2023/11/11 01.ディクサム(新ゲです? カル+ホムラ)

 コポコポとわずかな水音とともに空気に溶ける湯気。それからふわりと広がる香しい香りに、無意識に唇に笑みが浮かんだ。

「どうぞ」
「ありがとう」

 差し出される白いカップ。側面に描かれているのは白い毛長の獣と黒いドラゴンのマーク。ホムラが【陶芸】で作ったものだ。まだ評価も高くない、まさに手慰みと言ったところだが、実際に自分で使ってみなければ改良点もわからないからと、こうして持ち込んでいる。
 そうでなければ主の身の回りのものすべてを快適にしようとする男が、どこからか最高級品を持ち込んだり、いやそれならばまだいい、いっそ自分が……と、ひそかにどこかで修業をしてきかねない。
 そう言う意味では、ホムラが【陶芸】を持っていたのは僥倖だろう。あとは衣服に関してだが、こちらは腕のいい職人に知り合いがいるので今のところ問題は起きていない。

「カルも座ってくれ。今茶菓子を出す」

 ホムラはそう言ってぽんと、自分の横を軽くたたくと【ストレージ】からパウンドケーキを三本取り出した。ふわりと、紅茶の香りに混ざり合い、溶けあうように甘い香りとわずかに酒の香りが広がった。
 カルの目元が柔らかく細められる。

「三本、ですか?」
「あぁ、全部違う味だ。マロンとカシス、干し柿とブランデー、それとかぼちゃとクランベリーだ」

 どれも秋の味覚だ。今年は残暑が長く、秋は駆け足で去って行ってしまったのだが、ファストでは秋真っ盛りである。こういう時はゲーム内の季節の間延びがありがたい。

「さて、まずはどれからいく?」

 ナイフを手にホムラが尋ねるが、真剣な顔をしたカルがじっと三本のパウンドケーキを見つめる。実に悩ましいという顔に、思わず笑みがこぼれた。別に全部を選んでもいいだろうに、そう言うことではないのだろう。

「マロンとカシスは絶対間違いのない組み合わせだな。マロンはラム酒につけて香りをつけてある。
 干し柿の方はブランデーにつけてあって芳醇な香りが楽しめるぞ。カボチャとクランベリーはほのかな甘みと酸味のバランスがうまくいったし、裏ごししていないカボチャがちょうどいいアクセントになっているぞ」
「主……」

 ホムラの説明にカルが途方に暮れたような顔になった。余計選べない。と言う顔をしている秀麗な顔に、ホムラはついに耐え切れなくなったようにクツクツと笑う。

「すまんすまん。それじゃ、私のおすすめの干し柿とブランデーから行こう」

 ホムラはそう言うとカルの分は厚めに、自分の分はその半分ぐらいの厚さで切り分けると、そっとさらに乗せてサーブした。

「……ありがとうございます」

 何とも言えない顔をしていたカルだが、フォークで切り分けたパウンドケーキを口にしたとたんにポンッ小花が咲いたような笑みを浮かべた。それを見て、ホムラは滲む笑みを紅茶を飲むふりをしてカップで口元を隠す。どこから見ても完全無欠のイケメンなのだが、どうにもこうしたところは実にかわいらしいと思ってしまうのだから仕方がない。
 コクリと、紅茶を一口飲むと、まろやかで渋みが少ないそれでいて濃厚でコクのある味わいが口の中に広がる。今日もカルの紅茶は美味しいなぁ。と、思いつつホムラも自分の分を切り分ける。
 ふわりと広がるブランデーの香りに目を細める。

「主は、酒は苦手だと聞いていましたが」
「あぁ、飲むのはな。洋酒の香りは結構好きなんだ」

 それ以外は匂いだけで気持ち悪くなってしまうんだがな。と、言いながら残りも口にしてしまう。このゲームではその辺も含めて【酔い耐性】のおかげで問題がないので、どれだけどんちゃん騒ぎの中にいても大丈夫だ。と言えば、カルがほっとしたように息を吐いた。
 これは下手をしたらガラハドが禁酒を強いられていたかもしれないな、と、ホムラは苦笑いを浮かべつつ、二つ目を切り分けるべくナイフを手にしたのだった。
 なお、残った分はあとで好きなように食べていいぞ。と、ホムラが棚に入れておいたのだが、翌日にはなくなっていたことはお察しの通りである。

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新シリーズの紅茶+パウンドケーキシリーズ。
カルさんとの話が多くなるかなぁ。

参考:365日のパウンドケーキ
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07Y22Y4NM/

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