きみのなまえを/Sジナ(2020.9.6)

「SQは。SQと呼ばれるのは、嫌?」
 椀によそった白米に箸をつけようとしながら、SQは首を傾げた。ジナが航宙管制官として復職し、その元に身を寄せながら学校に通っているあいだ、誰にもそのようなことを言われたことはなかった。
「どうしたのかにゃ、ジナさん。SQちゃんはSQちゃんだよ?」
「そう。なら、いい」
 口数が少ないうえ、話すのが得意でないジナとの食卓は静かになることも多い。SQはどちらかというとよく喋るほうだったが、ジナと二人で過ごす穏やかな時間も悪くなかった。太らせるのが好きと公言しながら、ジナは食事によく気を遣ってくれたし、SQが美容に関心があることにも理解を示してくれていた。
「んーと……SQちゃんは、ママからもらった名前だし、みんなそう呼んでくれるから、この名前のこと好きだZE?[#「?」は縦中横]」
 ジナの思惑を探ろうと、思ったことを告げる。SQが母親の人格の受け皿として生まれたということをジナに話したのは先週のことだ。促成装置と移植された記憶で、なんとか見た目程度には知識があるふりをすることはできていたが、それでも自分で体験してみるのとは違う。実際、学校に通い始めてからは知ることそのものが楽しく、充実した毎日を過ごしていた。
「でも、それは。製造番号みたいなものだから」
 そう言われて、SQは確かにそのことに思い至った。一番から数えて、五百十一番め。本来はママ──マナンとして存在するはずだった体。人工的に作られたもの。培養ポッドから出て三年ほどが経った。名前を呼ばれることにも慣れた。人格の移植の失敗作としてほとんど廃棄のように外に放り出されて、なんとか自分の力で生きようとしてきた。その中でわかったことの中にそれがある。
「でも、SQちゃんはSQちゃんかな。移植に失敗した中で、固有の人格が生まれたのはSQだけだったんだよNE。他の誰かじゃだめだったんだよ。だから、SQは、五百十一番めのSQなのDEATH」
 相槌を打つジナが柔く微笑む。それを見ると、心がふわりとあたたかくなる。知識はあっても、体験してみるのとは違う。ラヴリィジナ。呼び掛けようとして惑うのすら新鮮に感じる。この感情の名前を、きっとどこかで知っているはずだった。
「ありがと、ジナ」
「ううん。私こそ。余計なこと、聞いたかも」
 そんなことはなかったけれど、そうだとしてもそれでよかった。だって、ジナにならどんな話もできると思ったから、あんなヘヴィなことも話したのだ。
「SQ。今週末、予定は?」
「ん? SQちゃんと遊びにいくかい?」
 学校でも友達の多いSQはなにかと遊び回っていることも多いが、今週末は幸いなんの予定もない。これまでジナから誘われたことはなく、いつも当日になってから二人とも予定がないことに気付いたSQがジナの手を引くように出掛けるのだ。
「うん。SQが、良ければ」
 ぱちぱち。と、SQはまばたきをした。ジナは、休日は教会へ母に会いに行くこともあるため、実のところ遠慮が勝つ。だから予定を合わせることはなかった。なかったの、だけれど。
「い、いいの?」
「うん。今は、SQと過ごしたいから」
 ジナは言葉少なではあれど、誠実で嘘はつかない。SQはこの数年でそれをよく知っている。嬉しい、と伝えると、ジナが頬を赤らめた。SQはそれに気が付かないまま、当日の予定を頭の中で組み始めている。
 
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