日常
「お前だな!よくもー!村のみんなのゴハンを返せーッ」
「出た〜、ゲンちゃんの謎妄想〜」
雪山に三名の狩人が居る。彼らは今まさに化獣《ばけもの》と呼ばれる害獣を狩ろうとしていた。ひとりは、早撃ちクロスボウを得意とする喧《やかま》しい男、ゲンジ。もうひとりは朗らかな女性で、名をモミジという――これは太刀を携えているうえに、些《いささ》か可愛こぶる癖があった。
しかし、今回は、村にこれといった被害は出ていない。もちろん、食い扶持を奪われた人など存在しない。愛用のクロスボウを手にアレコレと恨み節を叫ぶ男――ゲンジが、謎の状況を想定するのはいつものことだった。
モミジは何か言いたげだったが、ゲンジの二の矢のほうが僅《わず》かに速かった。撃たれて堪りかねた獲物が襲いかかってくるのを二人で避ける。と、少しひらけたその場へ、静かな声と共に三人目の狩人が割って入った。
「今回の獲物は、こいつじゃない」
冷静に事実を告げたその男は、片手で扱える剣と盾を持ち、静かだが堂々としていた。名を鴉鶴《あかく》という。
「ええっ!?だって、うわっ!」
ゲンジがようやく事態を飲み込むか否かで、上空から別の影が飛来した。来客を見据えながら鴉鶴《あかく》が構える。
「本命のお出ましだな」
「仕掛けてくるぞ!よけろ!」
人が変わったように鋭いモミジの掛け声に合わせて、一斉に距離をとる一同。直後には、本来の獲物が、憐れな誤認の被害者の――先客の化獣《ばけもの》の喉笛に喰らいつかんとしていた。化獣《ばけもの》にも序列はある。弱肉強食は、厳しい自然の中では日常だった。
すっかり弱ってしまった先客の化獣《ばけもの》は、這々の体でその場を離脱しようとするものの、モミジはそれを見逃さない。
「どこ行こうってのよ!!」
一閃、太刀の先が止まる頃には、1体目の化獣《ばけもの》の息の根も止まっていた。僅《わず》かな一呼吸の隙が生まれてしまうモミジの背に回り込んだ鴉鶴《あかく》は、未だ生命力の有り余る本来の獲物――2体目の化獣《ばけもの》の牙とツメを盾でいなした。間髪入れず、自分に背を向けている獲物にゲンジが矢を射ると、不意に弱点を突かれた化獣《ばけもの》は大きく狼狽えた。ほとんど同時に、鴉鶴《あかく》は踏みしめた雪の地を蹴り飛躍すると、そのまま落下の勢いに任せて刃を獲物の脳天に突き立てる。あとには断末魔も無く、2体の化獣《ばけもの》が静かに伏すばかりであった。三人の狩人たちは、それぞれ静かに屈んで手を合わせた。本来なら、ここで獲物の肉体を有り難く頂戴し、様々な加工に用いるための素材とするところであったが、「モミ、ゲンジ」と鴉鶴《あかく》が二人を呼び止める。
「獣史研に所属している研究者が村に来ている。今回は、このまま村に持って行くぞ」
「生態系、または、そのコに関する研究に使うってことだよね。ええ~じゃあ毛皮とかツメとかもらえないのかなぁ~」
モミジは唇を尖らせるが、思い出したようにゲンジは顔を明るくさせた。
「ここいらじゃ珍しい油がもらえるってよ?確か、凍らないヤツだよね」
「そうだ」
「おおっ!それならむしろ助かる~!」
聞くやいなや、喜色満面のモミジは、はやく行こうとばかりに、自らの体躯よりもだいぶ大きい獲物2体の端を軽々持ち上げる。「うわ」とさすがにゲンジは驚くが、すかさず鴉鶴《あかく》が小走りに反対側を持ち上げに行くので、それに続く。
「引きずるなよ。枝にも気を付けろ。装備で済めば良いが、自分の肌や目もやるなよ」
「合点承知ぃ!」
「も、モミちゃん、狩りの後なのに、なんでそんな元気あるの?」
傍《はた》から見れば愉快そうに見える面々だが、あくまでも道中に余計な損傷を増やさぬよう、仕留めた獲物に敬意を払い、丁寧に運搬する三人であった。
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