めまぐるしい季節をともに

 はじめはアンドロイドみたいな奴だと思った。意外にもよく動く表情や、彼のキャラクターにそぐわないトゲトゲした声色に気づいてからは、あっという間に惹かれた。

「──あなたは何もかも急なのですよ。これだって昨日思いついたのでしょう」

 とんとん、よく手入れされた爪が苛々とテーブルを叩く。慣れっこだろ、なんて言おうもんなら機嫌を損ねちまいそうだから、俺は軽く肩を竦めるだけ。ンな怖ェ顔すんなよ、おまえってほんと、俺っちに冷てェよな。
「明日は忙しくて時間取れねェっしょ? スケジュール確認したら今夜は空いてるみてェだったし。俺っちなりに気ィ遣ったの」
 七月七日、メルメルの誕生日当日ともなれば、彼に声を掛けたい奴は俺以外にも大勢いることだろう。そりゃ俺はこいつの彼氏だけど、同時に分別のある大人でもあるわけで。自分本位に『みんな』から主役を取り上げるような真似はしないと決めた。は〜〜燐音くん偉い、ハイパー美形、超絶ウルトラいい彼氏。
 そんなわけで明日の夜は一歩引いて我慢なのだけれど、眉間の皺をほどいて薄く笑う恋人を眺めていると、いろんなことがどうでもよくなってくる。
「それはどうも。すこし早いですがお祝いありがとうございます」
「ん。五時間くらい早いけど」
 急だったのによく予約できましたねこのお店、なんてあちこち見回しながらメルメルが言う。残念、俺側はまったく急じゃないのです。カロリーと人目をしきりに気にするあんたのために個室の割烹を予約したのは三ヶ月前。蛇ちゃんには六日の夜のスケジュールをブロックしてくれと予め打診しておいた(見返りに何を求められるかわかったもんじゃないが、背に腹はかえられない)。本人に黙って外堀埋め済み、準備は万端、計画的犯行である。絶ッッッ対に悟らせやしねェけどな。
「お、天ぷらおいしい。アスパラぷりっぷり」
「煮物もおいしいですよ。鴨肉が絶品です」
 俺の「今度ニキに作らせようぜ」とメルメルの「椎名にお願いしてみましょう」が見事に重なって、同時に吹き出す。下世話なネットニュースなどが報じるよりも余程、俺達は気が合うらしい。

「──プレゼント?」
「そォだよ言わせンな、見りゃわかるっしょ」

 気恥ずかしくて目を逸らした俺の向かいで、彼は紙袋から取り出した四角い小箱を丁寧に撫でる。指輪の箱ってなんでこう、どいつもこいつも“中身は指輪です!”って形をしてるんだろう。恥ずかしいからやめてほしい。
 必死に目を逸らしている間、かぱ、と箱を開ける音がして。次いでことりと箱が置かれる音がして、その後しばらく無言。今は控えめな店内BGMだけが俺の味方だ。サンキューベートーヴェン、交響曲第六番、この恩は一生忘れねェ、たぶんな。
「……天城。ほら、」
 顔から十センチくらいのところでひらひらと手のひらが振られた。ゆっくりと首を正面に戻す。と、恋人はすこしはにかんで、全体的に白くて細長い左手を見せびらかした。
「似合いますか?」
「……」
 薬指の付け根に銀のリングを嵌めて、あまりにも綺麗に笑うもんだから、たっぷり十数秒は言葉を失った。ここまでは良い。でもその十数秒が過ぎたのち、俺は堪えきれずに笑い出してしまった。これはNG。褒められるのが当然と思っていただろうメルメルは不満顔だ。「何がおかしいのですか」とか言って。
「いや悪りィ、おかしいとかじゃねェンだけど……フフ、それ、そこに着けてくれンの?」
「は?」
「ふっ、はは、ちゃんと見てみろって」
 だってそれは、特別な意味のある指だろう。そこまで伝えてようやく彼は自身の左手を見つめた。白い顔が漫画みたいに赤く染まる。
「ファッションリングだぜ? それ」
「──っ、やっ、その、指輪を贈られたら『そう』だと思うでしょう、普通に!」
「俺っちが誕生祝いついでにプロポーズするようなみみっちい男に見えるかよ」
「そ、れは、……っ、あなたの説明が足りないのですよ!」
 おーおー照れてる照れてる。今日はいつにも増していろんな表情を見せてくれる。
「そっちはそっちでちゃんと用意するから。もうちょい待っててダーリン♡」
 にっと笑って見せれば、照れ隠しの「バカ天城」が返ってきた。声ちっさ。
「喜んでもらえたようで何よりだよ」
 今度はメルメルが盛大に目を逸らす番で、俺はいよいよ腹を抱えて大笑いした。



 翌日。ES内のスペースを使って催された誕生会で、主役の指に真新しいシルバーが光っていることに気づいたのはおそらく俺だけ。ここに集まった誰もが見たことのないHiMERUを独り占めできる特別な場所は、当分誰にも譲ってやれそうにねェな、とひとり笑いを噛み殺した。






(2022年HiMERUバースデー)

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