あのふたり


「なんやこの焼き鯖寿司て……。こんなんでオレを買収しようとしても無駄やぞ!」
「したら僕と子どもで食べます。兄さんはそこのかりんとでも食べてたらええでしょう。」
そんな風に言いながらお父ちゃんが笹で包まれたお寿司の紐をほどこうとすると、草若ちゃんの長い手がにゅっと伸びてきて、遮った。
「ちょっと待てやおい、」
「手ェ放してください。草若兄さん、食べへんのでしょう。」
「絶対食べんとまでは言うてないやろが! ……そういうときはオレのために夕飯までコレ残しとくべきとちゃうんか?」
「こんなん、その辺で買うてきたヤツですよ、夜まで待ってたら米が固なってしまうかもしれへんでしょう。」
お父ちゃん、小さい方ふたつと大きい方ひとつと悩んで、結局みんな一緒に食べたらええやろ、て大きい方の棹を買うて来たくせに、なんでそれ、今言われへんのやろ。
「大体、車使うなら使うで先に言うとけや、こんなんの他に買うて来て欲しいもんあったんやぞ!」
やっぱり……。
出掛ける前も、車で出掛けるなら出掛けるで、草若ちゃんにちょっと声掛けたら良かったて言うたやんか、僕。
だいたい、今も、まあそう言わずに一緒に食べませんか、とか一言柔らこうな声出して言うたげたらそれでええのに、お父ちゃんてほんまに……落語家してるときはどんなアホにでもなれるくせに、なんでこうやって草若ちゃんと面と向かってるときはあかんのやろ。
「僕、お茶入れてくるわ……。」
ほんまに、うちの大人ふたりは手が掛かるなあ。
台所の流しに立ったら、ざるに上げられたうどんと刻み葱が二人分残ってるけど、なんや三人分のお出汁とお揚げさん、草若ちゃんひとりで全部使うてしもてる気配がするな。
これ、うどん以外ならまあええけど、わざわざお父ちゃんが好きなうどん作って待ってたてことは、それだけ草若ちゃんが僕らの帰りを楽しみに待ってた気がして、見てるの辛いていうか。
お父ちゃんもほんま、素直になったらええのに、なんでこないに意地張ってんのやろ……。
「こんなんて言うなら、兄さんはこの鯖寿司はいりませんてことでええですね。」
「小さい男やな~~~! おい、シノブ、お前そんな細かいとこで揚げ足取りしてどないすんねん……!」
「小さい草若を地で行ってた男にだけは、そういうの言われたないです。」
「オレの小さいはもう取れてるやろが。」
「形の上だけ取れてても、そもそも兄さんの器が小さいんやから、しゃあないのと違いますか?」
「……お前オレに喧嘩売ってんのか?」
「今思てることを正直に言うただけです。」
この喧嘩、いつまで続くんやろか。
薬缶でお湯沸かして、お鍋には粉末のお出汁も先に鍋に入れとこ。


あんなあお父ちゃん、好きな子に意地悪したいて、当節はそんなに流行ってへんのやで。
後でそないしてちゃんと言うたげんとあかんな。
お茶はまあ、ティーバッグでええわ。
さっと入れて、あのふたりもさっと仲直りさせへんと、いつまでもお昼食いっぱぐれたままになってまうし、な。

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