エスデュ・メガテンパロ3


いつものメガテンパロ。いろいろ悩んだ結果ゲーム本編のイベントっぽくすることにしました。監督生からすると「女王の心臓」メンバー登場回ですがデュース視点だと監督生・オクタヴィネル登場回。
たぶんこの監督生はしばらくの間エースのことを「女王の心臓」の一般隊員だと思い込む。

追記:サバナクロー顔見せイベントを増やしました。どうせならロウ・カオス・ニュートラルのボスの顔くらい覚えてもらおうと思った。

マシュマロしてます。感想お待ちしてますhttps://marshmallow-qa.com/wc1991?utm_medium=url_text&utm_source=promotion

依頼「誘惑の粉お買い上げのお客様について」
「ご存じでしょうが、我がモストロ・ラウンジでは対悪魔戦闘で役立つ消耗品を多数取りそろえております。中には数十個・数百個単位でご注文いただけることもあるのですが……一件、気になるご注文がありまして。新規のお客様、料金は即日お振り込み、もちろん当店はお客様の依怙贔屓など致しません。きっちり耳を揃えて、『誘惑の粉』五百包をお届けいたしました。……が、やはりどうも気になる。
 あなたにはこちらの団体に潜入していただき、当店がご用意した『誘惑の粉』がどこにあるのか、どういった理由でこんなにまとまった数が必要になったのか、調査していただきたいと思います。もちろん、働きに見合った対価はお渡し致しますよ」

Q.監督生はそこら辺にマグネタイトを垂れ流しまくってるのにどうして空にならないんですか?
A.悪魔合体とかクエスト発注とかでバー「ディアソムニア」に行く度にマレウスが補充してくれるからです。ずっと行かないでいても、章クリアごとにディアに行く仕様のゲームなので、必ず補充されて満タンになります。

Q.ゲームだと主人公はバリバリ悪魔召喚してるけど悪魔召喚師の仲魔制限とかどうなってるの?
A.このパロだけの仕様です。一応、「本家メガテンは世界がヤバイことになってから悪魔召喚師になってるから、空気中にマグネタイトが漂ってるけど、このパロはまだ世界がヤバイことになってない時系列の方が長いので、悪魔召喚師は召喚と維持が大変」ということになってます。

Q.レオナさんはデュースより強い?
A.設定上、監督生が悪魔召喚師になった時点で
各勢力のボス Lv.50
ネームド幹部キャラ Lv.40
ネームド一般構成員 Lv.30
ノーネーム一般構成員 Lv.20
ニュートラルルート勢力はここからレベルをマイナス10しています。シナリオ進行によりレベルは上昇します。
今回のデュースは「装備ゼロ消費アイテムゼロでフィールド徘徊型高難易度エネミーに遭遇してしまった冒険者」というポジションです。戦ったら死ぬ。

ツイ腐テ エスデュ


 ――結局それで生還したんだろ
 ――悪魔の群れん中突っ込んで、仲魔の援護なしってどーゆー神経してんだよ
 ぼそぼそと、低く言い交わされる声が聞こえる。こちらを窺う目線がいくつも、周囲のざわめきに紛れると思っているのか、好き勝手に言い募る声は反響して結局僕の元まで届いた。内容に変わり映えがないので、もう何とも思わないのだが。
 ――死にたがりのがまだ説明つくぜ
 ――素人つっても銃口向けられて正面ダッシュはキチガイすぎんだろ
 ――なんなんだよアイツ、ほんとバケモンだよな
 溜め息を吐きながらロッカーの戸を閉める。これだから交代直後のロッカールームは嫌いだ。いつもなら避ける時間帯だが、今日はこの後の任務の都合上、着替える必要があったので仕方なく立ち寄った。シフト終了後で気が緩んだ隊員たちにとって、僕の姿は格好の暇つぶしになってしまったらしかった。
(お前らがそうできないからって、どうして僕が責められなきゃならないんだ)
 僕を表すなら「適材適所」で十分だろうに、どうしてか隊員たちは僕をなんとか引きずり下ろそうとする。それも腕力によってではなく、口先で僕を貶めることで自分たちの中の「デュース・スペード」の価値を引き下げることに躍起になっていた。さっぱりわからない。想像の「デュース・スペード」がどうであったとしても、僕の行いに何ら関与しないのに。
 いっそ数を頼みに向かってきてくれる方がよっぽど楽だった。力を示せば黙る分、かつて荒れていた頃の不良仲間の方がわかりやすい。
 出口に向かおうとして、ちょうどそこからひょいと顔を出した人影があった。
「デュースいる? グズグズしてんなよ」
「少しの間くらい大人しくしておけ。今出る」
 りょーかい、と笑った拍子に赤みのブラウンの髪が揺れる。着崩したスーツ、赤い瞳、フェイスペイントのないエースが、不真面目なビジネスマンといった風情で僕を待っていた。

 ショッピングモールから撤収した後、僕は上官に呼び出され、こっぴどく叱られた。曰く「急行せよとは言ったがそれは現地の様子を確認し隊を組み直して追跡及び対応に当たれという意味で、到着順に単独行動で対象の後を追えという意味ではない」らしい。確かに今回の僕は焦る余り軽率な行動を取っていたので、甘んじて受けることにした。一通りの叱責の後、僕は許可のない単独行動を禁止されたが、それで万事うまくいくかというとそんなわけもなかった。
 悪目立ちした僕を、部隊の面々は見事に持て余した。僕をどう扱えばいいかわからない上官の指示は曖昧になり、ポジションが浮いた僕は結局単独で対象に接近したり自己判断で後詰めについたりして、任務は達成できたけれども結局また呼び出されて叱責された。そうは言っても、現地で小銃抱えてぼんやり突っ立っているだけというわけにもいかないので、上官が指示をくれないなら自己判断ででも動かなければならない。公務員とは社会に奉仕する者だし、「女王の心臓」は市民に仇なす悪魔を倒すための機関だ。ただ立っているだけなどということが、許されるはずもない。
 僕の話は上へ上へと伝わっていき、結局総隊長のトレイ・クローバーまで届いた。クローバー総隊長に呼び出されたときは流石にクビを覚悟したし、呼び出し先が演習場なのは不思議だったが、そこで総隊長相手に模擬戦闘をする羽目になるとは思っていなかった。しかもCOMP使用可。とはいえ「女王の心臓」実質ナンバー2相手に何ができるわけもなく、僕はあっさりと床に転がされてしまったのだが。
 天井を見上げる僕に笑いながら手を貸したクローバー総隊長は、うんうんと頷いてから同じくぼろぼろのエースを見て言った。
「じゃあ、スペードの監視役はお前っていうことで」
「は?」
「は?」
 そういうわけで、僕と四六時中共に行動しそれを記録に残す監視役として、エースが抜擢されることになった。いやエースは僕の仲魔なんだが。自分が契約した悪魔に監視される召喚士って何だ?
 しかし始めてみると、僕はエースと契約しているので当然戦闘中も一緒に行動しているし、エースは僕の癖をよく飲み込んでいるので連携も楽だし、駄目だと思ったら僕の首根っこ引っ掴んででも連れ戻した。僕の行いを容赦なく告げ口する様は上層部のお気に召したらしく、僕は面倒な書類手続きの末エースの常時顕現権を得ることになった。戦闘中以外、用事がなくてもマグネタイトを消費してエースをCOMPから出していい権利だ。これはローズハート局長以下一部の幹部クラスにしか与えられていないはずの権利で、役職すらない一隊員の僕がそれを得るのは破格の待遇と言えた。まあそれで何をするかというと僕の監視と告げ口なので、僕としてはさっぱり嬉しくない。
 そしてそれに伴って、エースの変装が必要になった。「女王の心臓」が悪魔を相手取る機関であることは部外秘で、世間の混乱を避けるため悪魔の存在そのものを秘匿している。いくらエースの種族「バルバトス」が悪魔にしてはヒトに近い姿形をしていても、不健康どころか死体のような白さの肌と、それからコウモリの羽に長い尻尾を見れば、エースがヒトではないことは明らかだったからだ。
 人間界に長くいた分霊であるエースは妙な術をいろいろ知っていて、羽と尻尾を隠し肌の色を誤魔化したエースは僕と同じ年頃の人間にしか見えなくなった。よく見ると赤い瞳の瞳孔はヒトのそれとは違っていたけれど、よく見ないとわからないしカラーコンタクトで誤魔化せる範囲だった。そこは物理的手段なのかよ。
 仕上げとばかりにスーツを着たエースは普通の人間にしか見えなくて、僕はいつか母に聞かせた「同僚のエース」が形になってそこにいることに不可思議な感触を得ていた。

