焼肉、映画
その日は、朝から小雨がしとしとと降る日だった。
遅れてくると連絡のあった相手を、桜木町の改札口で待つ。
ほんの数分待てば、相手は駆け足でやって来て、息が上がったまま「すみません、遅れて……」と言った。
連れは、屋根のある構内から外の広場を見て「雨ですね」とどことなく残念そうな声でつぶやく。
「雨のほうが人も少なくていいんじゃねえか?」
「……それもそうですよね。というか、今日ほとんど外出ませんしね……これくらいなら」
そうだ。このくらいの雨なら嫌いじゃない。
暴風雨というわけでもない、梅雨の、よくある、細く長く降る雨だ。
「それじゃ、お昼食べましょう!」
その一言で、連れたって隣接する商業施設へと歩を進めた。
まずは昼食をとる。
昼は譲介のリクエストで、焼肉と決まっていた。
「いやー、僕朝ごはん食べ損ねちゃって。もうかなりお腹へってます」
レストランのある上層階へ向う途中に、腹具合の説明がなされる。
目当ての店で通された席からは、いかにも「観光地・横浜」という景色が広がっていた。
往時の航海練習船や、結婚式場、コスモワールドの観覧車、その奥には半月型のインターコンチネンタルやら。
今日はそれらもみな、細くふりそそぐ霧雨にけぶり、灰色の世界の中にぼんやりとたたずんでいた。雨の世界だ。雨の、横浜。
横を見れば隣に座る青年は、旺盛に食事を進め、大盛りの白米をあっというまに平らげていた。
俺はその食いっぷりを眺めながら、自分の食事をつつがなく進めた。
さすがに脂身は胃にもたれるようになったとはいえ、白米と旨みの詰まった牛肉の食い合わせは目の覚めるような美味さだった。
「時間は大丈夫か? この後は映画なんだろ?」
「あ、ええ。はい。時間は大丈夫です。ただ、えっと。すみません。まだチケットとってなくて。遅刻したし、あなたといるときにスマホ見たくなかったしで」
昼を食べて、映画館へ行く。のんきなもんだ。この予定と誘いを聞いたときは、本当にそれでいいのか確認した。
「食べた後眠くなるってことを勘定に入れてませんでした」
劇場の券売機で2人分の席を選ぶ最中に、画面に向って、とんでもない失敗をしたという声で言うので、さすがに少し可笑しくなった。
上映されるスクリーンの入り口には、映画のポスターが掲示されていた。
邦題の下の、控えめに記された原題が目に留まる。”Poor Things” と。
「ドクター?」
足を止め見入っていた俺に、暗い通路を背にして譲介が声をかける。
スクリーン内の照明は通路にはほんの届いていない。
俺は闇の奥へ誘われるようにして、スクリーンの中へ歩を進めた。
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