夜の帳が下りきって数時間。灼熱の昼間から随分気温は下がったとはいえ、やはり日本の夏は暑いものだ。浴衣の下の肌襦袢にたらりと汗が落ちたとき、ようやく風が吹いてきて少しずつ体に篭る熱を緩めていった。さわさわと草原全体が揺れ、チリリという虫の声があちらこちらから響いてくる。上を見ると一面、濃紺が広がっていた。高台のここは空を遮るものが何もない。
 この場所を見つけたのはあこだった。脳内コンピューターの情報……だけでは難しかったので検索エンジンという最強の文明の利器を用いて探し当てたのだ。あこちゃん、きららのためにありがとうねと言うと、調子にのるのはおやめ! と怒られた。でも改めて思い返してみても、今年は絶対あこちゃんとお祭りに行って花火が見たいと言い出したのはきららなのだから、調子にのるとかじゃ全然ないのにね、と思う。
「はぁ。食べすぎましたわ……」
「あこちゃん、まだデザートがあるよ」
 ビニール袋の底に、りんご飴が残っているのを取り出す。まぁるいりんごの部分であこの頬をつついた。飴を包んでいる透明のビニールがあこの柔らかい肌の上でくしゃくしゃ音を立てる。
「ちょっと、食べ物をそんな風に使うのはおやめなさいな」
 あこは言いながら、受け取って包みを取り外した。甘ったるい匂いが漂う。
「甘いものは別腹~♡」
 きららも、自分の分のりんご飴を取り出した。実は食べるのは初めてなのだ。ヤキソバやじゃがバター、フランクフルトなんかはその気になれば普段から食べることはできるかもしれないが、りんご飴はお祭りの屋台でしか出会えないとびきりのレアフードだ。透き通った飴が宝石みたいに綺麗で可愛い。
 ひと舐めしてみると、思った通りに甘くてとっても美味しかった。あこはこれまでにも食べたことがあったのだろうか? 今食べているのはやはり特別おいしいのか、大抵これくらいはおいしいものなのか。聞いてみようと思ったとき、暗い空がパラリと光って、ドンと低い音が響いた。
「え?」
「花火始まりましたわよ、きらら!」
 あこが言うのと同時に、目の前にきらきらと光る花があった。その後も立て続けに、赤、黄色、緑と鮮やかな光の花が開いていく。
「うわっ、すご……っ! めっちゃ大きい!!」
「ええ! 口コミでも言われてましたけど、本当に近くに見えますわね。最高ですわ……!」
 あこも興奮して手を叩いている。きららはキラキラフォンで動画を撮らなきゃと、手元のキラキラフォンを探った。その時、視界の端にそれが飛び込んできてハッとした。
 花火の光で照らし出されるあこの顔。その唇、それにちらりと覗く舌も、りんご飴の赤で鮮やかに染まっていた。てらりと輝く真夏のルージュ。あこにとても似合っていると思った。ごくりと唾を飲み込む。
 ねぇあこちゃん、その赤は、舐めたら甘い? そうだよね。きららの口の中とおんなじ味に決まってるよね。それなのにこんなにもドキドキしちゃってるのはなんでだろうね。あこちゃんがそんなに大人っぽくて可愛くて、とっても綺麗なのがいけないんだよ――……?
 奪った唇はやはり思った通り甘い味で、最初は驚いて体を震わせたあこも、次第にきららの絡ませる舌の動きに応じ始める。
 頭上には無数の花が咲き乱れている。舌先の甘さは次第に薄れ、よく知る互いの唾液の味になっていく。目映い光と音の洪水が途切れるまで、二人はずっと口づけを交わし続けたのだった。

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