三月
「最近は、こうして、オーバーオールとか、昔の可愛い洋服がリバイバルブームなんです! カレの服を着てるっぽいシチュエーションで、こんな風にコーディネート、いかがですか?」
「へえ~。可愛い女の子限定とはいえ、あれがいまいちダサい、とはもう思われへんのやな。」
「あんなバッタモンみたいなリバイバルの流行り、ファッション業界が昔の古い型紙勿体ないからて考えてるようなもんとちゃいますか。」
「そらまあ、そうかもしれへんけどな~。」と言いながら、四草がちゃぶ台の上で仏壇屋のおばはんのとこに持って行った蜜柑の残りを剥いているところを眺める。
「一年で着なくなるような服なら、逆に箪笥の中の回転良くなっていいような気がしますけどね。」と四草が言った。
「そんなもんか。」
ここ何年かは三人家族でいるのもすっかり定着して、小浜の和田家に倣って、蜜柑も箱で買うようになっていた。周りの部屋にはまだまだ住み込みのバイトしてる奴らがいるというので、お裾分けのつもりで先回りして持って行った後でもみんなでよう食べたので、半月経たないうちに、箱にはもうあと十数個しか残っていない。
週末のおちびは、子どもは一人もふたりも同じや、と言う草々・若狭一家と一緒に、泊まりで勝山にあるゲレンデにスキーに行っている。
場所は完全に草々の趣味とはいえ、こっちも文句は言わない。
布団を一組しか敷かないでいい夜は、まあまあ便利や。
「……天気予報じゃまだ雪も降ってんのに、もうすっかり春の話やな。」
「まあ、降雪予想は日本海側だけですし、春が近いと言えばそうなんでしょう。」
「小浜も降ってんのかな。」と言うと、「そうですね。」と言った。
四草と、落語の話以外のこうした他愛のない話をするのは、上に物が置けなくなった薄型テレビの画面の中で、可愛らしい女の子が、昔の草原兄さんが着ていたようなツナギを着てるのを見るのと同じくらい妙な気分だった。
立春を過ぎたとは言え、夜はまだまだ寒いことが多い。二人所帯のうちの一人がいなくなると、部屋はてきめんに冷えてしまう。
オレの部屋に長っ尻するとおちびが風邪を引く、というので、四草と一緒にこうやってゆっくりするのは久しぶりだから、尚更そう感じるのかもしれなかった。
「オレも古い服捨てんと、もうちょっと持っといたら古着でよう売れたかもな~。」
「草若兄さんの持ってた服は特殊すぎて、ああいうのの範疇に入らんでしょう。首からアホみたいにブラブラさせてたタイと合わせた服、どこで買って来るのかと思ってましたけど。」
四草の言葉に、オレはとっさに、ちんちんぶらぶら、と頭の中に浮かんだ言葉を口にしてしまった。
反射や、反射。
隣の弟弟子の反応も早いもんで、ふっと鼻先で吹き出して、「そういうことは子どもの前では言わんようにしてください。」と口元を緩めた。
「……なんや、つまらんな~。」
「何がですか?」
「別に。」
お前、ここんとこ、オレが何言っても、何しても馬鹿にせえへん代わりに、怒りもせんやないか、とはなんとなく口に出せない雰囲気があった。
お互いにすっかりいい年になって、オヤジの命日ももうすぐだ。
七回忌の報告で、草若継いだで、と言うだけのことが出来たのに、その後はまあ、毎年毎年、出来る話が増えたとかそういう話しかしてへんな。
まだまだオヤジに胸張れるほど稼げてる訳とちゃうし。
全くなあ、とため息を吐きたいような気持ちで顔を上げると、部屋の上の方に、今年の正月に買ったばかりの熊手が見えた。
落語が生まれた時代から、庶民はずっと、小判やら船やら、仰々しいものをぎょうさん乗せたあの熊手に、自分の夢を乗せてたんや。
「底抜けもどうにかしてリバイバルせえへんかな~。おい四草、可愛い草若ちゃんのことこうやって独り占めできるのも今のうちやで!」
ほれほれ、と肘を引っ張ると、四草がちゃぶ台の前から少しだけ身体をずらしてスペースを開けたので、オレは良く出来ましたとばかり、ごろんと横になって胡坐の上に頭を乗せた。
「独り占めて……兄さん、隙あらばこうやって人の膝に乗ってるやないですか。」
僕やなくてもええんでしょう、と拗ねたことまでは言わない口で、そこまで出かかっているという顔をしている四草が妙に可愛いように思えて困る。
まあオレの目がおかしいんやな。
お前かて、こうしてオレのこと甘やかしとるやないか。
そういえば、四草とこないなりましたというのを改めて言うのもなんだかなというところで、墓の前ではまだ報告してないような気がした。
言わなあかんか、そろそろ……?
うーん、……めんどいな。
春になったら、皆と行く前に、墓の掃除とかそういう口実付けて、二人でオヤジとおかんの墓参ってくるか。
そないしよ。
「四草、お前、今年の三月は、適当にオレの休みと一緒になるように一日空けとけよ。」
「なんでですか?」
「ええやろ、別に。なんででもや!」と言うと、四草が、独り占めさせてくれるならええですけど、どうせ三人目も連れてくつもりでしょう、と言って小さく笑った。
「……そらそうやな。」
三人で行くか、と言うと、そないしましょう、と親の顔をした男が笑っている。
はよ布団の中でオレだけのもんになったらええのにな、と思ったけど、オレも、そういうのは言葉にはしないことにした。
「蜜柑分けてくれ。」と言うと、長い指がオレの口の中に小さくもざいた蜜柑を入れた。
大きな蜜柑のぼやけた甘さが、じんわりと口の中に広がった。
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