分室お題で書いてみようの流れ
丁寧に、慎重に。
人差し指の先くらいの大きさの、半透明の欠片をまた一つ、生み出す。
単調なようで根気と集中力のいる作業は、調子が良ければ両手にいっぱい、そうでないときは数個がやっと。
見る者により、宝石にも菓子にも見えそうなそれを生むために、時にいらだち、時に気が遠くなり、ようやく器が満ちる。
「明日で、終わりそうだよ」
器の隣、柔らかな敷布に包まれて寝台に眠る君へ、僕は声を掛けた。
軽く背を伸ばし一息つき、風のいたずらで目元にかかった彼の前髪をそっと避ける。茶色というには淡く、金色というには少しくすんだ、指に柔らかく絡む髪。
何かとあれば話しかけ、死なないとわかっていても不安に揺れる夜、そっと手を握り、伝わる温度に安堵したことは数えきれない。
明日で終わる。
明日、君は目を覚ます。
喜ぶだろうか、怒るだろうか。
言いつけに従い、いろいろなものを見てきた。楽しいこともあれば苦しいこともあった。透き通るような湖、荒涼とした原野、荒れた鉛色の海、花咲き乱れる窪地。暮れなずむ空の果てに瞬く街灯りに安堵し、星降る夜に涙した。
宝石のような記憶を辿り、一つ一つ固め、聖銀の器に満たす。満たすごとに、自分の中が空っぽになっていくことが、最初は面白く、徐々に恐ろしくなり、いつしか何も思わなくなって、今に至る。
最後をいつにしようかここしばらく迷っていたが、その日はなんだか気分が良くて、今にしようと決めた。
これが最後。ぼくがうつくしいと思った、最初の記憶。
とろりとした花の蜜のような、君の瞳の色が現れた。
ころりころりと手のひらでそのひと粒を月明かりに透かし、夜明けを待つ。ゆるゆると強くなってくるこの感情が何か、空っぽの僕にはもうわからない。
空が夜の終わりを囁く。
端から柔らかな光が満ちてくる。
僕は一度だけきゅっと手を握り、器の上で手を返す。
最後のひと粒は最初の光を捉えて煌めいた。
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私が目を覚ますと、君はそこに横たわっていた。見開いた瞼をそっと指で撫でると、ゆっくりと閉じていく。
「いつも、さよならは言えないのだよね」
器にこんもりと盛られた、砂糖菓子のような煌めきを眺めやった。今回は淡く優しい色が多く、世界は平和だったのだなと知る。
あまりに荒れた色のときは器を一気に干してしまうが、今回はゆっくり楽しむことにした。君を抱き上げ、そっと自分の寝床へと寝かせた。寒くないように包んでやるのも忘れない。
何を交わすことができなくても離し難くて離れがたい君と生きる世界に、僕は何を見るのか、楽しみだ。
『受け継ぐ記憶は掻き消えた/ひび割れそうな緊張感/さようならから始まる』
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