 エースと連れ立って街を歩く。これまでも何度かしてきたことのはずだが、未だにどうにも落ち着かない。ちら、と傍らを見れば、エースは気負ったところのない足取りでだらだらと歩いていた。この奇妙な状況に、特段の疑問は持っていないらしい。
「デュース」
 急に呼びかけられて足が止まりかけた。無理矢理前に出した足が奇妙なステップを踏む。周囲には一般人もいて、こちらをちらちらと窺ってくる。うっかり転びかけたと思ってくれ、と願いながら、僕はできるだけ平然と胸を張って前を見た。悪魔がくすりと笑う。
「堅すぎだろ。もちょっとリラックスしようぜ? オレらこれから、『幸せになりに』行くんだからさ」
 今回の任務は潜入調査だ。もうこの字面が僕の適性から大きく外れているのは承知の上だが、辞令が下りてきてしまったのだから仕方がない。たかが部隊の一隊員、上からの命令に逆らえるはずもなかった。
 幸い下準備に年単位でかかるような難易度の仕事ではない。今日のところは、単に一般公開のセミナーに参加するだけだ。掲げた題目は「人生の幸せを見逃さないための五つのサイン」。新聞の下段にある啓発本の広告みたいなタイトルだ。こんな判で押したようなセミナーを主催している団体が、悪魔を使っているらしい、との情報があった。
 もしこの団体が本当は悪魔が作り出したものであれば、目的は自然と二つに分けられる。マグネタイトか、ゲートか。セミナーに参加する人間からマグネタイトを着服していたり、それを使って魔界のゲートを開くことが目的なのであれば、地界の秩序の番人たる「女王の心臓」としてはこれを必ず阻止しなければならない。
 しかし現状証拠がなく、団体の本部に踏み込むこともできないので、こうして隊員に潜入調査などということをさせているのだった。何でもいいから証拠っぽいものを持ち帰れ、実に雑な指示の元、僕はこうしてエースと連れ立って、件のうさんくさいセミナーの会場へ向かっている。
「でも、証拠っぽいものなんて、一体何をどうすれば……」
 溜め息を吐くと、隣のエースが「お、その憂鬱そうな溜め息は参加者っぽい」と笑った。
「まーわかりやすいとこだと、召喚された悪魔、悪魔召喚プログラム入りの端末、あとはマグネタイト吸われた人間の死体ー……とか?」
「おい! そういうことを往来で……!」
「そう慌てんなって。ゲームの話か何かだと思われんのがオチだっつの。お前らがそういう秩序を世間に提供してんだろーが」
 エースの言う通り、道行く人は僕らの会話など気にも留めず、自分の目的地へ向かって足を進めている。僕は咳払いを一つして、「せめてもっと声を落とせ」と言うに留めた。
「まぁそんなわっかりやすいモン初参加の余所者に見せてくれるわけもねぇし? 通い詰めて信用積んで、ボロ出すの待つのが定石ってやつなんじゃねぇの」
「時間がかかってしまうな……」
「潜入捜査なんてそんなもんでしょ。どー考えてもお前向きじゃねーけど、要するに『もうちょっと考えて動きなさいね』っていうありがたーい諌言でしょ? 今回の辞令って」
 思わず息を詰めて、エースにけらけらと笑われた。自身が浅慮に過ぎるという自覚は余りある。もっと先を見据えた行動を心がけるべきだとも。それでも目の前の困難を、課題を、最短で乗り越えられそうな方向に走り出してしまう癖はなかなか直らない。
「まぁホラ今日は様子見って感じだし。あんま気負わずに、気楽に行こうぜ」
 リラックスした様子のエースに言われるも、重い溜め息を吐かずにはいられなかった。

 会場は雑居ビル一階のレンタルスペース。入っていた銀行が移転し、空いたスペースをそのまま利用しているらしかった。昔は待ち合いや受付があっただろう場所には長机とパイプ椅子が並べられ、かつての事務室がそのままスタッフルームになっているらしい。
 まだ開始前の会場はゆるい空気が流れていて、参加者同士で話が弾んでいるグループもあるようだった。微かなざわめきの中、僕は慣れない雰囲気にそっと息を吐く。
 隣り合った椅子でぺちゃくちゃ喋る中年の女性、無駄に椅子の上でふんぞり返る初老の男性、一見夫婦で穏やかに会話を楽しんでいる風の老夫婦もいれば、背を丸めて机の上を睨み続ける若い女性もいる。全体的に平均年齢は高い印象だが、若年層がいないわけではない。殊更に浮くことはなさそうだと、僕は胸を撫で下ろした。
 僕とエースは「噂のセミナーを見学に来た営業職」という設定になっている。同じ会社の同僚で、どちらも仕事は順調だが、僕が部署の人間関係で悩んでいるのを見かねたエースがここに連れてきた。何か聞かれたらそう説明すればいいと言われた。細かいところは守秘義務に気をつけてそのまま話してしまって構わないとも。「デュースがいきなり細かい設定覚えられるわけねーじゃん」とエースが現実に近いカバーストーリーを考えてくれたのだ。正直有り難い。誰かに何か訊ねられる事態なんて、僕は想像もしていなかった。僕一人だったら、ただここへ来てぼんやりセミナーを見学するだけで終わっただろう。よくよく気が利く悪魔だった。
 エースにばかり仕事をさせるわけにはいかない。僕はぐるりと会場を見回して、何か手がかりになりそうなものはないか探した。会場内には何人かのスタッフが待機していて、参加者からの質問に答えたり、乱れた椅子を直したりしている。スタッフだけでなく参加者からも話を聞きたかった。うまく話しかけて、様子を探れないだろうか。
 見ればエースは人懐っこい笑顔の仮面をつけて中年女性のグループに入りこんでいる。性別も世代も違うのによくもまああっさりと。僕に同じことができるなどと自惚れるつもりはないが、少しでも情報が得られるよう努力しなければならない。
「――あの、すみません」
 僕は意を決して、近くで掲示物の歪みを直していたスタッフに声をかけた。

