両片思いのぽんこつな二人が素直になり始める夜の話

「今日、マーヴいないんだよね」

 勇気を出してそう告げたのに、返ってきたのは「そうか、戸締りちゃんとしろよ」なんて、どう考えたって30代半ばの男に言うセリフではなかった。
 最近になって一緒に住み始めた元保護者もだが、どうも俺の周りには自分のことを成人男性と見てない奴が多すぎる気がする。

 

◇◆◇◆

 

「はあ~~~~」

 重い溜息を吐き出して、手にしたグラスをカウンターに叩きつけるように置くと、グラスの中で揺れた氷がカランと高い音を立てる。なんだかその軽やかな音が今の心境とマッチしていなくて、悩んでいることが馬鹿らしくなってきた。もう、こんな思いをするくらいならこの気持ちを捨ててしまおうか。どうせ脈なんてないだろうし。きっとそういう対象にもなれやしないのだから。

 ハングマンが好きだった。同じアビエイターである彼を好きになったのはいつからだったか。見かけによらず綺麗な飛び方をするところや、決断したら真っ直ぐな性格、意外と仲間思いで回りを見ている優しいところ。あの任務の後から良好になった関係のお陰で関わりも増え、徐々に一緒にいる時間も増えてきた。この間は初めて二人で飲みにも行って、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。だから勇気を出してまた誘ってみたのに、その勇気もあっけなく打ち砕かれ、こうしてひとりで飲みに来る羽目になった。

 ああ、なんて馬鹿みたいなんだ。

 そんな思いを打ち消すように、一気に煽ったウィスキーはつんとする鼻をごまかす香りだけを残してくれた。

 報われない恋心を消してくれるのは、いつだって新しい恋である。短絡的な考えであるとわかっていても、ふとした時に考えてしまう彼の顔を打ち消すためには、そんな馬鹿げたことにも縋りたくなったのだ。
 そうして新しい出会いを求めて酒場を飲み歩くことになったわけだけど、どこに行っても結局そんな気にはなれなくて。やけくそになってピアノを弾いて歌って、楽しくなって満足してしまう。ありがたいことに、毎回と言っていいほど一緒に飲まないかって誘ってくれる人は男女問わずいた。けれど、席に座って酒を煽ると頭に浮かぶのはあいつの顔で。とでもじゃないけどそんな気にはなれなくて、せっかくのチャンスも丁寧に断り続けてしまった。本末転倒もいいところであるが、皆一様に歌ってくれたお礼にと酒をご馳走してくれるおかげで財布は寂しくならずに済んでいる。

 だがしかし、今日も寂しく帰るしかないなと小さく息をつくと、「隣いいか?」って聞き覚えしかない声が落ちてくる。そんなまさかって恐る恐る見上げてみれば、ここ最近毎日のように恋しく思っている相手が立っているではないか。椅子から転げ落ちなかったことを褒めてほしい。

「え?なにしんての?」
「お前こそ、最近飲み歩いてるって噂になってんぞ」

 は?何その噂?別に俺がどこで何してようが関係ないだろうに、なんだってそんなぶすくれた顔をして言ってくるんだ。

「だから?」

 心の底から、不思議で仕方がなかった。だからなんだってんだ。俺が飲み歩く原因は少なからずお前にあるのに、なんでほっといてもくれないんだなんて、自分勝手なことを思っていたからかどこか剣呑な返しになったかもしれない。そんなこちらの様子にハングマンは怖い顔をして見つめてくる。

「迷子のひよこちゃんの親鳥になろうって奴がわいてんだよ!!」

 一瞬、言われた意味がわらなかった。いや、一瞬どころか、今も意味はわかっていない。今目の前にいるハングマンは同じ言語を喋っているのだろうか?

「知らない奴らにサービスしてんじゃねぇよ」

 先ほどの怖い顔から一転、ぶすくれた顔がどこか可愛らしいな、なんて考えてみるけれど、やっぱり言われてる意味はさっぱりわからなかった。サービスとは、一体何の話をしているのだろうか。目を白黒させている内に、ハングマンはどんどん続けていく。

「もうダメ。一人で飲み歩くな。俺が付き合うから」
「え、だって、」

 こないだ誘ったときは来なかったじゃん。そんな俺の言葉を最後まで言わせる隙もなく、ハングマンはまだまだ続けていく。

「飲みたいなら俺を誘えばいいし、遊びに行きたいときも出かけたいときも俺を誘え!!」
「ええ……なんでだよ」

 どうせ誘ったって来ないくせに。今度はこちらがぶすくれた顔をしてしまう。思わず突き出た唇は無意識だった。

「なんでもなにも!俺がお前といたいから!!」
「……え!?」

 流石にこれにはびっくりして、ハングマンの方を向いて大きな声を出しちゃったし、見つめた先のハングマンは“しまった”って顔をして俯いてしまった。

「えーと、結構飲んだ?」
「……これしか飲んでない」

 消え入りそうな声で、目の前に置かれた瓶ビールを指さした彼はそのまま沈むようにカウンターに額を押し付けて言葉にならない声をあげている。

「いくら鈍感なお前でもわかるよな……?」

 どうにか聞き取れたその声に、声を上げて笑いそうなになるのをどうにか我慢した。なんて思っているのは自分だけで、もしかするとくすくす笑う声は漏れていたかもしれない。だって、こんなに嬉しいことがあるなんて思わなかった!

「全然わかんない。もっとちゃんと教えて」

 突っ伏したままのハングマンにそっと近づいて、その耳元に囁いた。サッと赤く染まった耳と首筋に、今度こそ耐えきれなかった笑い声をあげてしまった。

「なあ、ジェイク、どういう意味か、教えて」

 わざとゆっくり勿体ぶるように言えば、びくりと肩を揺らしたハングマンがゆっくりこちらを窺ってきて、恨めしそうににらみ上げてくる。楽しくって仕方がない。なあ、馬鹿みたいにすれ違ったなんて思わないから、最後までお前の気持ちを聞かせてよ。そしたら俺も素直になるから。

 自然と上がる口角に、観念したハングマンが口を開くまであと少し。





みきる
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