タンブリング・ハニー
某女性誌の名物企画にモデルとして呼ばれた。
年に一度のこの企画は毎度旬の俳優やらアイドルやらを起用し、過激なグラビアが話題を呼んでいる。昨年は『UNDEAD』の朔間零がギリギリのショットを披露し、一時本誌が全国の書店から消えたとか何とか。
そんなバズり必至の有名企画にご指名を頂戴するだなんて光栄だ。副所長からオファーの件を聞いた燐音は、二つ返事で快諾した。持ち前のセクシーかつデンジャラスな魅力(?)で、世の老若男女を骨抜きにするチャンス到来だ。いよいよ俺っちの時代が来たってことっしょ。
「で、なんであんたがいんのォ?」
息巻いて三十分前にスタジオ入りした燐音よりも先に、見知った男がそこに着いていたものだから驚いた。
「――こっちの台詞なのですけれど」
一時間前に到着していたらしいHiMERUは、同じように目を丸くしていた。プロデューサーに聞けば「サプライズ」とのことで、どうやらお互いに相方と一緒の撮影であることは伏せられていたらしい。ま、確かに気合いは入るわな。情けないとこ見せるわけにゃいかねェし。
「さァて、メルメル先生の仕事っぷりを拝見するとしますかねェ」
「誰が先生ですか……まあ良いでしょう。精々参考にすると良いのです」
強気に片眉を跳ね上げて、HiMERUはさっさとカメラマンのところへ向かっていった。
真っ白なシーツの上、下着姿の女性モデルと絡み合うようにして見つめ合う恋人を、燐音はスタジオ後方の壁に背中をくっ付けて遠巻きに眺めていた。
(お〜お〜、これは……)
ばしゃばしゃと不規則に炊かれるストロボとシャッター音の合間に、知らぬ間に口内に溜まった唾液を嚥下する。ゴクリと大きく喉が鳴る。
HiMERUが女性を抱くところなんて当然見たことがないし、むしろ燐音にとっての彼はいつだって自分の下で艶めかしく喘ぐ側なのだけど。その熱っぽいまなざしを注ぐ相手は、今だけは自分じゃない。こういう仕事をしているからには撮影で別の人間と恋仲になることだってある。承知している。
ああでも、それにしても。
(……ンだよ、その顔)
まるで本当に恋をしているみたいな、目の前の女性の他は何も見えていないかのような――そんな表情を目の当たりにすると、どこか落ち着かない気持ちにさせられてしまう。燐音にだって大人になりきれない時はある。
さすが演技派と言われるだけはあるとか、根拠の知れない『抱かれたい男ナンバーワン』の称号もこれなら説得力があるだとか、野次を飛ばしてみたって良かった。けれどそれが出来なかったのは、カメラの前で淡々と役割をこなしていたHiMERUが、不意にこちらへ合図を送ったからだった。
(……ッ、バカ)
カメラマンの指示で女性を後ろから抱き締めていた彼の瞳が、燐音と視線が絡んだ刹那、挑発的に細められる。ぶわりと匂い立つような色気に当てられて思わずその場に座り込んだ。
女を喰らう男の顔をした恋人を前に、訳がわからないほど高揚していた。改めて突き付けられた事実に何故か困惑している。
|男としてあんなにも魅力的な彼が《・・・・・・・・・・・・・・・》、|あえて自分に抱かれることを選んでいるのだ《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
HiMERUの撮影が終われば次は燐音の番だと言うのに、破裂しそうにのたうち回る心臓を抑え込むのにただ必死だった。
「HiMERUさんお疲れさまでーす!」
「ありがとうございます」
スタッフと笑顔を交わしながら彼がこちらへ歩いてくる。どうにか心拍を落ち着けた燐音は「お疲れさん」と声を掛けてすれ違おうとした。
今目を合わせたら先程の熱がぶり返して来そうで。不自然にならないようにさり気なく目線を外して、そのまま横を通り過ぎようとしたのだが。
「天城」
「ハ⁉」
一瞬忘れていた。HiMERUは性格が悪い。それはもうすこぶる悪いのだ。様子のおかしい燐音を見逃してくれるほど優しくはない、その証拠に燐音の腕はがっちりと捕らえられて逃がしてもらえない。戸惑っている間に悪戯っぽく笑ったかと思えば顔を寄せてきて、こっそりと耳打ちをした。
「俺で興奮したんだ?」
「〜〜〜っ‼」
ばっと勢いよく身体を離した燐音は顔と股間を隠して蹲った。なんつーことしてくれてンだ俺っちのカレシさまは。これでは熱が引くまで撮影を始められない。
心配するスタッフに「こう見えて天城はあがり症ですので。いつものことなのです♪」と適当かます恋人はご機嫌である。この男はこうして燐音を苛める時やけに活き活きする。
結局口の達者なHiMERUに燐音が優位を取れるのはベッドの上くらいのものなのだと、その夜互いに思い知る。それでもじゃれ合いのようなふたりの小競り合いは、依然周りを巻き込んで続くのだ。
(台詞お題「俺で興奮したんだ?」)
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