「今日が初参加ですか? お越しいただきありがとうございます! 当セミナーでは、あなたのような『なんだかぼんやりと不安だけど、何が問題なのかわからないし、どうしたらいいのかもわからない』というような方にもおすすめなんです。人生を見つめ直し、新たなる門出を迎えられるよう、精一杯のお手伝いをさせていただきます!」
「あー……いえ、ボクはただのバイトなんで……セミナーも受けたことないです。興味もないし……なんか怖いから、次からもう来ません」
「幸せになりたいか? 変なこと聞くなぁ、だからセミナー受けに来たんじゃないのか? 自己分析と反省を繰り返してもいまいちうまくいかないから、見方を変えてみようと思ってヒントをもらいに来たんだよ。今までにもいくつかこういう講座を聞いたんだけど、どれもいまいちでね……今回はアタリだと嬉しいな。まぁハズレでも幸せになれるまで努力し続けるけどね」
「……こんなこと言うと、主催さんには悪いんだけど。正直アタシはこういうセミナーって嫌いなのよ……でもご近所の奥さんたちが乗り気だと、一人だけ不参加っていうのも……ねぇ? ごめんなさいね、初対面の若い人にこんな話しちゃって……誰かに愚痴を聞いてもらいたかったの。できれば忘れてね」
「あ、ボクはそういうんじゃなくて、卒論のために来たんです。行動人類学が専攻なんですけど、幸福になるため、幸福であるために人類が行ってきたさまざまなトライアンドエラーがどの程度周知されて後続の人類に生かされているかのデータ集めとして……あ、すいません。とにかくボクはこのセミナーで得たいことは、しゅしゃいしゃしゃん……すいませんちょっと黙ります……」
「はは、そんなにしゃかりきになってるわけじゃあない。なんせこの年だからね。でもまぁ、こういう催しってのは準備が手間なわりに興味を持ってくれる人が少ない。スカスカの会場は寂しいだろう? だから妻と二人、できるだけこういう場に顔を出して、せめて二席分埋めてやることにしてるのさ」
「幸せ? ……なりたいに決まってる、幸せになる、なるの、あの人とぜったい」
 どうやら参加者の真剣度にはかなりの温度差があるようだった。会場をざっと一回りして、さっきのバイトのスタッフにもう一度話を聞こうと歩き出しかけたところに、エースが戻ってきた。
「よーう。頑張ってるじゃんデュースくん」
「茶化すな。そっちはどうだ」
「なんだって女ってのはいつの時代も話が長ぇのかね。収穫なし。参加者は何も知らねえんじゃねえかな。ただし」
 コンタクトで丸く見せている動かない瞳孔が、すうっと横に流れた。
「……うまく誤魔化してるつもりだろうけど。気付いてる? スタッフの何人か、悪魔だぜ」
 ……息を呑むのを咳払いで誤魔化した。確かか、と訊ねると、「とーぜんじゃん」と笑われる。何か雑談の相槌のように。
「昨日今日契約した連中とは年季が違うんだっつーの。ヒトは目も鼻もオレらより利かねぇからわかんねーだろーけど、オレからはバレバレ」
 表面上は楽しげに笑っているが、その口から漏れる声は低く、覚えのある質だった。嘲笑うための声。
「……お前の感覚だけじゃ証拠にならない。どうやって確かめればいい?」
「つっついてボロ出させるか、召喚士探すか……いるとしたら奥だろうけど」
 スタッフルームのドアにはしっかり「関係者以外立ち入り禁止」の紙が貼られている。こっそり忍び込もうにもスタッフの出入りは頻繁だし、ドアの中がどうなっているかわからないうちに侵入は無謀だ。
「一般人のいる場で悪魔の正体を明かさせるわけにはいかない。混乱のどさくさで怪我人が出る。お年寄りの参加者もいるんだぞ」
「あー……それなんだけど、ね?」
 エースが急に目を逸らし、気まずそうに後ろ頭を掻いた。この妙に人間くさい仕草は、エースが「怒られるかもしれないことを誤魔化したいとき」によく使う。……一体何をやらかした?
「オレらが何にもしなくてもそうなっちゃうかも……いや今回はマジでオレ悪くない、事故。みんな運が悪かったんだってことで。――オレなんか喉渇いちゃったから水もらってくるわ!」
「は? おいエース!」
 ひらりと手を振ったエースは、伸ばした僕の手をするりと避けてウォーターサーバーの方へ歩いて行ってしまった。あの野郎。
「――あの」
 それをすぐさま追うことができなかったのは、背後から声をかけられたからだ。まだ大人になりきらない、声変わりが終わったばかりの少年の声。
「今少し、いいですか」
 振り返ると声の通りの少年がいた。少し小柄で、成長途中の細い体で、大きなトートバックを肩にかけ、持ち手をぎゅっと握っている。僕はエースを怒鳴りつけようとしていた口を取り繕って、「どうぞ」と言った。
「あなたは、どうしてここに?」
「同僚に誘われて。……恥ずかしい話、職場であまりうまくいっていないんです。部署の人とうまく馴染めなくて」
 用意していた答えがきちんと言えたことに、僕は胸をなで下ろした。浮いているのは事実だからまるきり嘘ということでもない。
「幸せになりたいと思います?」
「ええと……まぁ、そこそこには。ただ僕は、こういうセミナーに出たからといって、すぐさま幸せになれるとは思っていません。今日も同僚の顔を立てて、気晴らしのようなつもりで来ただけです」
 少し迷ったが、相手は高校生くらいの少年だし、参加者の期待度にもムラがある。これくらいは言ってしまってもいいだろう。実際少年も、「そんなもんだよな」という顔で頷いている。
「幸せになれるかどうかなんて、結局自分の認識の問題です。現状に満足しているか、していないならどうすればいいか。完全に満足している状態じゃないと幸せじゃないという人もいるでしょうが、僕は『幸せになるための努力ができる』環境も、十分に幸福なんじゃないかと思うんです」
 付け足した言葉がうっかり長くなってしまって、僕は口元を覆って目を逸らした。何を語っているんだ僕は。
「……すみません、説教みたいな話を。君が年下だからってこんな……」
「気にしないで。気にしてませんから」
 少年はひらひらと手を振って薄く微笑んだ。人当たりのいい、善良そうな少年だ。……正直、このセミナーのテーマとは沿わない人間だと思う。まるきり「普通の高校生」が、「幸せになるためのセミナー」に何の用だろう。
「訊いてもいいですか。どうして君はここに? 君くらいの年なら、もっと……青少年向けの科学講座とか、スポーツ選手の講演会とか、そういう内容の方が興味を向けやすいでしょう」
「学校の課題です」
 少年が語るには、総合学習の課題で、「語る言葉」をテーマにしたレポートをまとめなければならないらしい。ニュースキャスターの喋り方、ラジオのパーソナリティの語り口、そして講演会。そういう材料を集めて、どれがどのように違うのかを記述するのだとか。このセミナーを選んだのは、時間と自宅までの距離を加味すると、ここが丁度良かったからだとか。……高校生の課題としては難しすぎないだろうか。
「なんというか……大変ですね。いいレポートになるよう応援しています」
「ありがとうございます」
 少年はぺこりと頭を下げて、別の参加者の方へ歩いて行った。挨拶をして、同じように「どうしてこのセミナーに?」「幸せになりたいですか?」と訊ねている。
