秋の味覚の王様なぁに?

アイカツスターズ きらあこss。
あこちゃんがきららちゃんのために秋の味覚を使っておいしいお菓子を手作りしたり、ふたりでイチャイチャしたりする話です。


******************************

 ごろりと一つ、カゴから転がり落ちたそれを落ちる寸前でキャッチする。赤くて丸くて爽やかな甘い香り。人気者のフルーツであり、秋の味覚の代表格、おいしそうなリンゴだった。そんなリンゴが、今あこの手の中にあるものの他に、傍らのカゴの中にあと10個積み上がっている。
 昨日久しぶりにスーパーに寄ったら、青果売り場に赤い果実が綺麗に並んでいるのが目に入って、あらあらまぁまぁもう秋ですわねと頬を緩ませて手に取った。しかしその時あこが購入したのは2個だけだ。今週中に二人で食べきれる量でなければもったいないと思ったから。
 そうして家に帰ったら、きららが大量のリンゴと一緒にお出迎えしてくれた。彼女は農園にロケに行っていたらしく、形が悪いものや虫食いの跡があるものを農家の方がたくさん譲ってくれて、出演者で分けることにしたのだそうだ。大きなカゴにどっさり10個のリンゴ。なんでまた今日に限ってこんなことに、とあこは頭を抱えたが、きららはぱあっと明るい笑顔で、あこちゃんも買ってきたんだ、お揃いだね、しばらくずっとリンゴ食べられるねと嬉しそうだった。
 昨夜、早速1個、夕食のデザートに剥いたら、とっても甘くておいしくて二人でぺろりと平らげてしまった。これなら意外と食べきれるかも? と思ったのだが、今朝のきららは絶賛低血圧の不機嫌で、今日はパインが食べたいとなどと言い出して缶詰をあけ、リンゴには見向きもしないで撮影に出掛けていった。
「まったく、自分でもらってきたくせになんですの。結局どうするか考えるのはいつもわたくしなんですから」
 溜め息をついて腕まくりをした。あこは今日は一日オフだ。せっかくならこのリンゴをどうにかしようと、こうしてキッチンに立っている。
 リンゴ、大量消費、きららが好きな甘くておいしいお菓子。
 脳内コンピューターを弾いた結果導き出した結論に従って、あこは赤い実にナイフを入れ始めた。丁寧に皮を剥いて種を取っていく。これをあと10個もやるのかと思ったが、一つひとつやっていくにつれて、早くキレイに皮が剥けるようになっていくので嬉しくなってくる。淡々とこなしていく作業は嫌いではなかった。
 手の中でくるくるとリンゴが回り赤いリボンをほどくみたいに皮が向かれていけば白い果肉が現れる。昔、何度も何度も、繰り返しピルエットの練習をしていた時のことをなぜだか思い出した。
 リンゴは大きめに切って、お砂糖とバターと一緒に深めの大きなフライパンに並べていく。10個分のリンゴを隙間なく詰め込んで弱めの火にかけた。これでしばらく煮詰めなければいけない。
 その間にタルト生地を作る。薄力粉、塩、バターをフードプロセッサーに入れて粒状にし、卵と冷水を加えてまとめる。冷蔵庫で休ませたあとのばしていく予定だ。その頃にはリンゴももう少し煮詰まっているだろうか。
 フライパンの中は既に甘酸っぱい匂いが立ち込めている。このリンゴが柔らかくなるまで丁寧に煮詰めて、さっきのタルト生地を被せて焼くのが、タルトタタンというお菓子だ。リンゴをたくさん使うほどおいしい、とっておきの秋のごちそうだ。
 木ベラで優しくリンゴを動かして火の通り具合が均一になるようにする。お砂糖は既に鍋底でじゅわじゅわと弾けてキャラメル色になってリンゴに絡み付いていた。
 これならばきっときららも飛びついてくるに違いない。あこちゃん~おいしいよぉ、これ最高! と弾けるように言ってくれるのを想像して、胸の内がキャラメリゼされたリンゴみたいに甘酸っぱくなった。
 手間暇をかけたお菓子で絶対にあのこのほっぺを落っことしてやりますわ! と拳の代わりに木ベラを握りしめて、うんうん頷くあこだった。
「何してるのあこちゃん」
 急に後ろから声がしたので、あこは猫のような悲鳴をあげた。
「にゃんですの!! 驚かさないでくださる!?」
「さっきただいまって言ったよ~? っていうか、めっちゃおいしそうな匂い~♡それってリンゴのコンポート?」
「コンポートとは違いますけれど……」
 振り返ればいつの間に取り出したのか、フォークを持ったきららが鍋の中を見ながら瞳をきらきらさせていた。
「ってなにしようとしてるんですの!」
「だぁっておいしそうすぎるよ~! 味見させて!!」
「そんなのダメですわ!」
「なぁんでぇ~??」
