どてら


「草若ちゃんて、そうしてると、なんやそこらにいるおっちゃんみたいやなあ。」
おチビにそない言われて振り返ったら、そない驚かんでも、と言われてしもた。
あ、今驚いた顔してたんか、オレ。
今焼いたばかり美味しい草若ちゃん特製ホットケーキ。
例のシールで貰った丈夫で丸くて白い皿に乗っけて、バターとメープルシロップ掛けて、「さあ、今から食べるで~!」ていうときになって、エプロン着るのに脱いでたどてらをうっかり羽織ってしもたのが不味かったていうか。
かといって、いそいそと着たように見えてるそれを脱いでなんか代わりに適当なセーター、てなると二階の部屋まで戻らなあかんし、このままやと寒いねんな。
「これ、そんなにダサいか?」
「ダサいとかイケてるとかいう話とちゃうよ~。大体、僕はそれ、可愛いと思うけどな。草若ちゃんに似合うてるし。」
「なるほどなあ……。」
あんまりにも可愛い草若ちゃんゆえに、そこらのおっさんが羽織ってるようなもんまで似合うてまう、と。
って、これはちゃうな~。
「だましだましやって来たつもりやったけど、とうとう来てしもたか……。」
「……来てしもた、て何が?」
「いや、こっちの話やねん。」
こないだ喜代美ちゃんに草若兄さんもそろそろ外に出掛けはるときは師匠みたいに和服にしたらどうですか、て言われたけど、出掛けた後に面倒やねんて聞き流してたアレも、こういうことやったんかもしれん。
ミッドエイジなんちゃら、てヤツ。
車一筋やった男が、中年になっていきなり洒落たバイク買ってそこらをブイブイ乗り回してみたりとか、一回り年の違う女と付き合うてみたりとか。深夜に吹き替えで入ってるアメリカのドラマでも見かけるわ。
まあ、ああいうのは男前がやってるからそれなりに格好が付くけどなあ、オレみたいに可愛い中年がやっても物足りへんていうか。
喜代美ちゃんとは……て考えるだけでシノブのヤツが角出してまうからあかんな。甘味屋行くだけのお付き合いやてずっと言うてんのに、あいつホンマねちこいていうか。
「草若ちゃん……あんなあ、食べながらでええから、ちょっと聞いてくれるか。」
「ええで~。ていうか、はよ食べな冷めてまうわ。」
「すっかり秋やもんなあ。」
そうやで、と言いながらホットケーキを一口サイズに切って口にすると、甘くて美味い。向かいに座って食べてるおチビも、この間までそうめん食べてた気がするのに、今は暖かいのが美味しいてびっくりするな、と言って笑っている。
「さっきの話やけどな。僕、時々お父ちゃんから、女の人は着るものと化粧で印象変わる、というてるのを聞いて、ホンマかなあ、てずっと思っててん。実際、友達とこのおかあちゃんの中には、まつ毛とか目の周りのごっつい化粧落としてTシャツとジーンズだけの方がなんやちょっと美人に見えるおばちゃんかておるし。お父ちゃんて、何や化粧落とした女の人見たことないとか、根本的に勘違いしてるんやないやろか、ってずっと思ってたんや。けどなあ、僕、この間高座に上がったオチコのとこのおばちゃんのきりっとした着物姿見てたら、なるほどなあ、お父ちゃんもしかしてこういうのが言いたかったんかもしれん、ていう気持ちになってな。なんか納得してしもたん。」
なるほどなあ、喜代美ちゃんの変身を見てしもたんやな。
根本的に、てガッコで習って来たんやろか。どんどん賢くなってくなあ。
「……それはオレも分かるわ。」
「梅田歩いてたらその辺におるキャリアウーマンのお姉さんとかとちゃうんやけど、なんやすごい仕事出来そうに見える~ていうか。『煮物作るの失敗して、鍋焦がしてしもた~!』て言って慌ててるいつものおばちゃんやのうて、ほんまに、皆から、若狭師匠、て言われるのがしっくり来てるていうか。とにかく、きりっとして格好良かったんや。」
まあ、あのオチコちゃんが、「私も落語家になろかな~。」て絵本作家志望になりかけてたんを掌返しして落語の練習再開しとるくらいやからな。
誰かて惚れ直すていうか、……いや、オレのこととはちゃうで。
あの喜代美ちゃんちの土手南瓜の亭主のことや。
それにしても、喜代美ちゃんも、正月とか休みの日のちゃんとした一門会やと和服で応対してるときかてあんのやけど、これまでは見たことなかったかもしれへんなあ。平日の昼席やと、動きやすいジーンズとかちょっとええ普段着で接客してるからなあ。
「そんでな、草若ちゃんも、お正月とかだけと違うて、時々和服にしたらどうやろ。」
「えっ? なんやて?」
「せやから、僕が思うに、草若ちゃんも、若狭師匠みたいにして、普段から和服にしたらええのと違うかな、て言うてんの。」
「オレかて、お稽古の時は浴衣着てるで?」
その返事にぱくぱくホットケーキを食べてたおチビはぱちくりと目を見開いて、ほんまやなあ、と言った。
「お稽古のときの浴衣は見慣れてしもて気が付かへんかった。僕が言うてるのは、出掛ける時の話。格好ええと思うけど。」
「コンビニ行く時も和服にしたら目立つで~。」
「そこまではええけど。」
「和服なあ。それやと、オレと一緒に和服着なんだら、並んで出掛ける時に格好付かへんで。」
「お父ちゃんも和服かあ……。」
えっ、そこでなんで四草が出てくんねん。
「いやいや、うちの草若ちゃんといっちゃん多く出掛けてんのはどなたですか~、て話やで?」
「あ、僕!」とおチビが手を挙げた。
「そらそうやがな。」
コンビニだけやのうて、四草と出掛ける時は、あんま人目につくようなカッコしたない時かてあるからなあ。
「高座に行く時にだけ楽屋で着替えるて言うのでも、変身するみたいで格好ええと思うけどな。」
「そう言われたらそうかも……?」
そうそう。
「まあ高座の時のが格好ええて思われてるなら、オレも、もっと高座の仕事増やさんとなあ。」
「いや、そういう話とちゃうねんで。」
そういう話とちゃうかもしれへんけど、このままそこらのおっちゃんになってくのも悔しいし。もしもの話やけど、あいつにまで、兄さんもとうとうそこらのおっちゃんですね、て言われたら……。
あかん。想像するだけでへこんできた。
明日っから、お仕事モードにエンジン掛けてくしかないで。


「なあ草若ちゃん。」
「なんや?」
「やっぱり、ホットケーキてバター乗せて食べる方がずっと美味しいなあ。」
「そうか? したら、美味しいホットケーキを一緒に食べるためにも、仕事も頑張って来るわ。手始めに……。」
「手始めに?」
あれ、次の仕事なんやったかな?
……なんや、喜代美ちゃん、どっかの建物のこけら落としで樽酒割る役お願いします、て言うてたのと違うか?
「次の仕事なあ、もしかしたら変な法被着せられるヤツかもしれへん……。」
「法被かあ~~~。」
「格好付ける仕事は、暫くは四草に任せた方がええんかもしれへんなあ。」
「まあええか。仕事の時にカッコ良かったらそれで。」
うんうん、とおチビがひとりで頷いてる。
それが、オレには一番難問やねんけどな。



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