 ……その質問が先程まで僕が訊ね回っていたものと同じであることに気付いた。
「デュース」
 いつの間にか戻ってきたエースが、ちょいちょいと僕の腰をつつく。こつこつ音がするのは、そこにCOMPを収めているからだ。
「エース、お前、さっきは一体何を……!」
「いいからコレ出して。MAG数値見て早く」
 エースの表情がわかりやすく焦っている。本気で焦っているというより、不用意な言葉を出せない現状で僕に合図を出しているつもりなのだろう。僕は渋々COMPを出し、エースの体を盾にして画面を見た。
「……は」
「な、ヤバいだろ」
 エースが大仰な仕草で肩を竦めた。
 COMPには周辺の悪魔や悪魔召喚師のデータを勝手にスキャンして表示する機能がある。特別にジャミングでもかけない限り、手の内はお互いばれていると言ってもいい。そして先程の少年が悪魔召喚師であることも、この表示で明らかだった。すぐ傍に悪魔の反応があるが、ピクシーやアガシオン、ポルターガイストなどの悪魔は相当に小柄だ。トートバッグの中にも入るだろう。問題はそこではない。
「おい……この数値は何だ。僕の倍……三倍……いやもっと……?」
「や……っべえだろ。オレも隣通ったときゾクっとしたわ。別に足りてねぇってわけでもねぇのにクラっときたもん。無防備にそこら辺歩いてていい人間じゃねぇよ」
 エースの笑顔が引きつっている。これは本気だ。
 生体マグネタイト、という言葉がある。これは現在の地球では未だ存在が証明されていないダークマター、未確認物体の一種で、悪魔が人間界で存在を保つにはエネルギーとしてこれが必要不可欠だ。生体、とつく通り、これは生命体が作り出せるものの一つで、悪魔が人間を主な標的とするのは、地球上で最も生体マグネタイトの生成量が多いのが人間だからだ、という説もあるらしい。一般的に優秀な悪魔召喚師ほど生体マグネタイトが多い傾向にある。因果関係は謎だが、僕の生体マグネタイト量は他の隊員よりも多い。
 そして少年の生体マグネタイトは、すれ違っただけの雑なスキャン結果ですら、僕の三倍を記録している。正確に計測すればどれほどになるか検討もつかない。
「しかもあいつコントロールできてない。通った後に足跡みたいにべったり痕跡残ってんの。もうやーばい、周りの雑魚悪魔共がいつ猫破り捨てて襲ってくるかわかんねぇわ」
「おい嘘だろう、ここに一体何人一般人がいると思ってるんだ……!」
 少年のステータスは駆け出しの悪魔召喚師といったところ。ここにいる悪魔の質は知らないが、とても体質に見合ったレベルとは思えない。こういった資質は生命の危機に陥ったとき発現しやすいと聞くから、突然マグネタイトの生成量が増え、慌てて悪魔召喚師として修練を始めたのかもしれなかった。それにしたって単独行動は危うすぎる。誰から悪魔の話を聞いたのか知らないが、誰かが監督役につくべきだ。
「くっ……、仕方ない、任務は中止だ。あの少年を最優先で保護する。このままじゃ一体どんな悪魔に目をつけられるか……!」
「あー……遅かったみたい」
 見ればトートバッグを覗き込む少年に、誰かが近寄っている。ふらふらと頼りない足取りは、先程掲示物を直していた女性スタッフだった。振り返った少年の手前で、女性スタッフがぴた、と立ち止まる。
「あの……何か?」
「もう……もう我慢できナイ……」
 女性の声が掠れ、濁り、肩が不自然にびくんと跳ねる。
 COMPのビープ音が鳴った。悪魔出現の知らせだった。
「お願イ……アナタの脳ミソ、啜ラセテェ!」
「うわぁ!?」
 がくん、ばきん、がきばきびき!
 耳障りな音を立てて女性の姿が変形する。人間の偽装をやめて正体を現したのだ。それを間近で見せられた少年が、後ずさりそこねて尻餅をつく。放り出されたトートバッグから、ノート、財布、それから何か毛むくじゃらなものが転がり出た。
「ぶなっ!? オイ子分、もっとオレ様を丁寧に扱うんだゾ!」
 一見すると猫のように見えるそれは、おそらくCOMPに反応があった悪魔だろう。丸い腹と大きな目には愛嬌があるが、必要以上に尖った牙、先端が三つ叉に分かれた尾、それから青い炎を宿した耳から、通常の生物でないことは明らかだった。
(ケット・シー……じゃないな。見覚えがない種族だ。どこかの研究所の人工悪魔か?)
 悲しいことに、人間が自らの手で悪魔を造りだそうとする例は後を絶たない。通常の手順で呼び出す悪魔より、もっとローコストで従順な兵器を造りだそうと、悪魔の解体や実験・培養を試みる研究者はあちこちにいるのだ。大概は失敗するし、形になったとしても暴走して研究員ごとラボが潰れるのがほとんどだ。ごくごく稀に成功することもあるらしいが、僕はまだお目にかかったことがない。
 一瞬未知の悪魔に気を取られたが、子供のようにぎゃあぎゃあ喚く猫よりも目の前の脅威の方が優先だ。僕は元女性スタッフの足を払ってバランスを崩させ、未だ立てずにいる少年の手を引いた。
「こっちへ! 君を保護する!」
「えっ、あの……」
 少年は戸惑った顔で、とりあえず床に手を伸ばした。バッグを取ろうとしたのか、悪魔を気にしたのかは定かではない。
「う、うわ、うわぁああああ!?」
 会場入り口側で別の悲鳴が上がったからだ。
 振り返れば、あのやる気のないバイトの青年が、足をもつれさせながら逃げてくる。入り口は半開きになっていて、そこには今正に正体を現している悪魔が複数体いた。
「独リ占メハヨクネェゼ……」
「アタシニモ寄越セ! キャハハ!」
「モウ知ッタコッチャネエ! 皆殺シニシテ全員ノマグネタイトヲ啜ッテヤル!」
 会場内は阿鼻叫喚の大騒ぎになった。本の中にしかいないような生物が涎を垂らして襲ってくるのだから仕方ない。
 それでも悲鳴が減っていくのは、犠牲が出ているからではなく、会場奥の壇の上に放り込んだ参加者をエースが片っ端から眠らせているからだ。
「おいデュース、人間の面倒は見といてやるから雑魚どもどーにかしろ!」
「わかってる! 傷一つつけるんじゃないぞ!」
「勝手にこけてる分は知らねぇって……はーめんど」
 エースは片手で参加者を放り投げてはドルミナーをかけていた。あんなやり方ではきっと全身痣だらけになってしまうだろう。それでも時間がないのは事実で、命がある方がずっとマシなのも確かだった。
「グリム、こっち!」
「ふ、ふな~~~! 悪魔がいっぱいなんだゾ! やっぱアヤシー奴らだったんだゾ!」
「いいから戦闘準備!」
 少年もCOMPを取り出した。危ないから下がってろ、と言いたいが、どう考えてもこの悪魔たちは少年を目当てにしているし、自衛の手段があるならせめて身構えていてくれた方がありがたい。
「できるだけこちらで対処する。君は自分の身を守ることを考えてくれ」
「ありがとうございます」
「フフン、グリム様にかかればこんな奴ら、あーっという間にコテンパンなんだゾ!」
 四つ足で駆けてきた猫型の悪魔が、後足で立ってシュッシュッとパンチを繰り出す仕草をする。残念だがとても威力があるようには見えないし、「グリム、そいつ火炎耐性」と少年に指摘されて「ふなっ!?」と悲鳴を上げていた。
 スタッフルームからも数体悪魔が姿を現した。僕は周囲を見回し、後続がないことを確かめて、まずは近場の一体を沈めにかかった。

