手伝い
なんや表が妙に騒がしいなあ、と思っていたら、見慣れた顔がこんにちわ~とひょっこり顔を出した。
子どもが手にチラシのようなものを持っている。年下のくせに物怖じしない親分肌に育ってしまったうちの子、これまでも何度かこないして四草兄さんとこの子を引き連れて日暮亭のロビーであやしい手製のチラシ(「徒然亭オチ子独えん会~わたしが落語家になるまでのきせきと寿げむ鑑賞ツアー~」)を持ってうろうろしていたところを小草々くんに捕まったことがあったけど、今日のチラシはなんだかちゃんとしてるというか…まさかお小遣い貯めてうちがチラシお願いしてるところに頼んだとかないやろと思うけど……。
「オチコ……あんた何持ってるの?」
「あ、お母ちゃん、これ近所に配って来てほしい、て熊はんに言われたん。」
「熊五郎さんに?」
寝床の新春おせちや季節の弁当の宣伝チラシなら、熊五郎さんが直接私に手渡しするか、日暮亭が開場する時間までに事務所まで来てくれることになってるけど……。
「磯七さんとこと、菊江さんのとこのご近所回って来て、ここで最後です。」と四草兄さんとこの子が言った。
いつもうちの子の相手大変やろうと思うけど、……と本人の前で口にしたら不機嫌になるから、態度で示しとかんと。
四草兄さんに散々振り回されてきた過去の私に、『大丈夫や、未来は明るい…ちゃんとここで耐えた分、将来に帳尻が合うからな。』と言うてあげたいていうか。
「お疲れさま、そこでお茶飲んで、休憩してって。………って、ええ!?」
チラシを受け取ったら、そこに書いてあったのは衝撃の事実。
「『二十年ぶりの復活~愛のリサイタル in寝床~』って……ど、どういうこと?」
「どういうこと、てそこに書いてある通りやけど……なあお母ちゃん、渡す人渡す人みんな、地球がひっくり返った顔してびっくりしてたけど、そんなに熊はんのリサイタルてすごかったん……?」
「……凄いていうか……。」
近所の人にとっては驚天動地ていうか。
熊五郎さんが日暮亭設立のためにあのギターを寄付したて聞いたご近所の皆さん、皆涙を流して喜んで、ありがとう、ほんまにありがとう、と何度も言われたもんや。
後世まで語り継ぐ、日暮亭の工事がどれだけうるそうなっても耐えるから、それだけの価値があることをしてくれたんやとか言われてな、売り出し始めの演歌歌手みたいに握手して、握手して、また握手。持ってるお財布ひっくり返して、小銭入れの中に残ってた十円玉と五円玉と一円玉だけより分けて、これ、少ないけどどうぞ、て寄付してくれた人までいたんやで……。(いや、ほんまは千円札とか寄付してくれる人もおったけど……なんやそっちの方が記憶に残るていうか……。)
……ていうか。
「あのなあ、熊五郎さん、ギターはどないしたて言うてた?」
「昔の学生時代のお友達がこないだ亡くなって、その人の形見分けで貰って来たギターを直して来たて言っておられました。」
きりっとした顔は四草兄さんそっくりやね、いつも破天荒なうちの子の見張りしてくれてほんまありがとう……。
「そうそう、日暮亭のお弁当で景気ちょびっと良うなったから出来たこっちゃ、お母ちゃんによろしく言うといて、って言ってた。」
「………あんた、それもしかして外で言うた?」
「ううん、誰にも聞かれへんかったし。」
「誰にも言うたらあかんで……!」
「そらええけど、熊はんがわたしにチラシ手渡すとき、その場に磯七さんと菊江はんが。」
「そういえば、久しぶりにお昼来たて言うてたな。」
「うん。わたしも会えて嬉しかった。」子ども同士が顔を合わせてにっこり笑ってる。
……遅かったか……。
「あんたら、他に誰かその場におった?」
「他はまあ、普通のサラリーマンの人とか常連の人ですね。」
「そうかぁ。」
「僕らが、チラシ手渡した後で、皆さん、こわばった顔してはって、今度こそ夜逃げせなあかんとか言うてる人もいましたけど、アレ冗談ですよね?」
「冗談……かなあ……。」
明日っからご近所回って徒然亭の周年記念のお饅頭とか配った方がええかもしれへんな。
今日は早う寝て、小草々くんたちに手伝ってもらお……。
powered by 小説執筆ツール「notes」
20 回読まれています