 即座にきっぱりいってやると、きららはむぅとしながらあこの肩口にすがりついてくる。しかし絆される訳にはいかない。とびきり素敵なケーキにすると決めているからだ。
「このリンゴは、このあとケーキ型に並べた時に一番美しくなるように数を計算してカットしたんですの。一つでも欠けるなんてありえませんわ。味もそうですけれど、見た目にもおいしくて美しいものを追究しようと思っていますのよ」
 と言っている間に、あこの視界に銀色がキラめいた。きららの持っていたフォークが素早くリンゴに突き刺さる。
「熱っ! フー、フー…………ん~~♡」
「って食べてるじゃありませんの~!!」
「すっごくおいしいっ!ほらあこちゃんもひとくち!あ~ん♡」
「あ~ん♡……んんっ! すっごくおいしいですわ! もう少ししっかり煮詰めれば完璧ですわね…………ってわたくしまで食べちゃったじゃありませんの!」
 抗議するあこだったが、きららはいーじゃん1個くらいとニコニコするだけ。まだ不満げなあこを不思議そうに見つめて、もっと食べる? それじゃあもうひとくちだけあげる! と差し伸べられて、あこも言われるがままに食べてしまった。
 きららと一緒にいると、自分の考え方や行動との相違に戸惑ったり、イライラしたりしてしまうけれど、いつの間にかこうして素直になっている自分がいる。普段の自分が解きほぐされていくような、こんな瞬間が嫌いではなかった。
「これってケーキになるの?」
「そうですわよ。タルトタタンですの」
「すご~~い! めっちゃ楽しみ~♡」
「それならもう味見はおしまいにして、お茶でも飲んで待ってなさいな」
「はぁい」
 我慢が嫌いなきららなので、もう少し渋ると思っていたが、聞き分けよく紅茶を飲む準備を始めたのでほっとする。
 リンゴはそこから少し煮詰めていい具合になった。部屋中が甘い匂いに満ちている。休ませておいたタルト生地を伸ばして丸くカット。リンゴは先ほどきららにも言った通り、ケーキ型の中に渦を描くように中心から隙間なくキレイに並べていき、その上にタルト生地を被せ、オーブンに入れた。
「これで焼けば完成なんだ?」
「ええ。1時間ほど焼きますのよ」
 二人してオーブンの中をじっと覗き込んでから、顔を見合わせて笑った。どうかどうか最高においしく焼き上がってくれますように。
 でもきっと大丈夫だ。リンゴが1つ少なくなってもキレイに型に入れられたし、もしもこのあと焦げて失敗したってきららと一緒なら笑って許せそうな気がした。
「ねぇあこちゃん」
「どうしましたの? 」
「きらら、やっぱり我慢できないんだよね」
 急に真面目な顔で言うので、あこは首をかしげた。
「何言ってますの、今焼いてますから我慢するしかないですわよ?」
「そーじゃないよ、そーじゃなくって……」
 きららがぎゅっとあこの首元にしがみつくように抱きついてきた。少しトーンを落とした声が甘く耳朶をくすぐる。
「焼けるの待ってる間、あこちゃんのこと食べたい」
「にゃっ!?」
「だって最近あんまり一緒にいられなかったから。もうあこちゃん不足で全然我慢できないよ」
 ストレートに言われてしまって、顔が熱くなっていくのが分かる。密着しているせいできららの匂いや体温をダイレクトに感じて、鼓動は勝手に速くなっていった。
「ケーキが焼けるまで、ですわよ?」
 きららの背中を抱き締め返したら、嬉しそうな微笑みと熱いキスが降ってきた。

 そのまま寝室に向かい、案の定時間を忘れて盛り上がってしまったが、タルトタタンは焦げることなくとってもおいしそうに焼き上がっていた。
 しかし、このケーキ、焼き上がった後、一晩冷蔵庫で冷やしておかないと型からキレイに外れないのだ。
「え~っ! めっちゃ我慢したのに一晩も待たないといけないの~? やだやだ~!」
「そこを見落としていたのは申し訳なかったですけれど……でもちゃんと冷やしてキレイに型を外せば、見た目にも素敵で最高の状態のケーキが食べられますわよ?」
「そうだけどーー」
 少しの間、駄々をこねていたきららだったが、何かを思い付いたようで急にぱあっと明るい顔になる。
「それじゃあ、代わりにあこちゃんのこと、もっと食べちゃう!」
「ちょっと!? またするんですの~!?……ぁんっ♡」
 あこは眉をひそめながらも、自分の体が、声が、きららに触れられてすぐに色めきたっていくのに抗えない。
 甘酸っぱい匂いが立ち込める部屋で交わすキスは熱くて濃厚で、ちょっぴり大人な秋の味がした。

powered by 小説執筆ツール「notes」

38 回読まれています