待ち合わせ


譲介の好きな人は、途轍もなく格好良くて素敵で、少し抜けている。

学生時代から見慣れた犬の像の前に立つ人を見た譲介は、待ち合わせの相手の今日の服を見て、心の中でうわ、と思った。
虎柄のアロハ風半袖シャツは思っていたとおりの派手な赤地で、普段K2のドラマで見る血のりの色に近いカーマインだ。
いつもより少し余裕があるサイズの服を身に付けているせいで、肩幅と胸板とが強調され過ぎることもないとはいえ、流石にこの柄は人目を惹き過ぎる。足元の黒いサンダルは、ちなみに今譲介が履いているものと揃いのメーカーのものだ。

ことの起こりは、これ買った、と珍しくはしゃいだような深夜のテンションでTETSUが送って来たまさにあのシャツだ。
K2のグループラインでお披露目されるやいなや、後先を考えずに『TETSUさんが着たところが見たいです。』と言ってしまったのが譲介の運の尽きだ。『次の日曜にどっか行くか。』という色よい返事を貰えた以上、運の良さでもあるのかもしれないけれど。
これはデートだが、ある意味デートではない。
譲介が成人してからこちら、週刊誌が好きそうな色恋のネタをあちこちに振り撒いたせいで起った、ある意味喜劇に近いやらかしを経て、譲介は今、TETSUの部屋への出入り禁止を食らっている。
外飲みがしたいという年上の師匠からのリクエストは、出演した新しいドラマを見せろというオブラートに包んでお出しされることが多いが、最近では、自分から言い出した出禁命令を取り下げるタイミングを言い出しあぐねたTETSUが、食事のついでを装って顔を合わせた譲介に、次の日からから好きに戻って来いという流れが多くなっている。前にこんな風に食事をした夜に、父帰るって映画がありましたよね、と譲介が思い出した映画の名をふと口にしたら、当てこすりと思われたのかぽかりと殴られた。
十五の年からの付き合いになるけれど、二十歳を過ぎてからというもの、譲介の師匠は瞬発力のある軽めのお叱りを『手が出る』という形で表出することが多くなった。あれで遠慮をしていたのかという演技指導での言葉の数々を思い出すと今でもため息が出そうになるけれど、子供と思われている間は、やはり気を遣われていたのだろうと思う。
ちなみに、今TETSUがグループラインで使っている「譲介出入り禁止」のアイコンは、譲介と同年代の人間の中で唯一ラップトップパソコンを操ることが出来る一也の作品だ。
年下の、しかも用事を断れないような世代に仕事を押し付けるなんてパワハラじゃないですか、と譲介が抗議したところで、本人はどこ吹く風で『アイツがいい仕事をしたと思うなら、おめぇがオレの代わりに食事にでも連れていけ。』と言う。もしTETSUが実際、一也への謝礼代わりに譲介といつもそうしているように食事を振舞うようなことになれば、ズルい、僕にも、とキャンキャン騒ぐのを織り込み済みなのだろう。ああいう言い回しを使う辺り、TETSUは不肖の弟子のことを良く分かっている。
大人って汚い、と腹立たしいような気持ちで、譲介は先週、御苑からほど近い駅にある流行りのドーナツショップに一也を連れて行き、牛乳の味が分かるクリームたっぷりのふかふかした甘いドーナツを食べた。お前がさっさとTETSUさんと仲直りしてくれないと、周りが困るんだからな、と四つ年上の男に諭されて、譲介が伊達眼鏡の下で苦い顔をしたのはまた別の話だ。
今回の出入り禁止は、一か月で終わるか、この先も続いてしまうのかは今日の譲介の態度次第か、あるいは状況が上手く作用すれば今日のうちにもどうにか出来るかもしれない。
この先、TETSUには正月ドラマのポスター撮影やいつもの劇場からのオファーと言ったいくつかの仕事が入っているはずで、そんな忙しい時期に譲介も不在となれば、この時期、あの部屋が加速度的に汚くなっていくのは分かっているはずだ。
料理とその他の家事はともかく、掃除だけは円盤型の掃除機よりずっと有能ですというところを見せていた甲斐があったというものだ。

それにしても、足が長いな。
彼の住むあの部屋にいる間は、互いの距離が近すぎて、彼の身体のパーツをこんな風に見つめることは難しい。
半袖から見える、逞しい腕。
襟足に垂れる巻き気味の髪と、半ば隠れた首のライン。
サングラスを掛けたところで、誤魔化せるものではない。

――あれだけ目立ってるのに隠れてると思ってるんだもんなあ。

「TETSUさん、」と譲介が彼の名を呼んで手を上げると、待ち合わせていた思い人はサングラスの下からちらりとこちらを伺い、背筋を伸ばした。
TETSUさんと撮影するときって、動物園でパイソンと向かい合った時くらい緊張する、と言っていた宮坂の気持ちは分からないでもない。上背のある彼がそうして本来の身体の大きさを示すと、途端に迫力が出るのだ。
とはいえ、ドキドキと脈打つこの心臓が、彼が半裸で自室のソファに寝そべっている時にも似たような誤作動を起こすことを知っているので、譲介は何でもないような顔を取り繕って、彼の目が見える方の側に並んだ。
「……譲介、おめぇ、そりゃなんだ?」
譲介が着ている部屋着のような量販店のTシャツを見とがめて、TETSUは呆れたような顔をした。
今からちょっとハワイへ、と言わんばかりの格好の人に「もうちっとシャキッとするような格好で外に出て来い。」と言われた譲介は、アハハ、と笑ってしまった。
「今日の服は焼肉用です。」と譲介は笑いながら彼を見る。
「おめぇはその年にもなってまぁだ欠食児童のつもりでいンのか。」
TETSUは譲介の頭を小突き、楽しそうに笑った。

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