「エース!」
「へいへいっと」
 参加者を全員回収し終わり、暇になったらしいエースが雑に指を振る。動作は雑だが威力は確かだった。魔力の高さに後押しされた雷が、僕の眼前に立つ悪魔を貫く。
「ォラァ! ……シャァ!」
 鳩尾を抉り、横っ面を殴りつけて、ふらついたところを蹴り飛ばした。べしゃ、と倒れた悪魔が、じたばたと藻掻きながら尚立ち上がろうとする姿に眉をひそめる。
「ほらよっと」
 それも再度降り注いだ雷に阻まれ、悪魔は沈黙した。
 かかりきりになってしまった。少年とその仲魔の様子を確認する。
「ポルターガイスト、照準! ……輪唱!」
『ジオ!』
『ジオ!』
『ジオ!』
 くるくると飛び回る三体の悪魔が、一点目掛けてスキルを放つ。びくんびくんと体を跳ねさせた悪魔はゆっくり倒れ伏し、その頭蓋は少年のスプリガンにあっさり踏み潰された。
「グリム、その辺にいる奴ら全員火炎弱点!」
「よっしゃ、グリム様の強さを思い知れ~! ふな~っ!」
『マハラギ!』
 猫型の悪魔が吐いた火はいささか散り方が雑だったが、なんとか悪魔たちを覆いきって全滅させた。グリムと呼ばれた悪魔はその様子にふんぞり返っている。まだ戦闘中なんだが。
「リャナンシー、スプリガンに回復……ええとあとは、」
『ディア』
 戻ったスプリガンに、少年の傍に控えた鬼女が治癒のスキルを注いだ。少年の隣にはもう一体、胸に届くほどの大きさの犬・ヘアリージャックが侍っていた。他の悪魔と比べて明らかにレベルが高いので訊ねると、「合体事故で変にレベル高いのができちゃいました」とのことだった。
(予想以上、というと、失礼になるか)
 戦術は拙く、立ち回りは覚束ない。本人のレベルに見合った、まだ頼りない駆け出しの悪魔召喚師だ。……この数の悪魔を従えていなければ、だが。
 普通、悪魔召喚師が常時召喚したままにしておけるのは四体程度だ。それ以上になると指揮を取りづらいのはもちろん、悪魔に供給するマグネタイトが足りなくなる。僕だって戦闘中に同時召喚するのは四体くらいまでにしておきたい。しかしこの少年は、まだ低レベル帯とはいえ、七体の悪魔を維持しきっている。正直うちの一般隊員がこれくらいのレベルの時期は三体までで精一杯だったし、ほとんどが目を回して倒れていた。
 一体のみ残ったザントマンがこそこそと扉を潜ろうとして、エースが指先で放った雷に打ち据えられる。COMPの悪魔の反応がなくなったことを確認して、僕は構えを解いた。
「もう増援はないようだ。護衛の仲魔だけ残して、他はCOMPで休ませるといい」
 歩み寄って言うと、少年はほっとしたように頷いて、仲魔をCOMPに戻し始めた。
「リャナンシーとヘアリージャックはほとんど無傷だから残って。あとは本日の営業は終了です。おつかれさまでした」
 ポルターガイストにはまとわりつかれ、スプリガンと肩を叩き合って、四体の悪魔はCOMPに戻った。随分と友好的な関係を築いているようだった。名を呼ばれなかったグリムは、丸い腹を天井に晒して呻いている。
「あ~、疲れたんだゾ……今日のおやつのツナ缶増量してもらわないと割に合わないんだゾ……」
「それはオーナーに交渉して」
「けちんぼのアズールが増やしてくれるわけないんだゾ! なんとかしろ、子分!」
「そんなこと言われても」
 仲良く言い合っている少年と悪魔を横目に、僕は端末から「あと十分で現着」の知らせを確認した。壇から下りて近寄ってきたエースにもそれを見せる。
「まだかかんのかよ。遅ぇっつうの」
「仕方ないだろう、いきなり戦闘になる予定なんてなかったんだ。一応戦闘終了の旨は伝えておいたから、このまま待機して彼を保護してもらおう」
「ま、どこ所属の悪魔召喚師か知らねぇけど、ほっとくわけにもいかねぇもんな」
 エースが横目でちらりと少年を見る。少年は転がるグリムの隣にパイプ椅子を立て、ぐったりと座り込んでいた。疲労が見えるのは当然だろう。僕がついていながら、一時は危なかった。
「……あの、妙に強い悪魔。出所はどこだと思う?」
「順当に行けばリーダーなんじゃねぇの。取り巻きが弱すぎだったから、手下を集め始めたばっかってとこか」
 集まってきた悪魔のほとんどは少年と同等くらいのレベルだったが、うち三体の手応えが明らかに違った。最初は気付かずに少年の仲魔に対応を任せてしまい、一体が強制帰還の憂き目に遭っている。
『ジャンパヴァン!』
 殴りかかったものの簡単に弾かれ、体制を崩したところで圧倒的な一撃を食らった。あっさりと崩れ落ちるマグネタイトの体に、少年が叫んだ声が耳から離れない。
 COMPを通して契約した悪魔は、マグネタイトの体が崩れればCOMPに強制的に戻される。召喚された悪魔は基本的に不死なのだ。それでも駆け出しの召喚士は、倒れる仲魔に心を痛める。そのまま召喚師の道を諦める者も多い。彼はどうだろうか、今はぐったりと椅子に体を預けている少年を見て思った。
「できれば主犯の顔くらい拝んでおきたかったが、この人たちを放っておくわけにもいかないしな……」
「あのレベルの悪魔に対応できる時点で、こっちの能力はある程度バレちゃっただろうしね。今頃どこまで逃げてるかわかんねぇぜ?」
「だろうな。……失態だ……また叱責されてしまう……」
 はあ、と溜め息を吐いたところで、扉の開く音と共に朗らかな声がした。
「――お困りのようですね。よろしければ、僕がお手伝いしましょうか」
 入り口に立つ眼鏡の青年は、大仰に胸に手を当てた。緩く波打った銀髪と紫がかった銀の瞳は美しいが、浮かべた笑みは貼り付けたようで、そもそもその瞳がこちらを思い切り値踏みしている。あまり好きな目ではなかったから、僕は黙って少年を背に庇った。
「オーナー?」
「げっ、アズール……なんでこんなトコにいるんだゾ……」
 もっとも背後からこんな声がしたので、すぐに体勢は崩れてしまったのだが。
「なーに、知り合い?」
「雇い主です」
「ごうつくばりの悪徳店主なんだゾ」
「おやグリムさん、あなたはこの間片付けの際に割ったグラスの弁償がまだ終わっていなかったかと思いますが」
「ふな!?」
 流れるような会話に、少なくとも顔見知りであることは間違いないらしいと知る。それでも警戒を解くべきとは思えなくて、少年を背に庇い続けていたが、本人が僕の肩を叩いて「大丈夫です」と笑った。
「心配してくださってありがとうございます」
「おいアズール、お前簡単な仕事だって言ったじゃねーか! こっちは変な風に悪魔に襲われて大変だったんだゾ!」
「これはこれは申し訳ない、僕もまさかそんなに理性のない悪魔がいるとは思いもよらず……今回の依頼は取り下げさせていただきますね。何せ、調査しようとした相手がいなくなってしまったのですから」
 青年は大仰に肩を竦めた。芝居がかった仕草が癇に障る。
「失礼、自分は特殊災害案件対策局『女王の心臓』のデュース・スペードといいます。あなたは彼の雇い主ということでよろしいでしょうか」
「おや、かの『女王の心臓』の方だったとは! これは大変失礼致しました。確かに僕はそこの彼の雇い主。『モストロ・ラウンジ』の支配人を務めさせていただいております、アズール・アーシェングロットと申します」
