Ma solitude


 フィエルテには生き別れた姉がいる。
 子供の頃から仲が良くいつも一緒にいた。喧嘩はした記憶がない。姉は優しくフィエルテもまたよく慕っていた。運命が二人を引き裂くまでは。
 家が没落に追い込まれた時、姉は逃げるようにして当時の恋人の元へ行ってしまった。
 『姉様、本当に行ってしまうの? 行くなら僕も一緒に……』
 『ルー、貴方のことはずっと愛してる。だから強く生きるのよ』
 それが最後に交わした言葉だった。
 フィエルテは家族から『ルー』という愛称で呼ばれていた。そうやって呼んでくれる者とは十年近く会っていない。
 毎日姉の面影を追い求め、恋い焦がれ、夢にまで現れる。それらがフィエルテの心をずっと苦しめていた。自分の寂しさを埋めてくれる不特定多数の人間とは夜だけの関係を築くことが多かった。快楽に溺れて一瞬は孤独を忘れることができるがすぐにまた『自分は独りだ』と感じる。それでも再び誰かと夜を共にする。寂しさを紛らわせるために同じことを繰り返してしまう。
 いくら誰かと共に過ごしても心は満たされないままだった。永遠に渇きに苛まれる吸血鬼のように。
 空を見上げれば姉もどこかで同じ青を見ていると思い、街に行けば無意識のうちに似ている姿を探す。
 姉様、今どこに……?
 いつかどこかで会えると信じている。そう祈った。それとは別に、二度と会えないのではないかという不安にも襲われた。どこで何をしているのか、生きているのかさえわからない。フィエルテの心は霧に覆われたまま、激しい想いだけが募っていく。
 時々じっとしていられなくなり衝動に駆られたように街へ飛び出す。行くあてもなく彷徨い歩く。できればこのままどこかへ旅に出たいとさえ思う時がある。その目的は家族を探しに。
 この日も街を散策していた。馴染みの街だ。なんの変哲もない。
 教会の近くを通りかかった時、一人の女性の姿が目に飛び込んできた。小さな籠を持って歩いている。黒い巻き毛は綺麗にまとめられていた。
 彼女の姿に釘付けになった。その美しさに惚れたわけではない。ただ目が離せなかった。見られていたことに気付いたのだろうか、女性は一瞬だけこちらを見てすぐに去っていった。
 たったそれだけのことなのに。彼女の姿を見てから浮かない顔をすることが多くなった。
 「フィエルテ様、最近元気がありませんね」
 フィエルテはずっと窓のそばの椅子に座って外を眺めている。使用人の青年ディオンともあまり会話をしなくなっていた。ディオンは主人の様子を気にかけている。
 「具合でも悪いのですか?」
 「……面影を見た」
 「面影?」
 口を閉ざしたままだったフィエルテがようやく言葉を発した。
 「生き別れた姉の面影だ。先日街へ行った時にそれとそっくりな女性をたまたま見かけて」
 頭の中に鮮明に彼女の容姿が焼きついていた。
 「ずっと遠くに行ってしまったものとばかり思っていたが、案外近くにいるのかな」
 フィエルテの顔に夕陽が差し込む。それが一層憂いを帯びた表情を引き立たせた。
 「そうだったのですね。いつか会えるといいですね」
 「ああ、そう信じてるよ」
 自分の寂しさを本当に埋めることができるのは姉様だけだ……。それが叶わないのならきっとまた誰かと枕を共にする。独りで寂しくないように。
 この孤独から早く解放されたいと願わずにはいられなかった。



公開日: 2021/3/21

powered by 小説執筆ツール「notes」

108 回読まれています