2023/10/16 変わり種四種

 ――新作料理があるから食べに来てよ

 居酒屋でバイトをしている親友のマゼルのお誘いを受けて、ヴェルナーとドレクスラーが彼のバイト先の店を訪れたのは、夏の暑さが和らぎ始めたころだった。
 居酒屋のバイトと言えばブラックバイトなどと取り出さられることもあり、ヴェルナーは秘かに心配していたのだが、今のところは楽しく働いているようだ。いざとなったらうちの顧問弁護士団でもってバイト先を潰してやろう。と思っているヴェルナーは自他ともに認める親友強火担だ。その辺をよく理解しているドレクスラーは、マゼルのバイト先が今後もずっと優良バイト先であることを心から願っている。

 ――|閑話休題《それはさておき》

「いらっしゃい! マゼルくーん、お二人来たよー」
「ありがとう、コリーナさん!」

 二人が店に入ると、肩の方で二つに結んだおさげ風の髪型の女性がパッと笑みを浮かべて奥へと声をかける。その声に顔をあげパッと笑みを浮かべた。うおっと、ヴェルナーが小さく声を上げるのにドレクスラーが内心で笑う。
 マゼルの顔が大好きらしいヴェルナーはよくこうしてマゼルの全開の笑みにやられている。もっとも、そんなマゼルの全開の笑みを向けられているのはヴェルナーだけなのだが、果たして自覚があるのか。

「いらっしゃい二人とも。今席にご案内します」
「おう」
「あぁ」

 にこにこと笑顔の大盤振る舞いでマゼルが二人を席に案内する。素早くお冷と手拭きが差し出される。

「ご注文は」
「ビールと、新作四品」
「まずは、な」
「ご注文いただきました!」

 簡潔な注文にマゼルも頷くと振り返ってカウンターの向こうの対象に注文を告げる「アイヨ!」とこれまた威勢のいい声が返ってきた。

「新作のホタテマスタードと、甘エビの昆布和え、中華風ポテトフライ、最後がポキだよ」
「これまた、攻めたなぁ」
「ホタテに、キウイって味が想像できねぇ」

 トントントン、トン。と、小鉢が乗せられ、最後にビールジョッキが二つ。「ごゆっくり!」と、最後まで輝く笑みを残したマゼルが去っていった。二人は顔を見合わせ、「まずは」と、ジョッキを手にした。ゴンッと、無言でグラスを合わせた後にぐいっと半分ほど飲み干した。

「じゃ、まずは、一番わからんホタテマスタードと言うやつ」
「だな」

 箸を手にヴェルナーが言うと、ドレクスラーも頷く。白いホタテにマスタードの粒々。そこに一緒に和えられているのは黄緑色の半月。果物のキウイである。
 おそるおそるホタテとキウイを箸でつまんで口の中に。パチリと意外にまつげが長いヴェルナーの瞳が瞬いたのがドレクスラーに分かった。

「お、意外とあうな。これ、白ミソか?」
「酸味があう。甘じょっぱくていいな」
「ビールより白ワインだろ、これ。マゼル、白!」
「はーい!」

 残りのビールを飲み干したヴェルナーがマゼルに言うと、パッと白ワインのグラスが二つやってきた。わかってたのか、と、ヴェルナーが視線を向ければ、親友のにっこりとした笑みとその奥に親父のにやりとした笑みがあった。
 なんとなく憮然としながらグラスを傾けながら残りを浚った。

「ポキってマグロだっけ?」
「あーたしか刺身を小さくカットしたものを醤油や食用油をベースに作った調味料に漬け込んだ料理じゃなかったか?」
「あぁ、調理法の方か」

 ドレクスラーが首をかしげるとヴェルナーが「ハワイのローカルフードだったはず」と付け加えた。相変わらず変なことに詳しいなぁ。と、呆れたような感心したような口調で言うドレクスラーに、ヴェルナーも「たまたまだ」と肩をすくめる。
 ヴェルナーの専攻は風俗史や風土史をベースとした文化系の学部なのでその一環の資料で読んだらしい。

「セイファート教授はお変わりなく?」
「殺したって死にそうにないぞ、あの爺さん」
「わかる」

 クックッと二人して笑いながらポキを浚い、甘エビの昆布和え、中華風ポテトフライと空にしていく。これはビール、こっちは日本酒。などと好きかって言って、さらに定番料理をいくつか頼んだ二人は、二時間ほどで席を立った。

「二人とも、今日はありがとう!」
「ただ食べただけだけどな」
「そんなことないよ! ヴェルナーの舌は確かだもん!」
「まぁこいつ、うまいもの食ってるからな」
「そこまでではないと思うがなぁ」

 別に毎日ステーキを食ってるわけじゃないぞ。と言うヴァルナーもまた、割と食生活の発想は貧困な方だ。だが旨いものを知っている。と言う意味では確かに三人の中で一番ヴェルナーが知っているだろう。

「それじゃまた明日大学で!」
「おう、頑張れよ」
「また来るぜ」

 ドレクスラーは最後だけはパチンとバイトの女性にウィンクをして二人は去っていった。相変わらずマメだなぁ。と、ヴェルナーは呆れていたが、特に何も言うこともない。
 そのまま二人でぶらぶらと歩き、方向が分かれるところで自然に別れる。いつものような日常がそこにあった。

powered by 小説執筆ツール「notes」