 会話に割って入ると、馬鹿に丁寧な礼が返ってきた。「モストロ・ラウンジ」がどういう団体なのかは知らないが、エースが「げっ、マジかよ」と隣で呻いたので、まぁ厄介な相手なのだろう。面倒なことになったらしいと、眉間の皺が増える思いだった。
「『女王の心臓』の方々には大変お世話になっております。時折会食のご予約を入れていただいておりますし、そちらで使われている消耗品のいくつかは当店を通してご購入されたもののはず。ええ、よい取引をさせていただいておりますよ」
 にこにこと、完璧な笑顔から情報が垂れ流される。どういう相手なのかはいまいちよくわからないが、とにかく機嫌を損ねると僕一人の手では余る事態になりそうだった。
「リャナンシー、ヘアリージャック、戻って。お疲れ様でした」
 迷ううちに背後の少年が動き出す。護衛として残していた悪魔をCOMPに帰還させて帰り支度を始めたのだ。トートバッグを拾い上げ、グリムを抱いた少年があっさり入り口へ向かっていくのに、慌ててその腕を引く。このまま平然と帰られてしまっては困るのだ。
「ま、待て、待ってくれ! ……君をこのまま帰すわけにはいかない。君の体質は特殊だ、自分でもわかってはいるんだろう? 専門機関での検査と保護を受けるべきだ。このままでは取り返しのつかないことになりかねない」
 少年は困った顔で掴まれた腕を見て、入り口の青年を振り返った。青年の笑顔は崩れない。あくまでもにこやかに、こちらに釘を刺しにかかる。
「……仕事熱心な部下を持って、さぞ局長もお喜びでしょう。しかしそれではこちらが困る」
「何が困るというんですか」
「そちらの彼とグリムさんは、当店に多大な借金がありまして。『女王の心臓』での保護となると、きっと自由に外出することはできないのでしょう? それではこちらが丸損になってしまう! 『モストロ・ラウンジ』は公正明大な明朗会計がモットーです。不良債権など抱えるわけにはいかないのですよ」
 そんなもののために人命をないがしろにしろと言うのだろうか。僕がまなじりを吊り上げかけると、ぽんぽんと肩を叩かれた。振り返ると、にぃと笑ったエースの顔がある。
「悪ぃがこっちも仕事でね。『特殊災害案件』に関わった人間は全員保護・収容の義務がある。コイツ連れて行かねぇと女王様に首をはねられちまうんスわ。ああ、現場に入っちゃったからあんたにもご同行頂かないとな?」
 エースが指をさした先、確かに青年は扉の内側に立っている。十分同行を願える状況だ。
「いいんじゃないスか? うちはコイツを保護したい。あんたは連れて行きたい。しょーじき現場のオレらじゃ判断できないんで、ぜひ上の連中に直接言ってやってくださいよ」
 完璧な笑顔の青年の眉がぴくりと持ち上がった。
 表立っての活動はしていないが、「女王の心臓」は一応公的機関だ。つまり僕らの行動は法律が後ろ盾になってくれている。おまけに人命がかかっているのだから、普通に考えて、通るのはこっちの主張だ。青年もそれがわかっているのだろう、しばしの沈黙の後、大袈裟な仕草で肩を竦めて言った。
「……いいでしょう、これは取引です。彼をこのまま帰してくだされば、団体首謀者の潜伏先をお教えしましょう」
「は!?」
 何を言ってんだこいつ、なんでそんなこと知ってんだ、そんな取引でこの子を引き渡せって言うのかふざけんな、といったことが喉の奥で渋滞して「は?」しか言えなかった。青年は僕の様子など知らぬ顔で、どこからか取り出した書類に何かを書き加えている。
「悪い取引ではないはずです。あなたは今日この場所で、首謀者は取り逃がしたが情報は手に入れた。この場に駆け出しの悪魔召喚師など最初からいなかった……そういうことにしておけばよろしい」
「そん、な……取引に、応じるとでも思っているのか!?」
「では彼をこのまま『女王の心臓』へ連れて行きますか? あなたのところの解析班が彼を放っておくとでも? 人権は無視され、行動は制限され、ひたすら研究対象として扱われる毎日が彼にとって幸せだと思いますか?」
「そんなことは、」
 『女王の心臓』はそんな組織ではない、とは、言い切れなかった。何せ悪魔を相手にする組織だ。とても公共の電波には乗せられないようなことも、内部で起こっている。素の状態で生体マグネタイトが戦闘班の三倍ある少年が、何もされないはずがなかった。僕がなんとかする、なんてことも言えない。僕は幹部ですらないただの一般隊員だ。彼を守ると言い張れるほど、組織内の発言力がない。
「なんかよくわかんねえけど……オレ様は閉じ込められるのはごめんだゾ」
「お気遣いありがとうございます。多分大丈夫ですから」
 おまけに当の本人達がこの調子だ。僕は当惑して、それでも少年の腕を離さなかったが、そちらの腕を今度はエースに引かれる。
「やめとけデュース。落としどこってやつだ」
「エース、でも」
「これ以上は通んねぇよ。よく考えろ。今のお前は、お前の望む通り、コイツのことを守れるのか?」
 エースの赤い目が僕を見据えている。動かない瞳孔が奥の奥まで見透かすようだった。その先にある僕が、真実望み通りにできるのかどうか、見極めているようだった。
 僕はエースの手に引かれるまま、少年の腕を解放した。
(なんて、情けない……)
 離してしまった手をぎゅっと握る。訓練と知識と経験を積み上げて、少しは成長したと思っていたのに、僕はこの少年一人、守ってやることができない。
 俯いた僕が余程情けない顔をしていたのか、歩き出しかけた少年は戻ってくると、僕に携帯端末を差し出した。
「連絡先、いただけませんか」
「え……」
 乗ったのはエースだった。勝手に僕の端末を取り出して、ロックを解除してしまう。
「いーじゃん。こいつ心配性だからさあ、マメに連絡してやってくんない?」
「あっ、おいエース勝手に……なんで僕の端末のロックナンバー知ってるんだ!」
「デュースが見えやすい位置でロック解除するから悪いんじゃん?」
「盗み見する方が悪いに決まってるだろう! 返せ!」
「えーじゃあこいつの連絡先いらねぇの?」
「ウッ」
 エースがひらひらと振る端末を睨みながら目をうろつかせたが、僕はそれを手に取って、少年に差し出した。最終的に連絡先は交換できたが、なんだか余計な恥をかいた気がする。
「それではデュース・スペードさん、またお会いしましょう。何かお困り事がございましたら、『モストロ・ラウンジ』までぜひどうぞ」
「じゃあな! 次会ったときは、オレ様の子分にしてやってもいいんだゾ!」
「こらグリム。……あの、今日は本当にありがとうございました」
 少年は丁寧にぺこりと頭を下げて、ドアの向こうに消えた。
 僕は渡された首謀者の潜伏先情報をしわくちゃに握りしめて、「クソッ!」と床を蹴った。悪魔は殲滅し、民間人の犠牲はなく、首謀者についての情報すら手に入った。任務は大成功と言っていい。なのに、この敗北感は一体何なのか。
「……なぁ、エース。強さって、何だろうな」
「さーな。見果てぬ夢ってやつじゃね」
 エースの乾いた口調には、夢も希望もあったもんじゃなかった。

