18. 深蒸し煎茶「おまえさま」 二つの線香花火(たたうら)

 突然だが、夏の風物といえばなんだろうか。水着? かき氷? 風鈴? 浴衣? いろいろあるだろうが、俺は花火だと思う。異論は認める。
 まぁ大人になってからは残業が終わった後の電車の窓の向こうに小さく見た記憶があるような、ないようなだったが。ダメだ。切なくなってきた。
 それはそうとして打ち上げ花火だ。夜空に咲く大輪の花はやはり夏の風物詩だと思うんだよな。
 魔王も討伐されたし、ここはひとつ景気よく――と言いたいが、この世界に火薬はない。いや、あるのかもしれないが今のところ発見はされていない。おそらく魔王城の付近の開発が始まれば見つかるのかもしれないが、今はまだ土地そのものが政治的に浮いているし、活発に活動している火山がある以上、本格的に人の手が入るのは百年単位の時間が必要だろう。
 もちろん、火薬に変わる魔物素材があるかもしれないが、俺としては積極的にそれを探すつもりはない。魔王が討伐され、魔物の勢力が縮小した今はなおさらだ。
 もしここで俺が火薬やそれに代わる何かを発見し、運よく花火を作成来たとしても、おそらくそれは花火という平和利用される前に兵器に転用される未来が見える。それくらいの優秀さがこの国の中枢に位置する人々にはあるし、そうなるだろう道筋は前世でも何度も辿っている。ギロチンしかり、ダイナマイトしかり。いやギロチンは違うか。
 ゆえに俺は魔王討伐がなされた今、積極的な火薬開発は行うつもりはない。……している暇がないともいう。




「ヴェルナー様」
「うー、大丈夫。うん、大丈夫」

 昨日、確かに半分は片付けたはずの書類山脈。しかし今朝、執務室に入ると元に戻っていることに、遠く意識を飛ばしていた。フレンセンの気づかわしい声に現実に意識を取り戻すと、息を一つついて机に向かう。
 あぁ、それにしても仕事が終わらない。父上に頼んで優秀な文官や副官の手配をお願いしているんだが、父上も忙しい。そんなのがいたらこっちが欲しいという顔をされてしまった。ううううう、学園のクラスメイトに良さそうなのがいなかったかな。はじめは機密が低いものからやらせて……。卒業式はいつだ。いや俺はまだ学生のはずなんだが?
 クソッ、これは武官貴族の嫌がらせの書類か! 差し戻しの箱にぶち込む。こういう貴族の家にダイナマイトをぶち込んだらすっきりするだろうなぁ……ハッ! ダメだダメだ。グッこっちは数字が可笑しい。経費をピンハネするならもっと分かりにくくしろ! 差し戻し! ハ? なんで三歳の娘との見合い写真が紛れ込んでるんだ。ふざけんな!!! 突っ返して来いノイラート!


 今日も今日とて書類を捌くヴェルナー・ファン・ツァフェルトの一日は始まったばかりである。


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ダイナマイトは初めは鉱山爆破用だったのは有名な話。ギロチンは人道的処刑道具として開発された。どこでも移動できるようにしたあたりからやばくなったのも有名な話。

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