親子


あらあ、こんにちは、と言われたから振り返ったら見たことあるようなないようなおばちゃんが立ってた。
クラッチバッグ片手にタイトスカートのスーツ、ロングヘアー。
二十年前のオレのファンがこないなっててもおかしくないけど、それにしてもカッコちゃんとしてるな……?
雑踏の中、子どもと一緒に居る時に、日暮亭で会うたかご近所のラジオ体操で会うたかも分からんような人に「どうもどうも~♪ 四代目草若です~♪」といつもみたいに調子に乗った営業スマイルで答えたら絶対面倒なことになりますから、と四草には釘を刺されてるわけや……。
いや、オレかてそんくらいのこと分かってるて。ほんまやぞ。
「僕ちゃんも大きいなったねえ、もう赤と黄色のトレーナーで悩ませる年とちゃうわねえ。そのうちお父ちゃんの背を抜かしてしまうんと違う?」
お父ちゃん???
いきなり声掛けてきたおばちゃんにそない言われて、おチビも首を傾げてる。
「あ、そないしたら、おばちゃんのこと、覚えとる?」
「あの、」
クラッチバッグ持ってへん後ろ手に髪をひっつめにして、これならどうや、と言われた。
「ほらぁ、これでいつものミキハウスのおばちゃんや。」
「ああ……!」
心の中で首をせんどひねってなんで出て来うへんかと思ってたら。そら覚えとらんはずや。
にこにこと、赤と黄色とどっちがええかなあ、て悩むおチビの横で、仲ええですねえ、と言ってたおねえさん。
おチビもやっと得心した顔をしてる。
「いやあの、僕、」
「ほんまお久しぶりですねえ、お元気でした?」
「そらまあ、オレもこどももこないしてお元気ですがな。」
隣でおチビが、次の御用日のお白洲で『アッ!』てなことを言いそうな顔になってるけど、まあええわ。
「うちの店て、奥さんやら旦那さんはともかく、お子さんが『ほんまに買ってもらってええんかコレ……?』、て顔してるとこ見るのほんま珍しいですから。なんや覚えてて……今日もそないして大きな荷物抱えて。またどっかで会えたらええですねえ。」
「ほんまにそうですねえ。」
さいなら、と言って別れた後、おチビが微妙な顔してた。
いや、まあええやんか、たまには草若兄さんかて、こないしてお父ちゃん顔させてもろて……。
「草若ちゃん。」
「うん?」
「……僕、草若ちゃんがさっき見つかったの、絶対この紙袋のせいやと思う。」と手に持ってるショッパーを指さした。
いや、紙袋やのうて、ショッパーて言うんやで、これ。
あっちこっちで丈が足りへんようになった冬用のアウターと、親指に穴が開いた靴下と膝の抜けたズボンと買うたからしゃあないやん。
さっきのおばちゃんやないけど、背が伸びてるからなあ。
オレはどうか知らんけど、そのうち四草の背はは抜かしてしまうんと違うか?
「コレなあ、お父ちゃんに見つかったらまた叱られると思うから、どっかでまとめて数半分にしたらええわ。」
「そうやなぁ……。」
早いな~。オレのお父ちゃんドリームは、一分で溶けてしもうたな~。
まあええか。
オレは吉田のおっちゃんで、ほんまは四草が親やもんな。
こないして自覚するとちょっと堪えるけどな……。

地下一階の端っこに荷物詰め替えるとこがあるから移動して買うだけ買った荷物整理してると、どこかから一銭焼きかお好みの匂いがしてきた。
そういえば夕飯どないするかな。
「今日の記念に、親子丼でも作るか……。」
「親子丼?」
なんや珍しいなあ、とおチビが首を傾げた。
「そういえば、まだ冷蔵庫にお揚げさん残ってるよ。鶏肉買わんでも、アレ卵とじして味付けだけ同じにして親子丼風にしたらええんと違う? 今日こんだけ贅沢したんやから、夜は節制せんと。」
うちのスペシャル親子丼や、とおチビに言われて、そらそうやな、という気持ちになった。
スペシャル親子丼か。
したら、ふたりでそれ作って四草のこと迎えたるか。
「草若ちゃん、帰ろ。」
「そうやな。……って、そんなら葱と卵買うて帰らんとあかんで。」
「卵ならおとくやん!で買うたらええやん。」
「それもそうやな。」
帰ろ、帰ろ。


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