 僕一人口を噤んでいるだけで、事態は淡々と進んでいった。
 巻き込まれた民間人を保護し、暗示をかけて悪魔のことを忘れさせ、派手に大騒ぎして壊してしまったテナントは適当な言い訳をつけて修繕費を補填する。セミナーの主催団体はカルトとして手配され、別の部隊が事務所に踏み込んだらしい。最も代表はどこかに逃げた後で、僕が手に入れた潜伏先も既に放棄されていたそうだ。それでも悪魔召喚師となった何人かの部下は拘束し、悪魔召喚プログラム入りの端末もほとんど確保できている。後ろ盾のない首謀者が見つかるのは時間の問題と思われた。
「で、いつまで落ち込んでんの、デュースくんは」
 進めていないのは僕だけだ。あの日、功績と引き換えに、何かを捨ててしまったような喪失感が一向に拭えない。
 昼シフトが終わって帰り道、日用品の買い物に寄り道をしていた。エースは荷物持ちとして連れ歩いている。文句は多いが逃げることは少ないので、日頃から容赦なくこき使っていた。トイレットペーパーや洗剤などを気にせず買い込めるので僕としては有り難い。悪魔の常時顕現権の使い方を間違っている自覚はある。
 反論はできなかった。あの日から明らかにパフォーマンスが落ちている自覚がある。注意力も反射速度も落ち、荒い動作はミスを招き、自力でのリカバリもままならない。大規模な作戦がなくてよかったと思う。何か取り返しのつかない失敗をしてしまうだろうことが目に見えていた。
「考えんのも下手なら愚痴吐くのも下手とか。ほんと不器用だよねー」
 何も答えず、黙々と歩くだけの僕の隣で、エースが大仰に肩を竦めた。見抜かれているのが悔しいのと同時に、言い訳を並べなくてもいいことにどこか気楽さを感じる。
 許されている、と思った。僕が僕であることを、器用に生きられないことを、あの日のことを何一つ割り切れないままでいることを、許されていると思った。腹立たしいことに、その認識は少なからず、強張ったままの僕の肩からすっと力を抜かせることに成功していた。
「……エースのくせに」
「当然じゃん」
 礼を言うこともできないから、口から出たのは意味のわからない憎まれ口だった。さらりと聞き流されるのにぎろりと傍らの悪魔を睨みつける。
 睨もうとして、視線を流した、先。
 車道の向こうの路地。おどおどと辺りを見回す不審な男がいた。顔を隠そうとしてか、深くフードを被っており、体格くらいしか個性が見出せない男。
 その男が踵を返して路地に消える瞬間、角度の問題か一瞬だけ顔が窺えた。
「は? ちょ、おいデュース!」
 荷物を放り出して一直線に駆け出した僕に、エースが怪訝な声を上げる。車道を突っ切ってクラクションを鳴らされながら、僕は男が消えた路地に駆け込んだ。
「セミナーの主催だ! 本部に連絡してくれ!」
「マジかよ!?」
 僕は『女王の心臓』が管理している寮に住んでいるから、当然この地域は本部のすぐ傍だ。こんなに近くに潜んでいるとは思わなかった。灯台下暗しというやつだろうか。今日まで見つけられなかったのだからその考えは正しかったんだろう。
(でも今見つけた。必ず捕まえる。細かいことはその後でいい!)
 住み慣れた地域ではあるが、路地のつながりまでは把握していない。人目を避けるなら奥まった方へ向かうだろう、という勘だけを頼りに進んでいく。昼だというのに建物に遮られて妙に暗く、湿気て肌寒い道だった。
 どれほど駆けたか、ぎゃあ、という声が耳に届いた。震えて、潰れたような男の声だった。このトラブルが首謀者に繋がっているのか、深く考えずに声のした方に走る。
「――へェ?」
 路地の先、行き止まり。三方を雑居ビルとアパートに囲まれて、取り残されたような狭い空き地。
 不法投棄と思われる家具や家電の山の上、ゆったりと腰掛ける男がいた。
「女王様の足舐めるしか能のねぇ犬も、案外鼻が利くもんだな」
 組んだ足に肘をつき、手の甲に顔を預けた男が、ゆるりと目を細めて僕を見下ろしている。ガラクタの上だけは日の光が届いて、目の覚めるようなグリーンアイをきらめかせていた。
 呻き声が聞こえてはっと目をやると、ガラクタの山の下、男が一人俯せに押さえつけられていた。先程見たフードの男。セミナー主催の悪魔召喚師だ。気付けば空き地には数人の荒れた雰囲気の男達がいて、どれほどガラクタの山の上にいる男に目を奪われていたのかと戦慄する。場の空気をすべて食ってしまうほど、圧倒的なオーラを放つ男。どう考えたって只者じゃない。
 今の僕はシフト帰りでロクな装備も持っていない。順当に行けば返り討ちだ。それでも逃げ帰るわけにはいかなくて、そっと拳を握りしめた。
「……特殊災害案件対策局『女王の心臓』所属、デュース・スペードだ。その男はテロ行為を立案した角で手配されている。即刻引き渡してもらいたい」
「断る、と言ったら?」
 ガラクタの上の男は嬲るように笑った。僕に勝ち目がないことをわかっていて、敢えて僕を泳がせるつもりなのだろう。好都合だった。時間を稼げば、エースが呼んだ応援が来てくれる。この場所を特定するには時間がかかるだろうが、周辺を囲んでいれば、僕が取り逃がしたとしてもこいつらを拘束してくれるだろう。
 地を踏みしめ、奥歯を噛み締める。絶対にここを動かないと決めた。こいつらをここに留め置いていれば、僕の目的は達成できる。
「その男は秩序を乱した。許されることじゃない。方法として悪魔を使うなら、『女王の心臓』が許さない。拘束し、しかるべき裁きを受けさせるのが自分の仕事だ」
「許さない、ねぇ……それでどうする気だ? 俺たちを全員倒して、そいつを女王様のとこまで引きずっていくってか?」
 下卑た笑い声が周囲から響く。できるわけがない、と嗤う声だ。そんなの僕自身が百も承知だった。それでもやらなければならないし、最悪戦闘になったとして、あの男の片腕くらいは持って行く覚悟でいる。できれば目がいい、と思ったところで、男の左目に傷があることに気付いた。虹彩に濁りはないようだが、眼球は傷つかなかったのだろうか。まぁ直接戦闘になったら狙っておこう。
「そちらが黙って引き渡してくれるならその必要はない」
「はいそうですか、どうぞご自由に……なんて言うんなら、最初っからこんなとこまで来るわきゃねぇだろうが」
 ハン、とガラクタの山の男が鼻で笑った。追従するように、山の麓からも笑い声がする。シシシ、と歯の隙間から息を抜いて笑う男は、俯せた首謀者の頭を靴先でつついた。
「こいつはねぇ、ウチの金とCOMPを盗んで逃げたんっスよ。ボスがちゃーんと考えて管理してんのに勝手に手ぇ出して、許可も得ずに独立なんて……ねぇ? それこそ『許されることじゃねぇ』んっスわ」
 つついていた靴裏で、ごん、と首謀者の頭を踏みつける。そのままぐりぐりと地面に擦りつけながら、男は酷薄に笑った。
「落とし前つけなきゃなんねーんスよ。ウチで始末つけなきゃ他所に舐められる。アンタんとこにお任せってわけにゃーいかねぇんスわ」
 だから、ね。
 にぃ、と笑うのに合わせて、ガラクタの山の男がすっと手を上げる。……ガラクタの陰から、路地の暗がりから、現れた異形に咄嗟に身構えた。
(最初から悪魔を配置していたのか!)
「めんどくせーんで、悪ぃけどここで死んでくださいっス」
 数の不利を考えている暇はなかった。掲げられた手を下ろしたとき、悪魔たちが放ったのは呪殺のスキルだったからだ。
『ムド!』
『ムド!』
『ムドオン!』
『ムドオン!』
 いくつもいくつも重ねられる致死の呪い。
 呪殺のスキルの成功率はそう高くない。僕なんかは走って行って殴った方がよほど早いと思うくらいだ。しかしこの数に囲まれて一斉に放たれれば、まぐれでも一回は当たる。
(あ、これは、やば――)
 元々僕はあまり運がよくない。任務中なら補正のための呪具も持っているが、今はロッカーの中だ。かくん、と膝が折れて、堪えることもできずに地面に沈むのを、他人事のように認識した。
 これで終わり。これで終わり? こんなにあっさりと? 何かを為したという実感すら湧かないままここで死ぬ。冗談じゃない。冗談じゃなかった。それでも僕には、もう抵抗の術が残っていない。
 周りの男達が笑っている気がした。それに憤ることもできなかった。
 視界が暗く、沈む――
「――オイオイオイ冗談じゃねーぞテメェ!」
 鼓膜を声が叩いた。内容を理解したのは数秒後だ。
 はっと気付けば周囲の様相が一変していた。もくもくと立ち上る煙、きらきらと光るのは込められた破魔の力。『女王の心臓』御用達、ハマの効果付き発煙弾だ。起き上がろうとしてぱきんと手元で何かが割れる。地返しの玉の欠片だった。
「起きたか!? 起きたな!? ずらかるぞ馬鹿デュース!」
 腕を掴んで引き起こされる。見れば人間の装いを捨て、悪魔の姿を晒したエースがそこにいた。煙の中にあってさえ、縦長の瞳孔の瞳がきらきらと眩しい。まだ事態を把握できていない僕に焦れたか、舌打ちしたエースは無理やり僕を抱え込んだ。急に重力の方向が変わった僕は戸惑って、自分の身の置所を決めかねるうち、本当に視界が回る。
「ちょ、っと待てエース、えー……う、わああああ!?」
「口閉じとけ! 舌噛んでも知らねぇぞ!」
 確かにエースの背には翼があるし、実際飛ぶところも見たことはある。あるけれども、まさか僕を支えて飛ぶことができるほどとは思わなかった。ばさりばさりと空を掻く皮膜の羽は、見た目よりも確かに二人分の重さを支えて、やがて周りの建物の一つに降り立った。
 路地を作る雑居ビルの一つ。屋上に人が出ることは想定していないのか、周りに柵はなく、埃や風に運ばれたゴミで小汚かった。そこへ降ろされて、エースに支えられながら膝をつく。まだ足が震えていた。
「奴ら、は」
「モノ投げられたって察知した時点で逃げたよ。……ほんと、もー、勘弁しろってば」
 こっちは悪魔だっつーのに、心臓がいくらあっても足りねぇ。大仰な仕草はいつも通り。肩を竦め、溜め息を吐くエースは、しかし足元の僕に厳しい目を向ける。
「……なぁ、こないだの今日だぜ。学習しろよ馬鹿デュース。いい加減一人で突っ走んな。何のためにオレがいつも表出てると思ってんの?」
 ひた、と見据える目を真っ直ぐに見返せなくて、僕は手元に目線を落とす。裸の手は握りしめすぎて真っ白だった。
(――こんなに何もできないなんて)
 それなりの自負はあった。この手で倒せないものなどないと、うっかり何か致命的なことをしてしまいかねないと、そう思ってきた。けれども事実として、今日僕はこの手で何かをすることもできず、一方的に蹂躙されて終わるところだった。エースの助けがなければ、僕はあのまま路地に転がって、応援が駆けつけるまでに冷たくなっていただろう。
 自負があった。自信があった。そんなものに意味などないと、突きつけられるばかりだった。
「僕は、」
 俯いて、震わせた唇から、弱々しい声が漏れた。自分でも驚くほど、頼りない声だった。
「何もできないんだな……」
 何かを為せるなんて、何かになれるだなんて、おこがましい。僕は僕が思っているほど強くないし、手の届く範囲はずっと狭い。
「当たり前じゃん。自惚れんなよ、人間」
 俯いた顔をぐい、と引き上げられる。目の前にヒト離れした瞳孔があった。掴まれた襟首が、少し苦しい。
「忘れんなよ悪魔使い。お前らは力の足りなさを嘆き悲しんで、オレらに助力を乞うたんだ。お前らはオレらにマグネタイトと経験を与える。オレらはお前らに力を与える。これはそういう契約だ。お前が望んだ契約もそういうもんだ。今のままじゃ足りないから、一人じゃ手が届かないから、悪魔喚んでまで届かせようとしてんだろうが」
 オレを呼べ、契約者。
 僕の眼前で悪魔が言う。
「オレの名を呼び望みを叫べ。お前の魂を、マグネタイトを寄越せ。代価に見合う分だけ、お前を望みの場所へ押し上げてやる」
 これは誘惑だ。破滅と堕落に導く悪魔の囁きだ。道の先に栄光はなく、崖の下で嗤う悪魔が大口を開けて待ちわびているだろう。
 それでも僕は、襟を掴む悪魔の手を掴み返した。この手がろくでもないことなんて百も承知だった。薄々勘付いていて契約したし、時が経つにつれ勘は確信に変わったけれど、それでも契約を切らずにここまで来た。
 悔しいことに。もう裏切られても、こいつがそうするなら仕方ないと思えるくらい、エースを傍に置いている。
「――僕は、もっと、強くなりたい」
 はっきりとあちらの目を見据える。手も足も、もう震えていなかった。苦しいほどの無力感は、明日への糧にするしかないのだと、もう僕は知っているはずだった。今日は少し、それに打ちのめされすぎて、抱える以外の術を忘れそうになっていたのだけど。
「力を寄越せ、エース」
 まったくもって、腹立たしい。契約した悪魔に、それもよりによってこいつに、励まされ奮い立つことになるなんて。
 僕の言葉に、赤い目の悪魔は、左目のハートを歪ませてにぃっと嗤った。
「――仰せのままに、契約者サマ?」

