第三話


 独房の中で生活を始めて二週間が経過した。未だに出してもらえる様子はない。看守に話しかけても無視されるか、返事をもらえても一言だけだった。
 つい先日、隣の独房にいた囚人が数人の看守たちに連れ出されるのを見た。テオに話しかけてくれた男だ。彼が、自分は処刑されるだろうと言っていたのを思い出した。その言葉通りに男は処刑場に連れて行かれたのである。
 テオ自身は投獄されて三日経過した頃に軽い尋問を受けた。名前や出生地の他に何故窃盗の罪を犯したのかを。ただいくつか質問されただけだった。酷い拷問を受けなかったのが救いだった。
 独房の前を通りすぎる看守に向かって叫んだ。
 「いつまでここにいればいい?」
 だが無視された。テオは、小声で「畜生」と言い壁を軽く叩いた。
 いくら監獄の中が路上生活より良いとはいえ、長く続けば苦痛であった。それは自業自得なのだが。
 しばらくして、先ほどと同じ看守が独房の前に立った。
 「お前は窃盗の罪を犯した」
 「……そんなのもうわかりきってるだろ」
 「お前はいつも同じことばかり聞く。いつまでここにいればいい、と……。罪を犯したお前自身が一番よくわかるだろう? それなのに反省すらしない。もっと自分の罪と向き合うことだな」
 思いもよらぬ説教を受けて、それまで床に座っていたテオは立ち上がり鉄格子を掴んだ。
 「もう反省したっての」
 「とてもそうには見えん」
 看守はそのまま立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように足を止めた。
 「そういえば、お前は男娼だったみたいだな。お前を尋問した拷問官から聞いたぞ。これ以上生意気な口を利いたらナニを突っ込むぞ」
 看守は嘲笑いながら今度こそ立ち去った。
 テオはただならぬ悔しさを抱いた。
 くそ! 男娼だったのも生きていくための手段だっただけだ! 馬鹿にされる筋合いはない……。
 身体の力が抜けてその場に座り込んだ。
 「(ああ、でも。僕が馬鹿なだけかもしれない。身体を売ったのも物を盗んだのも、それしか生きる方法がわからなかっただけ……)」
 何故か目から雫がこぼれ落ちる。それは床を静かに濡らした。他の囚人たちはテオが鼻をすすったことに気が付いた。
 

 その日を境に、テオは静かに時を過ごすようになった。看守はテオが男娼だったことをネタにし、相変わらず暴言を吐いてきた。
 「最近大人しいな。また鉄格子の前で吠えてみろよ」
 テオがいる独房を通り過ぎる際、看守は何かと小馬鹿にしてくるようにもなった。
 言い返してやりたいが、檻の中の人間は己の弱さを知り、口を噤んでいることしかできなくなっていた。
 「(これが僕に対する罰か? だとしたら……苦痛だ。僕はこんな罰は望んでいない。それなら鞭打たれた方がいい! そうすればその痛みはまた僕の生命の証になるんだ……)」
 一体何を考えているのだろう。急に虚しくなって目を閉じる。
 数時間後、看守が皿を持ってやってきた。食事だ。
 「ほら、夕食だ。ありがたく食べろよ」
 「どうも、ありがとう」
 皿を受け取るとわざとらしく礼を言った。そういう返事をされるとは思いもしていなかったようで、看守はやや驚いた目をした。テオはそれを見て心の中で笑った。
 

powered by 小説執筆ツール「notes」