【???:密談】

「――いやめっちゃくちゃビビったんスけど。アンタいつの間に『女王の心臓』になんて入ってたんスか?」
「いや成り行き。そろそろ違うことすっかーっつって契約者探してたらたまたまそこの所属だった」
「テキトーかよ。まあいいんスけど……そんで、そっちはどうなんスか」
「どうってのは?」
「とぼけないでほしいッス。『女王の心臓』が隠し持ってた『決戦兵器』! あれっきり本気で音沙汰なくて、レオナさんはご機嫌ナナメだし、いっくら調べても何にも出てこないし、もうお手上げなんスよ。結局そっちが回収したってことでいいんスか?」
「いやーそれがさあ、見込みあるーって思って契約したはいいけど下っ端も下っ端でさ? ぶっちゃけそいつ、軌道車両の研修期間中で市外出てたから『決戦兵器』騒ぎのことぜーんぜん知らねぇの。笑っちゃったよね」
「いや笑っちゃったではなく。もーせっかく内部に堂々と入り込めるんスから情報くださいよーそーゆー契約っしょー? 何のためにオレがサバナクロー入って危ない橋渡ってると思ってんスかー」
「下っ端だっつってんだろ。いつ死んでも代わりが利くような実働班の平隊員だぜ? アクセス権もねぇしそもそも存在を知らねぇんだよ。悪魔が端末いじってたら即射殺でもおかしくねぇ組織だしな」
「そこはほらー、有能な悪魔の手腕でちょちょいーっと」
「無理。データに直接触んのは、少なくとも今は不可能。……ただ、これは不確定だけど」
「だけど?」
「『女王の心臓』は、『決戦兵器』を確保できてねぇんじゃねぇかと思う」
「……根拠は?」
「『女王の心臓』の目的は知ってんだろ。要になる『決戦兵器』が手元にあるんなら、次の段階に進むための準備をするはずだ。その気配がない。あっても鈍い。大事な荷物がまた届いてねぇんじゃねぇかなー……って感じだな」
「ふーん……ま、参考程度にしとくッス」
「そーだな。ただの勘だ。ま、そっちもせいぜい荷物探しに精出してくれよ。オレはオレでやることがあるんでね」
「ちょっとは手伝ってくれてもいいんスよー?」
「忙しいから無理。……じゃ、またそのうちな」
「はいはいまた今度ー」




・少年
監督生。このゲームの主人公にして特異点。今はオクタヴィネルでバイトしてる。
この時点での仲魔のレベル平均は15前後。ヘアリージャックだけバグってるのでレベル20くらい。疲れたときはグリムと一緒にもふもふする。

・グリム
最初の相棒にしてラスボス枠。
COMPが認識しないので中に入れない。ぺかちゅう。

・監督生の仲魔
監督生が常にぼろぼろ落としてるマグネタイトをモリモリ食べてるので心根穏やか。当たりが柔らかい。

・デュース
力だけではどうにもならない現実ってやつにちょっと凹んでいる。

・エース
デュースに召喚される前、路地裏で会ったラギーと「魔界のゲートを開くのに協力する代わり、ラギーが生き伸びるための情報を提供する」契約を交わした。ラギーが今サバナクローにいるのは非合法組織で一番有力なのがここだから。
何やかんや現在の所属が「女王の心臓」であることを黙ってたし今後もロクに情報を流さない。
今回妙にデュースのフォローに回っているが、本来はデュースが苦労してひいこら言ってるのを遠くからニヤニヤ眺めたい。

・アズール
監督生の体質は知ってたので、「もう絶対騒ぎになるな!(ワクワク)」と思って送り込んだ。「誘惑の粉」を売りつけ、その使用方法について探り、監督生が騒ぎを起こした隙に侵入して、主催に取引を持ちかけるつもりだった。流石に「女王の心臓」構成員が同時に潜入してるとは思わずご破算になったが、噂のルーキーに顔を覚えられたことだけでもよしとする。ちなみに裏で双子が置き去りにされた「誘惑の粉」を回収・運搬しており、それを見とがめられないために大仰に登場したところがある。流石にもう一度別で売りつけることは(品質保持の観点から)できないので、自分たちで消費する予定。
「女王の心臓」にグリムが確保されるとロウルート待ったなしなので、実は作中随一のファインプレー。

・誘惑の粉
オリジナルアイテム。使用すると確率で相手一体にCHARMの効果。レジストは魔力依存。

・ハマの効果付き発煙弾
オリジナルアイテム。対悪魔戦闘の公的機関ならこういうのあってもおかしくないと思った。周辺に煙とキラキラした粉とハマの効果。弱い死霊系の悪魔を雑に掃除するのに使われる。

・ラギー
スラム出身で命根性が汚い。数年前路地裏で会ったエースと「魔界のゲートを開くのに協力する代わり、ラギーが生き伸びるための情報を提供する」契約を交わした。ラギーが今サバナクローにいるのは非合法組織で一番有力なのがここだから。
今ではレオナの能力とカリスマに本気で魅せられているが、一方レオナが劣勢になれば簡単に見限って強い方につくだろう自分に気付いてもいる。

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